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第2話「絶望の土地と希望の出会い」
王都から馬車に揺られて十日。ようやくたどり着いたヴァインベルク領の光景に、私は思わず息を呑んだ。
「これは……想像以上ですね」
付き人の初老の執事、セバスが心配そうに私の顔をうかがう。
目の前に広がるのは、ひび割れた大地。まばらに生える雑草は枯れ色で、畑だったであろう場所には見るからに弱々しい作物が力なくうなだれている。時折吹く風は乾いていて、土埃を巻き上げるだけ。領民たちの家は古びて傾きかけ、道行く人々の顔には生気がなく瞳には諦めの色が浮かんでいた。
ゲームの知識では知っていた。ここは痩せた土地だと。でも、ここまでとは。
しかし、だ。前世で酸性土壌や砂漠の緑化研究に携わってきた私からすれば、この土地は別のものに見えていた。
(……土壌の色、地形、日照時間。うん、やりようはいくらでもある。これは絶望の土地じゃない。可能性の塊、再生可能な宝の山だ!)
私の心に、研究者としての闘志がメラメラと燃え上がる。
まずは領主の館へ。幸い、父が最低限の資金と数人の使用人をつけてくれたので当面の生活には困らない。館に入り、早速セバスに指示を出す。
「セバス、まずは領内の土壌サンプルを数カ所から採取してきてください。それと、この土地の過去十年間の天候と収穫量の記録を」
「かしこまりました。しかしお嬢様、一体何を……」
「見ていれば分かりますわ。ここを、王国一の穀倉地帯にしてあげます」
私が不敵な笑みを浮かべると、セバスは目を丸くしていた。
***
その日の午後。私は早速、館の裏手にある荒れた庭を視察していた。ここを実験農園にするのだ。土を手に取り匂いを嗅ぎ、指で感触を確かめる。
(うん、砂質土壌で保水力がない。有機物も極端に不足している。これじゃ作物が育つわけない。まずは土壌改良からだな)
そんなことを考えていると、不意に背後から低い声がした。
「……あんたが、新しい領主様か」
振り返ると、そこに一人の男が立っていた。歳は二十代半ばだろうか。日に焼けた肌に無精髭。黒髪は伸び放題で、着ている服は所々が擦り切れている。体格は良く、鍛え上げられたという言葉がしっくりくる。だが彼の雰囲気を何より決定づけているのは、その鋭い灰色の瞳だった。まるで獲物を狙う獣のような。
そして私は、彼の左袖が風に虚しく揺れていることに気づいた。彼は左腕の肘から先がなかったのだ。
「何か用かしら?」
私が公爵令嬢としての口調を崩さずに問うと、男は無遠慮な視線で私を頭のてっぺんからつま先まで眺めた。
「仕事を探している。日雇いでもなんでもいい。食い詰めてるんでな」
「あなた、名前は?」
「……カイだ」
カイ、と名乗った男。彼の佇まいには、ただの流れ者ではない何かがあった。特にその右手の甲にある硬いタコは、剣を握り続けた者のそれだ。
私は直感した。この男は使える、と。私の農業計画には力仕事も、時には危険な仕事も必要になる。用心棒としても農作業の助手としても、彼はうってつけの人材に思えた。
「よろしいでしょう。あなたを雇います。私の用心棒兼、農作業の助手として」
カイは少し驚いたように眉を寄せた。
「俺は片腕だ。おまけに、素性も知れない流れ者だぞ。俺みたいなのを雇って、後悔しないか」
「それは、あなたの働き次第ね。私を満足させられるかしら?」
私は挑発的に笑いかけた。カイは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、やがてふっと口元を緩めた。それは笑みと呼ぶにはあまりに無骨だったが、彼の纏う険しい空気が少しだけ和らいだように見えた。
「……面白い女だ。いいだろう、その仕事、受けた」
こうして、元悪役令嬢の私と、片腕の元騎士と思われるカイとの奇妙な共同生活が始まった。絶望の土地で、私と彼の、そしてこの土地の未来を懸けた挑戦が今、幕を開けた。
「これは……想像以上ですね」
付き人の初老の執事、セバスが心配そうに私の顔をうかがう。
目の前に広がるのは、ひび割れた大地。まばらに生える雑草は枯れ色で、畑だったであろう場所には見るからに弱々しい作物が力なくうなだれている。時折吹く風は乾いていて、土埃を巻き上げるだけ。領民たちの家は古びて傾きかけ、道行く人々の顔には生気がなく瞳には諦めの色が浮かんでいた。
ゲームの知識では知っていた。ここは痩せた土地だと。でも、ここまでとは。
しかし、だ。前世で酸性土壌や砂漠の緑化研究に携わってきた私からすれば、この土地は別のものに見えていた。
(……土壌の色、地形、日照時間。うん、やりようはいくらでもある。これは絶望の土地じゃない。可能性の塊、再生可能な宝の山だ!)
