「役立たず」と追放された調香師、覚醒した【魔香】スキルで聖女もエルフも完全支配する

黒崎隼人

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第1話「無能の烙印と追放の森」

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 ひんやりとした石の床の感触と、消毒液めいた薬品の匂いが鼻をつく。
 俺、香坂蓮――いや、この世界ではレンか。
 異世界ルミナシアに召喚されてから、もう一ヶ月が経とうとしていた。

 俺は他の四人と共に「聖勇者」として、この世界を脅かす魔王軍と戦うために呼び出された。それぞれが強力なスキルを授かる中、俺に与えられたのは【調香】。様々な素材から香りを創り出すだけの、この世界では全く役に立たない「外れスキル」だった。
 剣も振るえず魔法も使えない俺は、いつしかパーティのお荷物になっていた。

「おい、レン!水汲みはまだか!ぐずぐずするな、無能が!」

 焚き火の前で偉そうに腕を組むのは、このパーティのリーダー、聖剣の勇者ガイアスだ。金の髪をなびかせ、いかにも勇者らしい整った顔立ちだが、その瞳は常に俺を侮蔑の色で見下している。

「す、すみません。今やります」

 俺は慌てて革袋を手に取り、近くの小川へと駆け出した。背中に突き刺さる冷たい視線を感じながら。
 パーティの紅一点であり、人々から慈愛の聖女と崇められるセレスも、俺にとっては冷たい女でしかない。彼女は俺がガイアスに罵倒されていても助け舟一つ出さず、それどころか美しい顔をわずかに歪め、俺が存在しないかのように目をそらすのだ。
 彼女の身体からふわりと香る清らかな花の香りでさえ、今の俺には偽善の匂いにしか感じられなかった。

『今日もまた雑用か』

 俺は心の中で毒づきながら水を汲む。ポーションの管理、野営の準備、見張り。戦闘以外の雑務はすべて俺の仕事だった。元の世界では調香師としてそれなりの評価を得ていたというのに、ここではゴミ同然の扱いだ。
 悔しさがこみ上げてくるが、どうすることもできない。この世界で一人で生きていく術など、俺は持っていなかった。

 その夜のことだった。野営地の中心で、ガイアスが俺を呼びつけた。その隣にはセレスが静かにたたずんでいる。他の仲間たちは、少し離れた場所から興味深そうに、あるいは憐れむようにこちらを見ていた。

「レン、お前に話がある」

 ガイアスの声はいつもより低く、有無を言わさぬ響きを持っていた。嫌な予感が胸をざわつかせる。

「……なんでしょうか」
「単刀直入に言う。お前は明日からこのパーティを抜けろ」
「え……?」

 思考が停止する。追放。その二文字が、頭の中で現実味なく反響した。

「ど、どうしてですか……?俺、雑用なら何でもやります!これまで以上に働きますから!」

 必死に食い下がる俺を、ガイアスは鼻で笑った。

「雑用なら誰でもできる。問題は、お前のような戦闘能力のない無能がパーティにいること自体が士気に関わるということだ。そうだろ、セレス」

 話を振られたセレスは、こくりとうなずく。その瞳に、あわれみの色すらなかった。

「ガイアス様のおっしゃる通りです。あなたのスキル【調香】は、聖なる戦いにおいて何の役にも立ちません。あなたの存在は、私たちの足枷でしかありませんでした」

 聖女の口から紡がれる氷のように冷たい言葉が、俺の心を抉るには十分すぎる威力を持っていた。

「そんな……」
「装備は置いていけ。食料は一日分だけくれてやる。それでどこへなりと行くがいい」

 ガイアスの言葉は事実上の死刑宣告だ。ここは魔物がうごめく危険地帯。戦闘能力のない俺が一人で生き延びられるはずがない。

「ま、待ってください!お願いします!見捨てないでください!」

 俺はみっともなく地面に膝をつき、彼らに懇願した。だが、ガイアスは俺の肩を乱暴に蹴り飛ばす。

「見苦しいぞ。さっさと失せろ」

 地面に倒れ込んだ俺の視界の端に、セレスの白いローブの裾が映る。彼女は最後まで、俺に一瞥もくれなかった。

 夜明け前、俺は言われた通り最低限の食料と水だけを渡され、パーティを追い出された。背後からは仲間たちの嘲笑が聞こえてくるようだ。
 俺は一人、夜の闇が支配する「黒の森」へと足を踏み入れた。絶望と裏切られた怒りで、全身が震える。

『なぜ俺がこんな目に……』

 木々の間から聞こえる不気味な獣の鳴き声に、恐怖で足がすくむ。このまま野垂れ死ぬか、魔物に食われるか。どちらにせよ、俺の異世界での人生はここで終わりなのだろう。
 涙が溢れ、視界が滲む。その時だった。
 ふと、足元に生えていた見慣れないキノコが目に入った。それはかすかに甘く、それでいて少し痺れるような独特の香りを放っている。
 元の世界での調香師の血が騒いだ。俺は無意識にそのキノコを手に取り、香りを確かめる。

 ――これは、もしかしたら。

 俺の頭に、ある考えが閃いた。スキル【調香】。それはただ香りを創るだけではない。この世界に満ちる「聖気」や「魔素」といった未知のエネルギーを香りと組み合わせれば、何らかの作用を引き起こせるのではないか?
 例えば、このキノコが持つ微弱な麻痺成分を、香りを触媒にして増幅させることができれば……。
 背後でガサリと大きな物音がした。振り返ると、涎を垂らしたゴブリンが二体、棍棒を構えてこちらににじり寄ってくる。緑色の肌、尖った耳、そして血走った目が俺の命を狙っていた。

「くそっ……!」

 絶体絶命。腰が抜けて、逃げることすらできない。

『やるしかない!』

 俺は震える手で、懐から小さな調合用の小瓶を取り出した。そして先ほどのキノコを握りつぶし、森に生えていた他の薬草と共に瓶に放り込む。
 スキル【調香】を発動。俺の意識が瓶の中の素材に集中する。それぞれの素材が持つ香りの成分、その奥に眠る微弱な魔素の流れを感じ取った。

『混ざれ、混ざれ……!奴らの動きを止める、痺れるような香りに!』

 祈るような気持ちで瓶を振る。すると、瓶の中から紫色の煙が立ち上り、むせ返るような甘い香りが周囲に漂い始めた。
 ゴブリンたちが、ピタリと動きを止める。奴らの血走った目は困惑したように宙をさまよった。
 そして次の瞬間、二体のゴブリンはまるで糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。いびきのような寝息を立てている。

「……成功、したのか?」

 俺は呆然と目の前の光景を見つめていた。外れスキル。無能の烙印。そう呼ばれ続けた俺の力が、初めて意味を持った瞬間だった。
 俺の口元に、自嘲とも歓喜ともつかない笑みが浮かぶ。

「そうか……これが俺の力……」

 絶望の森で、俺はたった一人、自らのスキルの真の価値に気づいた。
 ガイアス、セレス。お前たちが捨てたこの力で、俺は生き抜いてやる。そしていつか必ず、お前たちに思い知らせてやるんだ。この【調香】という力が、聖剣や聖魔法なんかよりもずっと恐ろしい力だということを。
 復讐の炎を胸に宿し、俺は夜明け前の暗い森を、今度は確かな足取りで歩き始めた。甘く危険な香りを漂わせながら。
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