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第5話「行列のできる巻き寿司屋」
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決戦の朝が来た。
空は快晴。絶好の恵方巻日和だ。
開店前のミーティングで、俺はリリアナとテオに最後の確認を行った。
「いいか、最初の数人が肝心だ。俺が雇ったサクラ……じゃなくて、協力者たちが一番に買いに来る。彼らが美味しそうに、そして儀式めいた動作で食べるのを見せつけるんだ」
「協力者って、誰ですか?」
「昨日、街の孤児院に差し入れをしてきたんだ。子供たちと院長先生に頼んである」
実は昨日、売れ残った野菜を持って孤児院を訪ね、院長先生と子供たちに『福巻き』を振る舞っていた。彼らは喜んで協力してくれた。タダで美味いものが食えるなら、演技くらい安いものだと。
開店時刻。
店の前には、まばらだが人だかりができていた。ガルドの悪評や、単なる好奇心で集まった人々だ。
「いらっしゃいませ! 幸福を呼ぶ『福巻き』、ただいまより販売開始です!」
リリアナの透き通るような声が響く。
最初に飛び出してきたのは、孤児院の子供たちだ。
「お姉ちゃん、一つちょうだい!」
「僕も!」
彼らは小銭(俺が渡した)を握りしめ、太巻きを受け取ると、店の前に用意した『恵方コーナー』へ走った。
そこには方位磁石の絵が描かれた看板があり、足跡マークがついている。
子供たちは足跡の上に立ち、真剣な顔で北北西のやや西を向いた。
そして、ガブリ。
無言でモグモグと食べる子供たち。その姿は奇妙だが、どこか微笑ましく、そして何より――美味そうだった。
一本食べ切った子供が、プハァと息を吐いて叫んだ。
「美味しかった! お腹いっぱい!」
「願い事、きっと叶うよ!」
それを見ていた野次馬たちがざわつき始めた。
「おい、本当に美味そうじゃないか?」
「あの黒い皮、パリッて音がしたぞ」
「一つ試してみるか……?」
一人が動けば、群集心理で次々と人が動く。
「俺にもくれ!」
「私にも!」
行列ができ始めた。
リリアナは手際よく太巻きを包み、代金を受け取る。テオは列の整理と、食べ方の説明に追われている。
「あっちの方角を向いて、無言で食べるんだぞ! 途中で笑ったら無効だ!」
その説明が逆に客の興味をそそるらしい。「変なルールのある店」というのは話題になりやすいのだ。
厨房で酢飯を補充しながら、俺はほくそ笑んだ。
売れ行きは順調だ。用意した百本は昼過ぎにはなくなりそうな勢いだった。
だが、俺の仕掛けはこれだけじゃない。
昼過ぎ、一人の老婦人が店に駆け込んできた。
「あんたたち! さっきここで買った福巻きのおかげだよ!」
彼女は興奮して声を張り上げた。
「腰が痛くて杖をついてたんだけど、あの方角を向いて一本食べ終わったら、なんとなく痛みが引いたような気がするのよ!」
……それはプラシーボ効果か、あるいは俺の野菜の栄養価が高すぎるせいかもしれない。
だが、この証言が決定的だった。
「マジかよ!」
「俺も腰痛持ちなんだ!」
「私は恋人が欲しくて!」
店はパニック状態になった。
追加で炊いた米も瞬く間に消えていく。リリアナの手はもはや残像が見えるほどの速さでレジを打っていた。
「カイさん! もう材料が足りません! 海苔が! 具材が!」
「今追加する!」
俺はバックヤードで『豊穣の指先』をフル稼働させた。
キュウリを育て、乾物用の芋を瞬間乾燥させ、卵……は鶏に頼るしかないが、幸い近所の農家から大量に仕入れておいた。
海苔だけは時間がかかるが、作り置きがあったので何とかなる。
夕方、完売の札を出したとき、俺たちは灰になる寸前だった。
「つ、疲れた……」
リリアナがカウンターに突っ伏す。
「でも、見てくださいこれ!」
彼女が指差した売上箱には、銀貨や銅貨が山のように積まれていた。
「一日で、一ヶ月分の売り上げですよ……! これなら借金も返せます!」
リリアナの目に涙が浮かんでいる。
テオも放心状態で頷いている。
「カイ……お前、本当に魔法使いだな」
「農家だって言ってるだろ」
俺は肩をすくめた。
心地よい疲労感。これだ、この充実感が欲しかった。
だが、成功の裏には必ず影が忍び寄る。
店の外、物陰からじっとこちらを睨む男たちの姿に、俺は気づいていた。
黄金商会。これで黙っている連中ではないだろう。
