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第7章:王都からの客人と、初めての嫉妬
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ヴォルフガング領が化粧品と新しい料理で奇跡的な発展を遂げているという噂は、やがて王都の社交界にも届いていた。最初は「辺境の田舎話」と一笑に付していた貴族たちも、実際にヴォルフガング領から出荷された高品質なクリームや、その利益の大きさを知るに及び、無視できなくなっていった。
そしてある日、最も厄介な客人が、王命による「視察」という名目でこの北の地にやってくることになった。
元婚約者のアルフォンス王太子と、乙女ゲームのヒロインである聖女エレナだった。
彼らを乗せた豪奢な馬車が城門をくぐった時、私はカイウス様と並んで出迎えた。久しぶりに見るアルフォンス殿下は、以前と変わらず傲慢な光を瞳に宿していたが、その隣に立つ聖女エレナは、清純可憐な笑みを浮かべながらも、私を値踏みするような鋭い視線を隠そうともしなかった。
「久しぶりだな、レティシア。こんな辺鄙な場所で、よくやっているようだ」
アルフォンス殿下は、まるで主人が捨てたペットを眺めるような目で私を見下ろす。その不遜な態度に、隣に立つカイウス様の空気が一瞬で冷え込んだのが分かった。
視察が始まると、アルフォンス殿下の驚きは隠せないものになっていった。活気に満ちた市場、笑顔で働く領民たち、そして何より、彼らが私に向ける尊敬と親愛の眼差し。彼が「飾り人形」としか見ていなかった女が、まるで女神のように領民から慕われている。その光景は、彼のプライドを酷く傷つけたようだった。
「信じられん…。君にこのような才覚があったとはな」
視察の合間、アルフォンス殿下は二人きりになる機会を狙って、私に近づいてきた。
「レティシア、私は間違っていた。君こそが、私の隣に立つべき妃だ。あんな聖女気取りの小娘ではなく。……王都へ戻ってこないか? 私が陛下に頼んで、この野蛮な公爵との結婚を無効にさせてやる」
その浅はかで自分勝手な言葉に、私は心の底から呆れ果てた。
「お断りしますわ、殿下。私は今の生活に満足しておりますので」
私が冷たく言い放った、その時だった。
「――彼女に何か用か、殿下」
背後から、地を這うような低い声が響いた。いつの間にか、カイウス様が私たちの後ろに立っていた。彼の全身から放たれる怒気と威圧感は、王太子であるアルフォンス殿下をも怯ませるほどだった。
「私の妻に、あまり馴れ馴れしくしていただきたくない」
カイウス様は私の腕をぐいと引き寄せ、その肩を抱きしめる。まるで自分の所有物だと主張するように。その力強い腕と、今まで感じたことのない激しい独占欲に、私の心臓が大きく跳ねた。
「なっ……! 無礼な!」
「無礼なのはどちらですかな?」
仮面の奥から覗くカイウス様の瞳は、獲物を狙う狼のように鋭く、アルフォンス殿下を射抜いていた。
これは、ただの契約相手を守るための行動ではない。今まで感じたことのない、剥き出しの感情。
――嫉妬。
その言葉が、私の頭に浮かんだ。この無愛想で冷たいはずの人が、私のために、嫉妬してくれている。
その事実に、私は戸惑いながらも、どうしようもなく胸が高鳴るのを止められなかった。契約で始まったこの関係は、いつの間にか、私たちが予想もしなかった方向へと、大きく舵を切り始めていた。
そしてある日、最も厄介な客人が、王命による「視察」という名目でこの北の地にやってくることになった。
元婚約者のアルフォンス王太子と、乙女ゲームのヒロインである聖女エレナだった。
彼らを乗せた豪奢な馬車が城門をくぐった時、私はカイウス様と並んで出迎えた。久しぶりに見るアルフォンス殿下は、以前と変わらず傲慢な光を瞳に宿していたが、その隣に立つ聖女エレナは、清純可憐な笑みを浮かべながらも、私を値踏みするような鋭い視線を隠そうともしなかった。
「久しぶりだな、レティシア。こんな辺鄙な場所で、よくやっているようだ」
アルフォンス殿下は、まるで主人が捨てたペットを眺めるような目で私を見下ろす。その不遜な態度に、隣に立つカイウス様の空気が一瞬で冷え込んだのが分かった。
視察が始まると、アルフォンス殿下の驚きは隠せないものになっていった。活気に満ちた市場、笑顔で働く領民たち、そして何より、彼らが私に向ける尊敬と親愛の眼差し。彼が「飾り人形」としか見ていなかった女が、まるで女神のように領民から慕われている。その光景は、彼のプライドを酷く傷つけたようだった。
「信じられん…。君にこのような才覚があったとはな」
視察の合間、アルフォンス殿下は二人きりになる機会を狙って、私に近づいてきた。
「レティシア、私は間違っていた。君こそが、私の隣に立つべき妃だ。あんな聖女気取りの小娘ではなく。……王都へ戻ってこないか? 私が陛下に頼んで、この野蛮な公爵との結婚を無効にさせてやる」
その浅はかで自分勝手な言葉に、私は心の底から呆れ果てた。
「お断りしますわ、殿下。私は今の生活に満足しておりますので」
私が冷たく言い放った、その時だった。
「――彼女に何か用か、殿下」
背後から、地を這うような低い声が響いた。いつの間にか、カイウス様が私たちの後ろに立っていた。彼の全身から放たれる怒気と威圧感は、王太子であるアルフォンス殿下をも怯ませるほどだった。
「私の妻に、あまり馴れ馴れしくしていただきたくない」
カイウス様は私の腕をぐいと引き寄せ、その肩を抱きしめる。まるで自分の所有物だと主張するように。その力強い腕と、今まで感じたことのない激しい独占欲に、私の心臓が大きく跳ねた。
「なっ……! 無礼な!」
「無礼なのはどちらですかな?」
仮面の奥から覗くカイウス様の瞳は、獲物を狙う狼のように鋭く、アルフォンス殿下を射抜いていた。
これは、ただの契約相手を守るための行動ではない。今まで感じたことのない、剥き出しの感情。
――嫉妬。
その言葉が、私の頭に浮かんだ。この無愛想で冷たいはずの人が、私のために、嫉妬してくれている。
その事実に、私は戸惑いながらも、どうしようもなく胸が高鳴るのを止められなかった。契約で始まったこの関係は、いつの間にか、私たちが予想もしなかった方向へと、大きく舵を切り始めていた。
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