8 / 16
第7話「庭園の秘密と芽生える想い」
しおりを挟む
アシュフォード公爵邸の裏手には、忘れ去られたように静かな温室があった。
ガラスはところどころ曇り、中には手入れされずに枯れかけている鉢植えがいくつも並んでいる。
私はなぜか、その場所に強く惹かれた。
「ここを、少し手入れしてもよろしいでしょうか」
執事に尋ねると、彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに「もちろんでございます」と微笑んでくれた。
それから、私の日課に温室の手入れが加わった。
アンナに手伝ってもらいながら、雑草を抜き、土を入れ替え、枯れた葉を摘んでいく。
不思議なことに、私が触れた植物は、目に見えて元気を取り戻していった。
茶色くしなびていた葉は、みずみずしい緑色に変わり、固く閉じていた蕾は、ほころび始める。
『やっぱり、私にはこういう力があるんだ……』
これは、昔から私だけの秘密だった。
植物に触れると、その声が聞こえるような気がする。水が欲しいのか、光が足りないのか、何となくわかるのだ。
でも、ヴァインベルク公爵家では、この力は歓迎されなかった。
『公爵令嬢が土いじりなど、はしたない』
父にそう言われてからは、誰にも知られないよう、ひっそりと庭の隅の花に触れるだけだった。
エリアナさんのように、誰もが称賛するような『聖なる力』ではない。地味で、誰の役にも立たない力。
そう思っていた。
ある晴れた午後。
私が温室でバラの世話をしていると、不意に背後から声がかかった。
「熱心だな」
振り向くと、キリアン様が入り口に立っていた。
いつもは執務室にこもっている彼が、こんな場所に来るのは珍しい。
「キリアン様……。お仕事はよろしいのですか」
「ああ、少し休憩だ」
彼はゆっくりと温室の中に入ってきて、私が手入れをしている鉢植えに目を留めた。
それは、数日前まで完全に枯れていたはずの、一株の白いバラだった。
今では、青々とした葉を茂らせ、純白の蕾をいくつもつけている。
「見事だな。ここの植物は、もう何年も花を咲かせたことがなかった」
彼の銀色の瞳が、私をまっすぐに見つめる。
その視線に、全てを見透かされているような気がして、心臓がどきりとした。
「君が、咲かせたのか」
「……私が、というわけでは……。ただ、少しお世話をしただけで」
しどろもどろに答える私に、彼は静かな笑みを浮かべた。
それは、あの夜執務室で見た、ほんの一瞬の微笑みとは違う、もっとはっきりとした、優しい笑顔だった。
「やはり君は、特別だ」
その言葉に、息をのむ。
彼は、私のこの力のことを知っていた?
「俺は、ずっと知っていた。君が、誰にも気づかれずに、王宮の庭の片隅で、枯れかけた花を元気づけていたことを」
「え……」
「幼い頃、一度だけ見たことがある。小さな君が、しょんぼりした花に一生懸命話しかけていたのを。次の日、その花は見事に咲き誇っていた」
信じられない。
それは、もう10年以上も前の、私自身も忘れかけていた記憶だ。
あの姿を、彼が見ていたなんて。
「君の力は、祈るだけで奇跡を起こすような、派手なものではないかもしれない。だが、命に寄り添い、慈しみ、育む力だ。それこそが、本物の聖なる力だと、俺は思う」
キリアン様は、そっと私の手を取った。
土で少し汚れた私の手を、彼は全く気にする素振りも見せず、優しく包み込む。