次の手は、もっと直接的な妨害に来るはずだ。
俺はニヤリと笑った。望むところだ。恵方巻ブームは、まだ始まったばかりなのだから。
空は快晴。絶好の恵方巻日和だ。
開店前のミーティングで、俺はリリアナとテオに最後の確認を行った。
「いいか、最初の数人が肝心だ。俺が雇ったサクラ……じゃなくて、協力者たちが一番に買いに来る。彼らが美味しそうに、そして儀式めいた動作で食べるのを見せつけるんだ」
「協力者って、誰ですか?」
「昨日、街の孤児院に差し入れをしてきたんだ。子供たちと院長先生に頼んである」
実は昨日、売れ残った野菜を持って孤児院を訪ね、院長先生と子供たちに『福巻き』を振る舞っていた。彼らは喜んで協力してくれた。タダで美味いものが食えるなら、演技くらい安いものだと。
開店時刻。
店の前には、まばらだが人だかりができていた。ガルドの悪評や、単なる好奇心で集まった人々だ。
「いらっしゃいませ! 幸福を呼ぶ『福巻き』、ただいまより販売開始です!」
リリアナの透き通るような声が響く。
最初に飛び出してきたのは、孤児院の子供たちだ。
「お姉ちゃん、一つちょうだい!」
「僕も!」
彼らは小銭(俺が渡した)を握りしめ、太巻きを受け取ると、店の前に用意した『恵方コーナー』へ走った。
そこには方位磁石の絵が描かれた看板があり、足跡マークがついている。
子供たちは足跡の上に立ち、真剣な顔で北北西のやや西を向いた。
そして、ガブリ。
無言でモグモグと食べる子供たち。その姿は奇妙だが、どこか微笑ましく、そして何より――美味そうだった。
一本食べ切った子供が、プハァと息を吐いて叫んだ。
「美味しかった! お腹いっぱい!」
「願い事、きっと叶うよ!」
それを見ていた野次馬たちがざわつき始めた。
「おい、本当に美味そうじゃないか?」
「あの黒い皮、パリッて音がしたぞ」
「一つ試してみるか……?」
一人が動けば、群集心理で次々と人が動く。
「俺にもくれ!」
「私にも!」
行列ができ始めた。
リリアナは手際よく太巻きを包み、代金を受け取る。テオは列の整理と、食べ方の説明に追われている。
「あっちの方角を向いて、無言で食べるんだぞ! 途中で笑ったら無効だ!」
その説明が逆に客の興味をそそるらしい。「変なルールのある店」というのは話題になりやすいのだ。
厨房で酢飯を補充しながら、俺はほくそ笑んだ。
売れ行きは順調だ。用意した百本は昼過ぎにはなくなりそうな勢いだった。
だが、俺の仕掛けはこれだけじゃない。
昼過ぎ、一人の老婦人が店に駆け込んできた。
「あんたたち! さっきここで買った福巻きのおかげだよ!」
彼女は興奮して声を張り上げた。
「腰が痛くて杖をついてたんだけど、あの方角を向いて一本食べ終わったら、なんとなく痛みが引いたような気がするのよ!」
……それはプラシーボ効果か、あるいは俺の野菜の栄養価が高すぎるせいかもしれない。
だが、この証言が決定的だった。
「マジかよ!」
「俺も腰痛持ちなんだ!」
「私は恋人が欲しくて!」
店はパニック状態になった。
追加で炊いた米も瞬く間に消えていく。リリアナの手はもはや残像が見えるほどの速さでレジを打っていた。
「カイさん! もう材料が足りません! 海苔が! 具材が!」
「今追加する!」
俺はバックヤードで『豊穣の指先』をフル稼働させた。
キュウリを育て、乾物用の芋を瞬間乾燥させ、卵……は鶏に頼るしかないが、幸い近所の農家から大量に仕入れておいた。
海苔だけは時間がかかるが、作り置きがあったので何とかなる。
夕方、完売の札を出したとき、俺たちは灰になる寸前だった。
「つ、疲れた……」
リリアナがカウンターに突っ伏す。
「でも、見てくださいこれ!」
彼女が指差した売上箱には、銀貨や銅貨が山のように積まれていた。
「一日で、一ヶ月分の売り上げですよ……! これなら借金も返せます!」
リリアナの目に涙が浮かんでいる。
テオも放心状態で頷いている。
「カイ……お前、本当に魔法使いだな」
「農家だって言ってるだろ」
俺は肩をすくめた。
心地よい疲労感。これだ、この充実感が欲しかった。
だが、成功の裏には必ず影が忍び寄る。
店の外、物陰からじっとこちらを睨む男たちの姿に、俺は気づいていた。
黄金商会。これで黙っている連中ではないだろう。
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