婚約破棄されて追放寸前だったのに、なぜか冷徹なはずの氷の公爵様から世界で一番甘く愛されています。

黒崎隼人

文字の大きさ
7 / 16

第6話「王宮に渦巻く不協和音」

しおりを挟む
 私がアシュフォード公爵邸で穏やかな日々を送り始めた頃、王宮は不穏な空気に包まれていた。
 聖女として、そして次期王太子妃として迎えられたエリアナ。
 彼女の存在は、初めこそ国中の話題となり、歓迎ムードに満ちていた。
 だが、その熱狂が冷めるのに、時間はかからなかった。

 エリアナは、貴族社会の作法や教養を全く身につけようとしなかった。
 それどころか、『平民出身の自分には難しい』『聖女の祈りに集中したい』と言い訳をし、エドワード殿下の寵愛を盾に、妃教育の全てを放棄した。

「殿下ぁ、こんなに難しい書物を読むより、お庭でお花を眺めていた方が、聖なる力が高まる気がしますぅ」

 エリアナが甘えた声でそう言えば、エドワード殿下はすぐに頷いた。

「そうか、エリアナ。君の言う通りだ。君は勉学などせず、その聖なる力を保つことだけを考えていればいい」

 周囲の側近たちが、どんなに諫めても無駄だった。
『エリアナのやることに口を出すな』と、殿下は聞く耳を持たない。
 エリアナは、高価なドレスや宝石を次々とねだった。それも、国費で。
 王家の財政を預かる大臣が顔をしかめても、殿下は『聖女への正当な対価だ』と言って、気にも留めなかった。

 彼女のわがままは、日に日にエスカレートしていく。
 ある時は、気に入らない侍女をその日のうちに解雇させ、またある時は、自分への挨拶が丁寧でなかったという理由で、年配の伯爵を人前で罵倒した。
 その横暴な振る舞いは、これまでの『か弱く健気な聖女』というイメージとはかけ離れたものだった。
 貴族たちの間で、徐々に不満の声が上がり始める。

「あの女、本当に聖女なのか?」
「リゼット様の方が、よほど王太子妃にふさわしかった」
「殿下は、完全にあの女にたぶらかされておられる」

 そんな声が、エドワード殿下の耳に入ることはない。
 彼は、エリアナが見せる甘い顔だけを信じきっていた。
 彼女が自分の前でだけ、完璧な『理想の少女』を演じていることに、全く気づいていなかったのだ。

 決定的な出来事は、隣国からの使者を迎えた晩餐会で起こった。
 エリアナは、隣国の特産品であるワインを『口に合わない』と言って、使者の目の前でグラスを床に叩きつけたのだ。
 場の空気は一瞬で凍りついた。
 これは、ただの無作法では済まない。相手国への侮辱行為だ。

 慌てた側近たちが取りなそうとするのを、エドワード殿下は制した。

「エリアナの口は、聖なる祈りを捧げるためのものだ。粗悪な酒で汚すわけにはいかんだろう。そちらの国の配慮が足りなかったのではないか?」

 信じられない言葉だった。
 王太子自ら、相手国を非難したのだ。
 隣国の使者は、怒りで顔を真っ赤にし、その日のうちに帰国の途についてしまった。
 両国の間に、かつてない緊張が走る。
 この一件で、国王陛下もようやく事の重大さに気づき、エドワード殿下を厳しく叱責した。
 しかし、殿下は反省するどころか、『エリアナを守れるのは自分だけだ』と、さらに頑なになってしまった。

 王宮に渦巻く不協和音。
 その中心にいるエリアナは、自分の行いが国を揺るがす事態になっていることにも気づかず、今日もエドワード殿下の腕の中で、甘い微笑みを浮かべている。

 一方、その全ての情報を、キリアン・アシュフォードは自身の執務室で静かに受け取っていた。
 彼の持つ独自の諜報網は、王宮内のどんな些細な動きも見逃さない。

「……愚かなことだ」

 報告書から目を上げ、キリアンは小さくつぶやいた。
 銀色の瞳に宿るのは、冷たい怒りの炎。

「キリアン様、いかがいたしますか」

 報告を終えた側近が、指示を仰ぐ。

「まだだ。泳がせておけ。化けの皮が完全に剥がれ落ちるまで、あと少しだ」

 彼は窓の外に目をやった。
 その視線の先にあるのは、リゼットがいるであろう、庭園の方角。

「彼女が安心して笑える場所を、俺が必ず取り戻す。そのためなら、どんな手段も厭わん」

 その声は、誰にも聞かれることなく、静かな執務室に溶けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

言葉の色が見える私には、追放された冷徹魔術師様の溺愛がダダ漏れです~黒い暴言の裏に隠された、金色の真実と甘い本音~

黒崎隼人
恋愛
王立図書館の辺境分館で働く司書のリリアナには、言葉に込められた感情が「色」として見える秘密の力があった。 ある日、彼女の前に現れたのは、かつて「王国の至宝」と呼ばれながらも、たった一度の失言で全てを失い追放された元宮廷魔術師、アレン・クロフォード。 冷徹で皮肉屋、口を開けば棘だらけの言葉ばかりのアレン。しかし、リリアナの目には見えていた。その黒い暴言の奥底で、誰よりも国を思い、そしてリリアナを気遣う、美しく輝く「金色」の本音が。 「邪魔だ」は「そばにいろ」、「帰れ」は「送っていく」。 素直になれない不器用な魔術師と、その本音が全部見えてしまう司書の、じれったくて甘い、真実の愛を取り戻す物語。

今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。

有賀冬馬
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。 特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。 けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。 彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下! 「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。 私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。

追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜

黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。 しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった! 不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。 そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。 「お前は、俺の宝だ」 寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。 一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……? 植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

婚約破棄&濡れ衣で追放された聖女ですが、辺境で育成スキルの真価を発揮!無骨で不器用な最強騎士様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人
ファンタジー
「君は偽りの聖女だ」――。 地味な「育成」の力しか持たない伯爵令嬢エルナは、婚約者である王太子にそう断じられ、すべてを奪われた。聖女の地位、婚約者、そして濡れ衣を着せられ追放された先は、魔物が巣食う極寒の辺境の地。 しかし、絶望の淵で彼女は自身の力の本当の価値を知る。凍てついた大地を緑豊かな楽園へと変える「育成」の力。それは、飢えた人々の心と体を癒す、真の聖女の奇跡だった。 これは、役立たずと蔑まれた少女が、無骨で不器用な「氷壁の騎士」ガイオンの揺るぎない愛に支えられ、辺境の地でかけがえのない居場所と幸せを見つける、心温まる逆転スローライフ・ファンタジー。 王都が彼女の真価に気づいた時、もう遅い。最高のざまぁと、とろけるほど甘い溺愛が、ここにある。

処理中です...