私の心に、研究者としての闘志がメラメラと燃え上がる。
まずは領主の館へ。幸い、父が最低限の資金と数人の使用人をつけてくれたので当面の生活には困らない。館に入り、早速セバスに指示を出す。
「セバス、まずは領内の土壌サンプルを数カ所から採取してきてください。それと、この土地の過去十年間の天候と収穫量の記録を」
「かしこまりました。しかしお嬢様、一体何を……」
「見ていれば分かりますわ。ここを、王国一の穀倉地帯にしてあげます」
私が不敵な笑みを浮かべると、セバスは目を丸くしていた。
***
その日の午後。私は早速、館の裏手にある荒れた庭を視察していた。ここを実験農園にするのだ。土を手に取り匂いを嗅ぎ、指で感触を確かめる。
(うん、砂質土壌で保水力がない。有機物も極端に不足している。これじゃ作物が育つわけない。まずは土壌改良からだな)
そんなことを考えていると、不意に背後から低い声がした。
「……あんたが、新しい領主様か」
振り返ると、そこに一人の男が立っていた。歳は二十代半ばだろうか。日に焼けた肌に無精髭。黒髪は伸び放題で、着ている服は所々が擦り切れている。体格は良く、鍛え上げられたという言葉がしっくりくる。だが彼の雰囲気を何より決定づけているのは、その鋭い灰色の瞳だった。まるで獲物を狙う獣のような。
そして私は、彼の左袖が風に虚しく揺れていることに気づいた。彼は左腕の肘から先がなかったのだ。
「何か用かしら?」
私が公爵令嬢としての口調を崩さずに問うと、男は無遠慮な視線で私を頭のてっぺんからつま先まで眺めた。
「仕事を探している。日雇いでもなんでもいい。食い詰めてるんでな」
「あなた、名前は?」
「……カイだ」
カイ、と名乗った男。彼の佇まいには、ただの流れ者ではない何かがあった。特にその右手の甲にある硬いタコは、剣を握り続けた者のそれだ。
私は直感した。この男は使える、と。私の農業計画には力仕事も、時には危険な仕事も必要になる。用心棒としても農作業の助手としても、彼はうってつけの人材に思えた。
「よろしいでしょう。あなたを雇います。私の用心棒兼、農作業の助手として」
カイは少し驚いたように眉を寄せた。
「俺は片腕だ。おまけに、素性も知れない流れ者だぞ。俺みたいなのを雇って、後悔しないか」
「それは、あなたの働き次第ね。私を満足させられるかしら?」
私は挑発的に笑いかけた。カイは一瞬呆気にとられたような顔をしたが、やがてふっと口元を緩めた。それは笑みと呼ぶにはあまりに無骨だったが、彼の纏う険しい空気が少しだけ和らいだように見えた。
「……面白い女だ。いいだろう、その仕事、受けた」
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