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第3章:奇跡の畑と芽生える信頼
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セレスティーナの挑戦が始まった。新しい生活は、まず住居の確保からだ。カインが「使え」と言った小屋は、壁に隙間風が吹き込み、屋根も一部が傷んでいるような代物だったが、彼女は文句一つ言わなかった。むしろ、自分だけの城が手に入ったことに心を躍らせ、黙々と掃除を始める。蜘蛛の巣を払い、床を磨き、近くの森で拾ってきた枝で屋根の穴を塞ぐ。その手際の良さは、およそ公爵令嬢のものとは思えなかった。
領民たちは、そんな彼女の姿を遠巻きに眺めていた。「どうせすぐに音を上げるだろう」「王都のお姫さまが土いじりなんて、物見遊山だ」と囁き合う声も聞こえてくる。しかし、彼らの予想は良い意味で裏切られる。
セレスティーナは、夜が明けると共に起き出し、日が暮れるまで荒れ地で鍬を振るった。最初は豆だらけになった手も、数日もすれば固くなり、農作業に慣れていく。そして、彼女の作業には秘密兵器があった。
スキル【万物育成(ガイアズ・ブレス)】。
彼女が土に触れて意識を集中させると、手のひらから温かい緑の光が溢れ出し、固く痩せた土をふかふかの黒土へと変えていくのだ。石ころだらけだった土地は、まるで魔法のように、数日で整然とした畝が並ぶ畑へと姿を変えた。
次に、作物の種だ。追放される際、父が「せめてもの餞だ」とこっそり持たせてくれた荷物の中に、観賞用としていくつかの植物の種が入っている小袋が紛れ込んでいた。それは幸運だった。中には、この世界のカブやジャガイモの原種に近いものがあったのだ。前世「葵」としての知識が、それらを見分けさせてくれた。
彼女は、選別した種を両手で優しく包み込み、再びスキルを発動させる。
「大きくなあれ。美味しくなあれ」
まるで我が子に語りかけるように生命力を注ぎ込むと、種はかすかに光を帯びた。通常なら、種を蒔いてから発芽まで数ヶ月はかかるような気候と土壌だ。しかし、セレスティーナが蒔いた種は、わずか三日後には力強い双葉を土から顔を出させた。
その異常な成長速度は、すぐに領民たちの知るところとなる。
「見たか? あの女の畑、もう芽が出てるぞ」
「まだ一週間も経ってないのに……ありえない」
「まさか、魔女なんじゃないのか……」
最初は嘲笑だった領民たちの視線は、次第に畏怖と疑惑の色を帯び始めた。
そんな噂は、当然、領主であるカインの耳にも届いていた。彼は執務の合間に、密かに彼女の畑の様子を窺っていた。そして、自分の目を疑った。あの、何十年も作物を拒み続けてきた不毛の地が、わずか数週間のうちに見事な畝が並ぶ美しい畑に変わり、青々とした葉が生き生きと茂っているのだ。奇跡、としか言いようがなかった。
ある日の午後、カインはついに我慢できなくなり、畑で作業をするセレスティーナの元へ直接足を運んだ。
「……一体、何をした?」
背後からかけられた低い声に、セレスティーナは振り返った。そこには、腕を組み、険しい顔をしたカインが立っている。
彼の銀の瞳は、疑念と好奇心がないまぜになったような色をしていた。ここで嘘をついても無駄だろう。セレスティーナは、泥で汚れた手袋を外すと、にっこりと微笑んだ。
「何をした、と申されましても……。どうやらわたくしには、植物を元気に育てる力が少しだけあるようなのです」
彼女は正直に、しかし詳細はぼかして答えた。その穢れのない笑顔と、働き者の証である泥だらけの手。そして何より、彼女が作り上げた生命力に満ちた畑。それらを見ているうちに、カインの中の頑なな不信感が、氷が溶けるように少しずつ薄れていく。この女は、彼が知っているどんな王都の人間とも違う。
「……人手が必要なら、言え」
カインは、それだけをぶっきらぼうに言い残し、背を向けて館へと戻っていった。セレスティーナは、彼の意外な言葉に少し驚きながらも、その背中に小さく頭を下げた。
その夜、セレスティーナが作業を終えて小屋に戻ると、ドアの前に見慣れないものが置かれていた。それは、手入れの行き届いた、古いが頑丈そうな鋤や鍬、鎌などの農具一式だった。領主の館の倉庫に眠っていたものだろう。