「だから、自分を卑下するな。君は、誰よりも尊い力を持っている」
まっすぐな言葉が、私の心の奥底に染み渡っていく。
誰にも理解されなかった、自分でも価値がないと思っていたこの力を、彼は肯定してくれた。
『本物の聖なる力だ』と、言ってくれた。
じわり、と目の奥が熱くなる。
嬉しくて、くすぐったくて、胸がいっぱいになる。
この人は、本当に私のことを見ていてくれたんだ。
噂や見た目じゃなく、私の本質を。
「ありがとう、ございます……」
涙声でそれだけ言うのが、精一杯だった。
キリアン様は何も言わず、ただ、私の手を握る力を少しだけ強めた。
温室の中は、花の甘い香りと、午後の柔らかな日差しで満ちている。
彼の大きな手から伝わる温もりが、婚約破棄で凍てついていた私の心を、ゆっくりと、でも確実に溶かしていく。
この人の側にいたい。
この温かさを、手放したくない。
私の心に、確かな想いが芽生えた瞬間だった。
ガラスはところどころ曇り、中には手入れされずに枯れかけている鉢植えがいくつも並んでいる。
私はなぜか、その場所に強く惹かれた。
「ここを、少し手入れしてもよろしいでしょうか」
執事に尋ねると、彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに「もちろんでございます」と微笑んでくれた。
それから、私の日課に温室の手入れが加わった。
アンナに手伝ってもらいながら、雑草を抜き、土を入れ替え、枯れた葉を摘んでいく。
不思議なことに、私が触れた植物は、目に見えて元気を取り戻していった。
茶色くしなびていた葉は、みずみずしい緑色に変わり、固く閉じていた蕾は、ほころび始める。
『やっぱり、私にはこういう力があるんだ……』
これは、昔から私だけの秘密だった。
植物に触れると、その声が聞こえるような気がする。水が欲しいのか、光が足りないのか、何となくわかるのだ。
でも、ヴァインベルク公爵家では、この力は歓迎されなかった。
『公爵令嬢が土いじりなど、はしたない』
父にそう言われてからは、誰にも知られないよう、ひっそりと庭の隅の花に触れるだけだった。
エリアナさんのように、誰もが称賛するような『聖なる力』ではない。地味で、誰の役にも立たない力。
そう思っていた。
ある晴れた午後。
私が温室でバラの世話をしていると、不意に背後から声がかかった。
「熱心だな」
振り向くと、キリアン様が入り口に立っていた。
いつもは執務室にこもっている彼が、こんな場所に来るのは珍しい。
「キリアン様……。お仕事はよろしいのですか」
「ああ、少し休憩だ」
彼はゆっくりと温室の中に入ってきて、私が手入れをしている鉢植えに目を留めた。
それは、数日前まで完全に枯れていたはずの、一株の白いバラだった。
今では、青々とした葉を茂らせ、純白の蕾をいくつもつけている。
「見事だな。ここの植物は、もう何年も花を咲かせたことがなかった」
彼の銀色の瞳が、私をまっすぐに見つめる。
その視線に、全てを見透かされているような気がして、心臓がどきりとした。
「君が、咲かせたのか」
「……私が、というわけでは……。ただ、少しお世話をしただけで」
しどろもどろに答える私に、彼は静かな笑みを浮かべた。
それは、あの夜執務室で見た、ほんの一瞬の微笑みとは違う、もっとはっきりとした、優しい笑顔だった。
「やはり君は、特別だ」
その言葉に、息をのむ。
彼は、私のこの力のことを知っていた?
