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第4話「辺境の小さな奇跡と招かれざる客」
季節は巡り、ヴァインベルク領に奇跡が訪れた。
私とカイ、そして私たちのやり方を信じてついてきてくれた領民たちが手がけた畑は、見渡す限りの黄金色に輝いていた。風に揺れる小麦の穂は重く垂れ、畑の隅々では瑞々しい野菜たちが太陽の光を浴びて大きく育っている。
収穫の日、領民たちの顔には満面の笑みが咲き誇っていた。子供たちの歓声が、活気を取り戻した村に響き渡る。
「領主様!見てください!こんなに大きなカボチャ、初めて見ただ!」
「エリアーナ様のおかげだ!これで冬も腹いっぱい食える!」
人々は私を「領主様」ではなく、親しみを込めて「エリアーナ様」と呼ぶようになっていた。その響きが、くすぐったくて、でも何よりも嬉しかった。
収穫された作物は、領内の市場に並んだ。かつては閑散としていた市場は、新鮮な野菜や小麦粉を求める人々でごった返し、笑顔と活気に満ち溢れている。私たちは余剰作物を保存食に加工する技術も導入した。干し野菜、ピクルス、ジャム。これらは冬の間の貴重な食料になるだけでなく、他領へ売り出すための特産品にもなった。
ヴァインベルク領は、死んだ土地から豊かな実りの土地へと生まれ変わりつつあった。
しかし、そんな喜ばしい噂は風に乗って王都にまで届いてしまったらしい。
ある日、領主の館に王都から来たという肥え太った徴税官が、数人の役人を引き連れて乗り込んできた。
「エリアーナ・フォン・ヴァインベルク殿。貴殿の領地が、にわかに活気づいているとの噂を耳にした。喜ばしいことだ。ついては国の発展のため、追加で税を納めていただきたい」
徴税官は、ふんぞり返って法外な額が書かれた命令書を突きつけてきた。明らかに私を快く思わない王都の貴族――おそらく、私の実家と対立する派閥の誰かの差し金だろう。豊作に浮かれる私たちから、その果実を根こそぎ奪おうという魂胆だ。
領民たちに不安の色が広がる。しかし、私は冷静だった。
「まあ、ご苦労さまです。ですが、その要求はお受けいたしかねますわ」
「な、なんだと!これは王家からの命令であるぞ!」
「ええ、存じています。ですが我がヴァインベルク領は、法律で定められた税を既に納めております。この追加徴税には法的根拠がありません。第一、この要求額は今年の我が領の総生産量の八割にも相当します。これを払えば、私たちの冬の蓄えが全てなくなってしまいますわ」
私は、この日のために完璧にまとめておいた収穫データと、王国の税法に関する分厚い書類の束をテーブルに叩きつけた。
「もし、この不当な要求を強行なさるのなら、私は父であるヴァインベルク公爵を通じて正式に国王陛下へ異議を申し立てます。法を無視した徴税がいかに王家の権威を損なうことか。あなた方もお分かりのはずですわね?」
理路整然と、しかし氷のように冷たい声で言い放つと、徴税官の顔がみるみる青ざめていく。彼は私がただの世間知らずの令嬢だと思っていたのだろう。まさか法律とデータで反撃されるとは夢にも思わなかったに違いない。
それでも彼は、まだ虚勢を張ろうと口を開きかけた。その時。
私の背後に控えていたカイが、すっと一歩前に出た。彼は何も言わない。ただ静かに腰の剣の柄に、ごつい右手を置いただけだ。その無言の圧力は、どんな恫喝よりも雄弁だった。カイの鋭い灰色の瞳が、射るように徴税官を捉える。
徴税官は、ひっと短い悲鳴をあげ椅子から転げ落ちそうになった。彼にはカイの背後に、かつて戦場で敵兵を震え上がらせた「隻腕の鬼神」の幻影が見えたのかもしれない。
「も、申し訳ございませんでした!こちらの勘違いでした!失礼します!」
徴税官たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は隣に立つ頼もしい相棒に微笑みかけた。
「ありがとう、カイ。助かりましたわ」
「……あんたの言葉だけで、十分だったと思うがな」
ぶっきらぼうにそう答えながらも、彼の口元がほんの少しだけ緩んだのを私は見逃さなかった。