言葉ではなく、行動で示された彼の優しさ。セレスティーナは農具をそっと撫でながら、胸が温かくなった。それは、彼女と無愛想な領主の間に生まれた、最初の小さな信頼の証だった。
領民たちは、そんな彼女の姿を遠巻きに眺めていた。「どうせすぐに音を上げるだろう」「王都のお姫さまが土いじりなんて、物見遊山だ」と囁き合う声も聞こえてくる。しかし、彼らの予想は良い意味で裏切られる。
セレスティーナは、夜が明けると共に起き出し、日が暮れるまで荒れ地で鍬を振るった。最初は豆だらけになった手も、数日もすれば固くなり、農作業に慣れていく。そして、彼女の作業には秘密兵器があった。
スキル【万物育成(ガイアズ・ブレス)】。
彼女が土に触れて意識を集中させると、手のひらから温かい緑の光が溢れ出し、固く痩せた土をふかふかの黒土へと変えていくのだ。石ころだらけだった土地は、まるで魔法のように、数日で整然とした畝が並ぶ畑へと姿を変えた。
次に、作物の種だ。追放される際、父が「せめてもの餞だ」とこっそり持たせてくれた荷物の中に、観賞用としていくつかの植物の種が入っている小袋が紛れ込んでいた。それは幸運だった。中には、この世界のカブやジャガイモの原種に近いものがあったのだ。前世「葵」としての知識が、それらを見分けさせてくれた。
彼女は、選別した種を両手で優しく包み込み、再びスキルを発動させる。
「大きくなあれ。美味しくなあれ」
まるで我が子に語りかけるように生命力を注ぎ込むと、種はかすかに光を帯びた。通常なら、種を蒔いてから発芽まで数ヶ月はかかるような気候と土壌だ。しかし、セレスティーナが蒔いた種は、わずか三日後には力強い双葉を土から顔を出させた。
その異常な成長速度は、すぐに領民たちの知るところとなる。
「見たか? あの女の畑、もう芽が出てるぞ」
「まだ一週間も経ってないのに……ありえない」
「まさか、魔女なんじゃないのか……」
最初は嘲笑だった領民たちの視線は、次第に畏怖と疑惑の色を帯び始めた。
そんな噂は、当然、領主であるカインの耳にも届いていた。彼は執務の合間に、密かに彼女の畑の様子を窺っていた。そして、自分の目を疑った。あの、何十年も作物を拒み続けてきた不毛の地が、わずか数週間のうちに見事な畝が並ぶ美しい畑に変わり、青々とした葉が生き生きと茂っているのだ。奇跡、としか言いようがなかった。
ある日の午後、カインはついに我慢できなくなり、畑で作業をするセレスティーナの元へ直接足を運んだ。
「……一体、何をした?」
背後からかけられた低い声に、セレスティーナは振り返った。そこには、腕を組み、険しい顔をしたカインが立っている。
彼の銀の瞳は、疑念と好奇心がないまぜになったような色をしていた。ここで嘘をついても無駄だろう。セレスティーナは、泥で汚れた手袋を外すと、にっこりと微笑んだ。
「何をした、と申されましても……。どうやらわたくしには、植物を元気に育てる力が少しだけあるようなのです」
彼女は正直に、しかし詳細はぼかして答えた。その穢れのない笑顔と、働き者の証である泥だらけの手。そして何より、彼女が作り上げた生命力に満ちた畑。それらを見ているうちに、カインの中の頑なな不信感が、氷が溶けるように少しずつ薄れていく。この女は、彼が知っているどんな王都の人間とも違う。
「……人手が必要なら、言え」
カインは、それだけをぶっきらぼうに言い残し、背を向けて館へと戻っていった。セレスティーナは、彼の意外な言葉に少し驚きながらも、その背中に小さく頭を下げた。
その夜、セレスティーナが作業を終えて小屋に戻ると、ドアの前に見慣れないものが置かれていた。それは、手入れの行き届いた、古いが頑丈そうな鋤や鍬、鎌などの農具一式だった。領主の館の倉庫に眠っていたものだろう。
言葉ではなく、行動で示された彼の優しさ。セレスティーナは農具をそっと撫でながら、胸が温かくなった。それは、彼女と無愛想な領主の間に生まれた、最初の小さな信頼の証だった。
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