元・小野小町の悪役令嬢、破滅回避で嫁いだ仮面公爵が実は超美形。離婚前提のはずが和歌とコスメで領地を豊かにしたら世界一溺愛されています

黒崎隼人

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第6章:炎が照らした、仮面の奥の優しさ

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『こまち食堂』は連日大盛況となり、化粧品事業も順調に利益を上げていた。ヴォルフガング領は目に見えて活気づき、領民たちの顔には笑顔が増えた。私の計画は順調に進んでいる。そのはずだった。

 事件が起きたのは、冷たい雨が降る夜だった。
「大変です、レティシア様! 化粧品工房から火が!」
 侍女のアンナが、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。

 私はすぐさま現場へと駆けつけた。工房の一部が、不気味な赤い炎を上げて燃えている。幸い、雨のおかげで火の回りは遅く、既に領民たちが懸命な消火活動にあたっていた。しかし、皆が丹精込めて作り上げた工房が焼けていく光景に、私は血の気が引くのを感じた。

「どうして……」
 呆然と立ち尽くす私の肩に、ふわりと温かいものがかけられた。振り返ると、そこにカイウス様が立っていた。いつの間に来たのか、彼は自分の着ていた重厚なマントを私の肩にかけ、燃え盛る炎を厳しい目で見つめていた。

「君のせいではない」
 私の心を読んだかのように、彼は静かに言った。その声は低く、落ち着いていたが、仮面の奥の瞳には、静かな、しかし烈火のような怒りが宿っていた。そして、その怒りの隣には、呆然とする私を案じる、明確な優しさの色が見えた。

 火は、幸いにもボヤ程度で消し止められた。しかし、工房の壁やいくつかの設備が被害を受け、何より領民たちの間に不安が広がった。
「失火ではない。何者かが意図的に油を撒いた跡がある」
 現場を検分したカイウス様は、冷徹に事実を告げた。放火――その言葉に、私は唇を噛みしめた。私の事業が、誰かの妬みを買い、領民を危険に晒してしまったのだ。

「申し訳、ありません……。私のせいで……」
 落ち込む私に、彼は再び言った。
「謝るな。悪いのは君ではない。君の功績を妬み、このような卑劣な手段に及んだ犯人だ」

 彼の行動は迅速だった。彼が率いる「影」と呼ばれる私兵部隊がすぐに調査を開始し、犯人は驚くほど早く特定された。それは、私の化粧品事業のせいで儲けが減ったと逆恨みした、町の古い商人だった。カイウス様は犯人を捕らえると、法に基づき、しかし厳正に処罰を下した。その手際の良さと領主としての威厳に、領民たちはかえって彼への信頼を深めたようだった。

 その夜、私は工房の後始末のことで頭がいっぱいで、なかなか寝付けずにいた。すると、離れの館の扉が静かにノックされた。そこにいたのは、カイウス様だった。
「眠れないのだろうと思ってな」
 彼はそう言って、手に持っていたティーセットをテーブルに置いた。そして、慣れた手つきで、心を落ち着かせる効果のあるカモミールのハーブティーを淹れてくれた。

「あの……ありがとうございます」
「気に病むことはない。工房は明日から俺の兵も使って修復させる。以前より頑丈なものになるだろう」
 湯気の立つカップを挟んで、私たちは初めて、契約や仕事以外の、個人的な会話を交わした。彼が好きな本の話。私が王都で窮屈に感じていたこと。ぽつりぽつりと交わされる言葉は、ぎこちなかったけれど、確かな温かさがあった。

 この人は、ただ冷たいだけの人じゃない。不器用で、言葉足らずなだけで、本当は誰よりも情が深く、優しい人なのだ。
 炎が照らし出したのは、工房の被害だけではなかった。それは、今まで見えなかった彼の仮面の奥にある、真の優しさを、私の心にはっきりと映し出していた。
 この夜を境に、私たちの間にあった分厚い壁が、一枚、また一枚と、静かに溶け始めていくのを感じていた。
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