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第4章:離婚の真実と男の宣言
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カイルは数日間、私の農園の周りをうろついていた。彼はまだ自分が皇太子であると名乗らず、「ルカ」という偽名を使い、旅の商人として振る舞っていた。時折、農作業を手伝おうとしては、土いじりに慣れないせいでぎこちない動きをし、私が内心でため息をつく、という奇妙な時間が流れた。
私は彼がなぜここにいるのか、本当の目的は何なのか、あえて問いたださなかった。今の平穏な生活を乱されたくなかったからだ。
しかし、そんな日々は長くは続かない。
ある晩、作業を終えて小屋に戻ろうとした私を、カイルが呼び止めた。その表情はいつになく真剣で、彼の蒼い瞳がまっすぐに私を捉えていた。
「レイナ。……話がある」
「ルカさん。私はレイナですが、あなたの知っているレイナではないかもしれませんよ」
あくまで、しらを切る私に、カイルは苦しげに顔を歪めた。
「もうやめてくれ。……すまなかった」
彼は深々と頭を下げた。エルミート王国の次期国王が、追放した元妃に。ありえない光景だった。
「離婚は、私の本意ではなかった」
カイルは絞り出すように語り始めた。宰相をはじめとする彼の側近たちが、私の実家であるヴァインベルク公爵家の力を削ぐために、私を悪役令嬢に仕立て上げる陰謀を企てていたこと。カイルはそれに抵抗したが、彼の力がまだ及ばず、このままでは私が罪人として処刑されかねない状況だったこと。
「君を追放することは、君を処刑台から守るための、唯一の手段だったんだ。私がもっと強ければ……君を傷つけずに済んだのに」
彼の声は、後悔に震えていた。
なるほど。だからあんなに氷のような態度を。「政治的理由」というのは、嘘ではなかったわけだ。少しだけ、胸のつかえが取れたような気がした。でも、それだけだった。
「……そうだったのですね。事情は分かりました」
「レイナ、だから……」
「でも、だからといって、何かが変わるわけではありません」
私は彼の言葉を遮り、静かに、しかしはっきりと告げた。
「カイル様。私はもう、皇太子妃のレイナではありません。あの頃の私は、もういないのです。今の私は、この土地で生きるただの農婦、レイナです」
私の瞳には、もう彼への未練も、怒りもなかった。ただ、事実があるだけ。
「私は、ここでの生活が気に入っています。土を耕し、作物を育て、フェンリルと共に過ごす。これ以上の幸せはありません。ですから、もう皇太子妃に戻る気はないのです」
私の言葉は、カイルにとって何よりも残酷な真実だったのだろう。彼は目を見開き、絶望の色を浮かべていた。彼が私を守るために払った犠牲が、結果として私に新しい幸せを与え、彼を必要としない世界を作り上げてしまったのだから。
「……そうか」
カイルは力なく呟き、俯いた。これで、彼も諦めて王都に帰るだろう。そう思った。
だが、彼は再び顔を上げた。その瞳には、絶望ではなく、燃えるような決意の炎が宿っていた。
「分かった。皇太子として君を迎えに来たのは間違いだった」
「……え?」
「レイナ。君が皇太子妃に戻る気がないというのなら、私も皇太子の仮面を捨てる。それなら、私は――カイルという一人の男として、君のそばに関わる」
彼はそう宣言した。
「君がこの土地を愛するように、私もこの土地で君との関係を耕してみせる。君が私を必要としてくれるまで、私はここにいる」
何を言っているの、この人は。
私は呆れて言葉も出なかった。しかし、彼の瞳は本気だった。
こうして、私の辺境スローライフに、元夫であり、現皇太子であり、そして「一人の男」を自称する面倒な男が、本格的に滞在し始めることになったのだった。フェンリルは、そんなカイルを心底邪魔そうに睨みつけていた。
私は彼がなぜここにいるのか、本当の目的は何なのか、あえて問いたださなかった。今の平穏な生活を乱されたくなかったからだ。
しかし、そんな日々は長くは続かない。
ある晩、作業を終えて小屋に戻ろうとした私を、カイルが呼び止めた。その表情はいつになく真剣で、彼の蒼い瞳がまっすぐに私を捉えていた。
「レイナ。……話がある」
「ルカさん。私はレイナですが、あなたの知っているレイナではないかもしれませんよ」
あくまで、しらを切る私に、カイルは苦しげに顔を歪めた。
「もうやめてくれ。……すまなかった」
彼は深々と頭を下げた。エルミート王国の次期国王が、追放した元妃に。ありえない光景だった。
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カイルは絞り出すように語り始めた。宰相をはじめとする彼の側近たちが、私の実家であるヴァインベルク公爵家の力を削ぐために、私を悪役令嬢に仕立て上げる陰謀を企てていたこと。カイルはそれに抵抗したが、彼の力がまだ及ばず、このままでは私が罪人として処刑されかねない状況だったこと。
「君を追放することは、君を処刑台から守るための、唯一の手段だったんだ。私がもっと強ければ……君を傷つけずに済んだのに」
彼の声は、後悔に震えていた。
なるほど。だからあんなに氷のような態度を。「政治的理由」というのは、嘘ではなかったわけだ。少しだけ、胸のつかえが取れたような気がした。でも、それだけだった。
「……そうだったのですね。事情は分かりました」
「レイナ、だから……」
「でも、だからといって、何かが変わるわけではありません」
私は彼の言葉を遮り、静かに、しかしはっきりと告げた。
「カイル様。私はもう、皇太子妃のレイナではありません。あの頃の私は、もういないのです。今の私は、この土地で生きるただの農婦、レイナです」
私の瞳には、もう彼への未練も、怒りもなかった。ただ、事実があるだけ。
「私は、ここでの生活が気に入っています。土を耕し、作物を育て、フェンリルと共に過ごす。これ以上の幸せはありません。ですから、もう皇太子妃に戻る気はないのです」
私の言葉は、カイルにとって何よりも残酷な真実だったのだろう。彼は目を見開き、絶望の色を浮かべていた。彼が私を守るために払った犠牲が、結果として私に新しい幸せを与え、彼を必要としない世界を作り上げてしまったのだから。
「……そうか」
カイルは力なく呟き、俯いた。これで、彼も諦めて王都に帰るだろう。そう思った。
だが、彼は再び顔を上げた。その瞳には、絶望ではなく、燃えるような決意の炎が宿っていた。
「分かった。皇太子として君を迎えに来たのは間違いだった」
「……え?」
「レイナ。君が皇太子妃に戻る気がないというのなら、私も皇太子の仮面を捨てる。それなら、私は――カイルという一人の男として、君のそばに関わる」
彼はそう宣言した。
「君がこの土地を愛するように、私もこの土地で君との関係を耕してみせる。君が私を必要としてくれるまで、私はここにいる」
何を言っているの、この人は。
私は呆れて言葉も出なかった。しかし、彼の瞳は本気だった。
こうして、私の辺境スローライフに、元夫であり、現皇太子であり、そして「一人の男」を自称する面倒な男が、本格的に滞在し始めることになったのだった。フェンリルは、そんなカイルを心底邪魔そうに睨みつけていた。
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