『冷酷な悪役令嬢』と婚約破棄されましたが、追放先の辺境で領地経営を始めたら、いつの間にか伝説の女領主になっていました。

黒崎隼人

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第九章:偽りの夫婦、暴かれた未熟さの代償

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 すべての証拠が提示され、ミレーユの罪状が確定的なものとなった時、それまで沈黙を保っていたアルベルト殿下が、絞り出すような声で私に問いかけた。
「……なぜだ、クラリス。なぜ、ここまでして私を、私たちを追い詰める」
 その目は怒りではなく、理解できないものを見るような、怯えた色をしていた。私は被告席の彼に向き直り、初めて、この法廷で感情のこもった言葉を口にした。
「追い詰めているのは、私ではありません。あなたご自身の未熟さですわ、殿下」
「なんだと……?」
「あなたは、私の何を見てこられましたか?」
 私は静かに問いかける。王太子妃として、完璧な淑女であろうと努めてきた日々。国の未来を案じ、彼を支えようと尽くしてきた時間。だが、彼はそのすべてから目を逸らし続けた。
「私はずっと君に怯えていた」
 アルベルト殿下は、まるで告解するように、独り言のようにつぶやき始めた。
「君はいつも完璧だった。礼儀作法も、政治の知識も、剣の腕でさえ、私より上だった。君の隣にいると、自分がどれだけ無価値な存在か、思い知らされるようだった。……完璧な君が、怖かったんだ」
 法廷内が静まり返る。王国の次期国王たる人物の、あまりにも情けない告白。彼は、完璧な私を愛することができず、自分の弱さを肯定してくれるミレーユの“癒し”に逃げ込んだのだ。
 彼の言葉を聞きながら、私の心は不思議と穏やかだった。怒りも、悲しみもなかった。ただ、目の前にいる男が、あまりにも哀れに思えた。
「あなたは、ご自分の未熟さや劣等感を、すべて私のせいにしてきました。私が“冷たい女”だからだと、私が“悪役令嬢”だからだと。そう思い込むことで、ご自身の弱さから目を背けてきただけです」
 私の冷静な指摘に、アルベルト殿下はぐうの音も出ないようだった。
「私がエルヴェール領で何をしてきたか、ご存知ですか? あなたが恐れた私の“完璧さ”で、飢えた民を救い、荒れた地を蘇らせてきました。私の力は、誰かを傷つけるためではなく、民を守るためにあるのです。あなたには、それが最後までお分かりにならなかった」
 かつて夫婦だった時間。それは、愛のない、偽りの時間だったのかもしれない。だが、無駄ではなかった。あの屈辱と絶望があったからこそ、私は本当に守るべきものを見つけ、本当の自分として生きる道を見つけることができたのだから。
「もはや、あなたに申し上げることは何もありません。ただ、一つだけ。あなた方が捨てた女は、あなた方が思うより、ずっと強く、ずっと幸せに生きていきます。それだけは、お忘れなく」
 私はアルベルト殿下に背を向けた。それは、過去との完全なる決別を意味していた。
 彼の弱さが、私を自由にしてくれた。彼の過ちが、私に新たな舞台を与えてくれた。皮肉なものだ。だが、感謝など欠片もなかった。ただ、真実が明らかになり、すべてが然るべき場所へと収まっていくことに、静かな満足感を覚えていた。
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