こうして私たちは、自分たちの手で掴んだ豊かさを自分たちの力で守り抜いたのだった。ヴァインベルクの小さな奇跡は、まだ始まったばかりだ。
私とカイ、そして私たちのやり方を信じてついてきてくれた領民たちが手がけた畑は、見渡す限りの黄金色に輝いていた。風に揺れる小麦の穂は重く垂れ、畑の隅々では瑞々しい野菜たちが太陽の光を浴びて大きく育っている。
収穫の日、領民たちの顔には満面の笑みが咲き誇っていた。子供たちの歓声が、活気を取り戻した村に響き渡る。
「領主様!見てください!こんなに大きなカボチャ、初めて見ただ!」
「エリアーナ様のおかげだ!これで冬も腹いっぱい食える!」
人々は私を「領主様」ではなく、親しみを込めて「エリアーナ様」と呼ぶようになっていた。その響きが、くすぐったくて、でも何よりも嬉しかった。
収穫された作物は、領内の市場に並んだ。かつては閑散としていた市場は、新鮮な野菜や小麦粉を求める人々でごった返し、笑顔と活気に満ち溢れている。私たちは余剰作物を保存食に加工する技術も導入した。干し野菜、ピクルス、ジャム。これらは冬の間の貴重な食料になるだけでなく、他領へ売り出すための特産品にもなった。
ヴァインベルク領は、死んだ土地から豊かな実りの土地へと生まれ変わりつつあった。
しかし、そんな喜ばしい噂は風に乗って王都にまで届いてしまったらしい。
ある日、領主の館に王都から来たという肥え太った徴税官が、数人の役人を引き連れて乗り込んできた。
「エリアーナ・フォン・ヴァインベルク殿。貴殿の領地が、にわかに活気づいているとの噂を耳にした。喜ばしいことだ。ついては国の発展のため、追加で税を納めていただきたい」
徴税官は、ふんぞり返って法外な額が書かれた命令書を突きつけてきた。明らかに私を快く思わない王都の貴族――おそらく、私の実家と対立する派閥の誰かの差し金だろう。豊作に浮かれる私たちから、その果実を根こそぎ奪おうという魂胆だ。
領民たちに不安の色が広がる。しかし、私は冷静だった。
「まあ、ご苦労さまです。ですが、その要求はお受けいたしかねますわ」
「な、なんだと!これは王家からの命令であるぞ!」
「ええ、存じています。ですが我がヴァインベルク領は、法律で定められた税を既に納めております。この追加徴税には法的根拠がありません。第一、この要求額は今年の我が領の総生産量の八割にも相当します。これを払えば、私たちの冬の蓄えが全てなくなってしまいますわ」
私は、この日のために完璧にまとめておいた収穫データと、王国の税法に関する分厚い書類の束をテーブルに叩きつけた。
「もし、この不当な要求を強行なさるのなら、私は父であるヴァインベルク公爵を通じて正式に国王陛下へ異議を申し立てます。法を無視した徴税がいかに王家の権威を損なうことか。あなた方もお分かりのはずですわね?」
理路整然と、しかし氷のように冷たい声で言い放つと、徴税官の顔がみるみる青ざめていく。彼は私がただの世間知らずの令嬢だと思っていたのだろう。まさか法律とデータで反撃されるとは夢にも思わなかったに違いない。
それでも彼は、まだ虚勢を張ろうと口を開きかけた。その時。
私の背後に控えていたカイが、すっと一歩前に出た。彼は何も言わない。ただ静かに腰の剣の柄に、ごつい右手を置いただけだ。その無言の圧力は、どんな恫喝よりも雄弁だった。カイの鋭い灰色の瞳が、射るように徴税官を捉える。
徴税官は、ひっと短い悲鳴をあげ椅子から転げ落ちそうになった。彼にはカイの背後に、かつて戦場で敵兵を震え上がらせた「隻腕の鬼神」の幻影が見えたのかもしれない。
「も、申し訳ございませんでした!こちらの勘違いでした!失礼します!」
徴税官たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
その後ろ姿を見送りながら、私は隣に立つ頼もしい相棒に微笑みかけた。
「ありがとう、カイ。助かりましたわ」
「……あんたの言葉だけで、十分だったと思うがな」
ぶっきらぼうにそう答えながらも、彼の口元がほんの少しだけ緩んだのを私は見逃さなかった。
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