異世界ショコラティエの甘い革命~チョコレートが存在しない世界でカカオを育ててバレンタインを流行らせます~

黒崎隼人

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エピローグ「琥珀色の世界」

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 あれから、十年が経った。

 かつて『苦味の森』と呼ばれていた場所は、今では『琥珀の森』と呼ばれ、国中の地図に載る名所となっていた。

 整然と植えられたカカオの木々は、豊かな緑の葉を茂らせ、その枝には無数の実がぶら下がっている。

 村は豊かになった。

 カカオの栽培で財を成した農家たちは、レンガ造りの立派な家を建て、子供たちは学校に通い、冬になっても飢えることはない。

 その森を見下ろす丘の上に、僕の生家――今は記念館のようになっている――があった。

 その縁側に座り、僕は湯気の立つカップを傾けていた。

 中身はホットチョコレート。この世界では『ショコラショー』という名前で親しまれている飲み物だ。

「あなた、またそんなところでサボってる」

 家の中から、女性の声がした。

 ミナだ。

 彼女の腕の中には、まだ小さな赤ん坊が眠っている。

「サボってるんじゃないよ。視察だよ、視察」

 僕は苦笑しながら、カップを置いた。

「森の状態もいいし、今年の収穫も期待できそうだ」

「それはよかったわね。でも、そろそろ王都に戻らないと。マルセルさんが首を長くして待ってるわよ。なんでも、隣国の王女様が、私たちのショコラを食べたいって招待状を送ってきたんですって」

「またか……。少しはゆっくりしたいんだけどな」

 ぼやきながらも、悪い気はしなかった。

 かつて、たった一人で始めた夢。

 クワ一本と、お粗末なナイフで切り開いた道。

 それが今、国境を越え、海を越え、世界中に広がっている。

 誰かが誰かを想う時、そこには必ずチョコレートがある。

 ケンカの仲直りに。

 感謝の印に。

 そして、愛の告白に。

 黒くて甘いそのお菓子は、人と人を繋ぐ魔法のアイテムとして、この世界に定着したのだ。

「ねえ、ルカ」

 ミナが隣に座り、赤ん坊の頬を指でつついた。

「この子が大きくなる頃には、どんなお菓子ができてるかな」

「そうだなぁ。空飛ぶチョコレートとか?」

「ふふっ、何それ。でも、あなたなら作っちゃいそう」

 風が吹き抜け、カカオの葉がサワサワと揺れた。

 その音は、まるで拍手のように聞こえた。

 前世の記憶にあった、たった一つの味。

 それが僕の人生を変え、村を変え、そして世界を少しだけ甘くした。

 僕はカップに残った最後の一口を飲み干し、立ち上がった。

「さあ、行こうか。世界が僕たちの新作を待ってる」

 ミナが頷き、僕の手を握る。

 その手の温もりは、どんな極上のショコラよりも温かく、僕の心を満たしていた。

 甘い香りに包まれた風に乗って、僕たちの旅はまだまだ続いていく。

 どこまでも、甘く、香り高く。
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