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番外編「君に贈る、世界で最初の」
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領主様へのお披露目から数年後。
『ショコラトリー・ルカ』は、今や王都にも支店を持つ大繁盛店となっていた。
特に冬の終わり、雪解けの季節に訪れる『聖愛の日』――かつて僕たちが勝手に広めた習慣が、いつの間にか祝日になっていたのだ――の前日は、工房は戦場のような忙しさになる。
「ルカさん! ガナッシュの温度、上がってます!」
「わかった、今行く!」
「店長! 王宮からの追加注文です! ボンボンショコラ千個!」
「無理だって言って断れ! いや、やっぱり受ける! 徹夜だ!」
怒号と熱気が飛び交う工房の片隅で、僕は帽子を被り直し、気合を入れた。
体は大きくなり、声も低くなったけれど、やることは変わらない。ひたすら、美味しいものを作るだけだ。
深夜。ようやく全ての作業が終わり、従業員たちが帰った後の静かな工房。
僕は一人、洗い物をしていた。
ふと、背後に気配を感じる。
「……お疲れ様、ルカ」
ミナだった。
彼女もすっかり大人の女性になった。店のマネージャーとして、経理から人事までを一手に引き受けてくれている。彼女がいなければ、この店は三日で破綻するだろう。
「ミナこそ、お疲れ様。計算、合った?」
「うん、ばっちり。今年も過去最高益よ」
彼女はカウンター越しに僕の隣に立ち、エプロンのポケットから小さな包みを取り出した。
いびつな形の、赤いリボンがかかった小箱。
店の売り物ではない。手作り感満載の箱だ。
「……これ」
彼女はそっぽを向きながら、それを僕に突き出した。
「え、僕に?」
「当たり前でしょ。今日は何の日だと思ってるの?」
聖愛の日。
そうか、日付が変わったのか。
「私たち、売るばっかりで、自分たちの分はいつも後回しだから。……今年は、ちゃんと作りたかったの」
僕は濡れた手をタオルで拭き、箱を受け取った。
軽いけれど、ずっしりと重い。そんな不思議な感覚。
リボンを解き、蓋を開ける。
中に入っていたのは、不格好なハート型のチョコレートだった。
テンパリングに失敗したのか、少し白く粉を吹いているし、形も左右非対称だ。僕が作った商品なら、即座に不良品箱行きになるレベルだ。
けれど、僕にはそれが、世界で一番美しい宝石に見えた。
「……味見、してないから。変な味だったらごめんね」
ミナが不安そうにつぶやく。
僕はそれを指でつまみ、口に入れた。
ザラッとした舌触り。砂糖が溶け切っていない。
カカオの焙煎も少し強いのか、焦げ臭さが混じっている。
でも。
「……甘いな」
「えっ、砂糖入れすぎた!?」
「ううん。すごく、甘くて、美味しい」
噛みしめるほどに、優しさが広がっていく。
忙しい合間を縫って、彼女が一生懸命これを練っていた姿が目に浮かぶ。
涙が出そうになるのをこらえて、僕は飲み込んだ。
「ありがとう、ミナ。……僕、世界で一番幸せ者だよ」
「……大げさね」
ミナは顔を真っ赤にして、僕の肩を軽く叩いた。
「お返し、期待してるからね。三倍返しよ?」
「参ったな。店一番の新作を作るしかないか」
窓の外では、雪解けのしずくがポタリと落ちる音がした。
春はもうすぐそこまで来ている。
二人の影が、月明かりの下で一つに重なっていた。
『ショコラトリー・ルカ』は、今や王都にも支店を持つ大繁盛店となっていた。
特に冬の終わり、雪解けの季節に訪れる『聖愛の日』――かつて僕たちが勝手に広めた習慣が、いつの間にか祝日になっていたのだ――の前日は、工房は戦場のような忙しさになる。
「ルカさん! ガナッシュの温度、上がってます!」
「わかった、今行く!」
「店長! 王宮からの追加注文です! ボンボンショコラ千個!」
「無理だって言って断れ! いや、やっぱり受ける! 徹夜だ!」
怒号と熱気が飛び交う工房の片隅で、僕は帽子を被り直し、気合を入れた。
体は大きくなり、声も低くなったけれど、やることは変わらない。ひたすら、美味しいものを作るだけだ。
深夜。ようやく全ての作業が終わり、従業員たちが帰った後の静かな工房。
僕は一人、洗い物をしていた。
ふと、背後に気配を感じる。
「……お疲れ様、ルカ」
ミナだった。
彼女もすっかり大人の女性になった。店のマネージャーとして、経理から人事までを一手に引き受けてくれている。彼女がいなければ、この店は三日で破綻するだろう。
「ミナこそ、お疲れ様。計算、合った?」
「うん、ばっちり。今年も過去最高益よ」
彼女はカウンター越しに僕の隣に立ち、エプロンのポケットから小さな包みを取り出した。
いびつな形の、赤いリボンがかかった小箱。
店の売り物ではない。手作り感満載の箱だ。
「……これ」
彼女はそっぽを向きながら、それを僕に突き出した。
「え、僕に?」
「当たり前でしょ。今日は何の日だと思ってるの?」
聖愛の日。
そうか、日付が変わったのか。
「私たち、売るばっかりで、自分たちの分はいつも後回しだから。……今年は、ちゃんと作りたかったの」
僕は濡れた手をタオルで拭き、箱を受け取った。
軽いけれど、ずっしりと重い。そんな不思議な感覚。
リボンを解き、蓋を開ける。
中に入っていたのは、不格好なハート型のチョコレートだった。
テンパリングに失敗したのか、少し白く粉を吹いているし、形も左右非対称だ。僕が作った商品なら、即座に不良品箱行きになるレベルだ。
けれど、僕にはそれが、世界で一番美しい宝石に見えた。
「……味見、してないから。変な味だったらごめんね」
ミナが不安そうにつぶやく。
僕はそれを指でつまみ、口に入れた。
ザラッとした舌触り。砂糖が溶け切っていない。
カカオの焙煎も少し強いのか、焦げ臭さが混じっている。
でも。
「……甘いな」
「えっ、砂糖入れすぎた!?」
「ううん。すごく、甘くて、美味しい」
噛みしめるほどに、優しさが広がっていく。
忙しい合間を縫って、彼女が一生懸命これを練っていた姿が目に浮かぶ。
涙が出そうになるのをこらえて、僕は飲み込んだ。
「ありがとう、ミナ。……僕、世界で一番幸せ者だよ」
「……大げさね」
ミナは顔を真っ赤にして、僕の肩を軽く叩いた。
「お返し、期待してるからね。三倍返しよ?」
「参ったな。店一番の新作を作るしかないか」
窓の外では、雪解けのしずくがポタリと落ちる音がした。
春はもうすぐそこまで来ている。
二人の影が、月明かりの下で一つに重なっていた。
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