「俺は、ずっと知っていた。君が、誰にも気づかれずに、王宮の庭の片隅で、枯れかけた花を元気づけていたことを」
「え……」
「幼い頃、一度だけ見たことがある。小さな君が、しょんぼりした花に一生懸命話しかけていたのを。次の日、その花は見事に咲き誇っていた」
信じられない。
それは、もう10年以上も前の、私自身も忘れかけていた記憶だ。
あの姿を、彼が見ていたなんて。
「君の力は、祈るだけで奇跡を起こすような、派手なものではないかもしれない。だが、命に寄り添い、慈しみ、育む力だ。それこそが、本物の聖なる力だと、俺は思う」
キリアン様は、そっと私の手を取った。
土で少し汚れた私の手を、彼は全く気にする素振りも見せず、優しく包み込む。
「だから、自分を卑下するな。君は、誰よりも尊い力を持っている」
まっすぐな言葉が、私の心の奥底に染み渡っていく。
誰にも理解されなかった、自分でも価値がないと思っていたこの力を、彼は肯定してくれた。
『本物の聖なる力だ』と、言ってくれた。
じわり、と目の奥が熱くなる。
嬉しくて、くすぐったくて、胸がいっぱいになる。
この人は、本当に私のことを見ていてくれたんだ。
噂や見た目じゃなく、私の本質を。
「ありがとう、ございます……」
涙声でそれだけ言うのが、精一杯だった。
キリアン様は何も言わず、ただ、私の手を握る力を少しだけ強めた。
温室の中は、花の甘い香りと、午後の柔らかな日差しで満ちている。
彼の大きな手から伝わる温もりが、婚約破棄で凍てついていた私の心を、ゆっくりと、でも確実に溶かしていく。
この人の側にいたい。
この温かさを、手放したくない。
私の心に、確かな想いが芽生えた瞬間だった。
45
あなたにおすすめの小説
退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで
有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。
辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。
公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。
元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。
言葉の色が見える私には、追放された冷徹魔術師様の溺愛がダダ漏れです~黒い暴言の裏に隠された、金色の真実と甘い本音~
黒崎隼人
恋愛
王立図書館の辺境分館で働く司書のリリアナには、言葉に込められた感情が「色」として見える秘密の力があった。
ある日、彼女の前に現れたのは、かつて「王国の至宝」と呼ばれながらも、たった一度の失言で全てを失い追放された元宮廷魔術師、アレン・クロフォード。
冷徹で皮肉屋、口を開けば棘だらけの言葉ばかりのアレン。しかし、リリアナの目には見えていた。その黒い暴言の奥底で、誰よりも国を思い、そしてリリアナを気遣う、美しく輝く「金色」の本音が。
「邪魔だ」は「そばにいろ」、「帰れ」は「送っていく」。
素直になれない不器用な魔術師と、その本音が全部見えてしまう司書の、じれったくて甘い、真実の愛を取り戻す物語。
今さら泣きついても遅いので、どうかお静かに。
有賀冬馬
恋愛
「平民のくせに」「トロくて邪魔だ」──そう言われ続けてきた王宮の雑用係。地味で目立たない私のことなんて、誰も気にかけなかった。
特に伯爵令嬢のルナは、私の幸せを邪魔することばかり考えていた。
けれど、ある夜、怪我をした青年を助けたことで、私の運命は大きく動き出す。
彼の正体は、なんとこの国の若き国王陛下!
「君は私の光だ」と、陛下は私を誰よりも大切にしてくれる。
私を虐げ、利用した貴族たちは、今、悔し涙を流している。
追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜
黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。
しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった!
不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。
そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。
「お前は、俺の宝だ」
寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。
一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……?
植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました
有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。
けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。
彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。
一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。
かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約破棄&濡れ衣で追放された聖女ですが、辺境で育成スキルの真価を発揮!無骨で不器用な最強騎士様からの溺愛が止まりません!
黒崎隼人
ファンタジー
「君は偽りの聖女だ」――。
地味な「育成」の力しか持たない伯爵令嬢エルナは、婚約者である王太子にそう断じられ、すべてを奪われた。聖女の地位、婚約者、そして濡れ衣を着せられ追放された先は、魔物が巣食う極寒の辺境の地。
しかし、絶望の淵で彼女は自身の力の本当の価値を知る。凍てついた大地を緑豊かな楽園へと変える「育成」の力。それは、飢えた人々の心と体を癒す、真の聖女の奇跡だった。
これは、役立たずと蔑まれた少女が、無骨で不器用な「氷壁の騎士」ガイオンの揺るぎない愛に支えられ、辺境の地でかけがえのない居場所と幸せを見つける、心温まる逆転スローライフ・ファンタジー。
王都が彼女の真価に気づいた時、もう遅い。最高のざまぁと、とろけるほど甘い溺愛が、ここにある。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる