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第4話「辺境の村のすき焼き前夜」
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伝説の幻獣、魔香牛は、俺たちが「クロ」と名付けると、子犬のようにおとなしく村までついてきてくれた。セレスティーナの『豊穣の祝福』の魔力がよほど心地よいらしい。彼女の行くところどこへでもついて回る姿は、すっかり村の名物になっていた。
クロを育てる牧草も、セレスティーナの力で最高品質のものを用意できた。彼女が祝福した牧草を食べたクロは、日に日に毛ヅヤが良くなり、その体からはますます芳しい香りが漂うようになっていく。鑑定してみると、【肉質:極上(熟成中)】と表示され、俺の期待は高まるばかりだった。
すき焼きに欠かせない、ネギ、春菊、しいたけに似た野菜も、彼女の力で次々と奇跡の作物へと生まれ変わった。焼き豆腐の代わりには、黒緑豆から作った固めの豆腐を。しらたきの代わりには、【魔芋】という芋から作られる半透明の麺を発見した。
そして、ついに全ての材料が揃った。
最高の魔香牛肉。
セレスティーナが育てた、採れたての新鮮な野菜たち。
俺が試行錯誤の末に生み出した、醤油もどきと砂糖もどきを使った秘伝の割り下。
村の鶏が産んだ、濃厚な味わいの卵。
役者は、揃った。
「なあ、セレスティーナ。今夜、すき焼きパーティーをしないか?」
俺の提案に、彼女はこくりと頷いた。その翠の瞳は、期待にキラキラと輝いている。この数ヶ月、俺がどれだけ『すき焼き』という料理について熱く語ってきたか、彼女が一番よく知っている。
その日の夕方、俺の家の前には大きな焚き火と、鉄板の代わりに見つけた平たい大きな石が用意されていた。村長やアンナをはじめ、仲の良い村人たちも何事かと集まってきている。
「カイン、いったい何を始めるんだ?」
村長の問いに、俺はニヤリと笑って答えた。
「村のみんなに、世界一美味い料理をご馳走しようと思ってさ」
まずは熱した石に、クロの脂身をひく。
ジューッという音とともに、食欲をそそる香ばしい匂いが辺り一面に立ち込めた。それだけで、村人たちからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。
次に、薄く切った魔香牛肉を石の上に広げる。美しいサシの入った肉は、熱せられるとあっという間にその色を変えていく。
そこに、砂糖もどきを振りかけ、醤油もどきを回しかける。
ジュワワッ!という音と、甘辛い香りが爆発的に広がる。
「うわっ、なんだこの匂いは!?」
「たまらない……!」
村人たちは、未知の香りに完全に心を奪われていた。
「これが、すき焼きだ」
俺はまず、焼けた肉を一枚、セレスティーナの取り皿に入れてやった。
「火傷するなよ。これを、よく溶いた卵につけて食べるんだ」
セレスティーナは、俺に言われた通り、おそるおそる肉を溶き卵にくぐらせ、小さな口に運んだ。
その瞬間、彼女の時間が、止まった。
翠の瞳が驚愕に見開かれ、頬がほんのりと赤く染まる。やがて、その瞳から、またしても一筋の涙がほろりとこぼれ落ちた。
「……信じられない。お肉が、口の中でとろける……甘くて、しょっぱくて、卵がそれを優しく包み込んで……こんなに、こんなに幸せな味が、この世にあったなんて……」
彼女のその完璧な食レポに、周りの村人たちの我慢は限界に達した。
「お、俺にも食わせてくれ!」
「ずるいぞカイン!」
俺は笑いながら、次々と肉を焼き、野菜を投入していく。
ネギの甘み、春菊もどきのほろ苦さ、魔芋麺のつるりとした食感。それらが全て、肉の旨味と秘伝の割り下を吸い込んで、極上のハーモニーを奏でる。
村人たちは、生まれて初めて食べる『すき焼き』という料理に、完全に心を奪われていた。
誰もが無言で、夢中で箸(木の枝を削ったものだ)を動かしている。
普段は気難しい顔をしている村長でさえ、孫のような顔で鍋をつついていた。
「カイン、あんたは天才だよ!」
アンナが満面の笑みで叫ぶ。
その喧騒の中心で、セレスティーナは、ただ静かに、一枚一枚肉を味わいながら、幸せそうに微笑んでいた。追放されてきた当初の、氷のような表情はどこにもない。彼女の周りには、村人たちの温かい笑顔が溢れていた。
(ああ、俺がやりたかったのは、これなんだ)
ただ美味しいものが作りたかっただけじゃない。
美味しいものを、みんなで笑いながら囲む、この温かい時間を作りたかったんだ。
この日のすき焼きパーティーは、夜遅くまで続いた。
村人たちの胃袋と心をがっちりと掴んだ俺たちの農園は、この日を境に『奇跡の農園』として、その評判を少しずつ広げていくことになる。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
この小さな村の、ささやかな幸せの香りが、遠い王都にまで届き、新たな波乱を呼び寄せることになるということを。
クロを育てる牧草も、セレスティーナの力で最高品質のものを用意できた。彼女が祝福した牧草を食べたクロは、日に日に毛ヅヤが良くなり、その体からはますます芳しい香りが漂うようになっていく。鑑定してみると、【肉質:極上(熟成中)】と表示され、俺の期待は高まるばかりだった。
すき焼きに欠かせない、ネギ、春菊、しいたけに似た野菜も、彼女の力で次々と奇跡の作物へと生まれ変わった。焼き豆腐の代わりには、黒緑豆から作った固めの豆腐を。しらたきの代わりには、【魔芋】という芋から作られる半透明の麺を発見した。
そして、ついに全ての材料が揃った。
最高の魔香牛肉。
セレスティーナが育てた、採れたての新鮮な野菜たち。
俺が試行錯誤の末に生み出した、醤油もどきと砂糖もどきを使った秘伝の割り下。
村の鶏が産んだ、濃厚な味わいの卵。
役者は、揃った。
「なあ、セレスティーナ。今夜、すき焼きパーティーをしないか?」
俺の提案に、彼女はこくりと頷いた。その翠の瞳は、期待にキラキラと輝いている。この数ヶ月、俺がどれだけ『すき焼き』という料理について熱く語ってきたか、彼女が一番よく知っている。
その日の夕方、俺の家の前には大きな焚き火と、鉄板の代わりに見つけた平たい大きな石が用意されていた。村長やアンナをはじめ、仲の良い村人たちも何事かと集まってきている。
「カイン、いったい何を始めるんだ?」
村長の問いに、俺はニヤリと笑って答えた。
「村のみんなに、世界一美味い料理をご馳走しようと思ってさ」
まずは熱した石に、クロの脂身をひく。
ジューッという音とともに、食欲をそそる香ばしい匂いが辺り一面に立ち込めた。それだけで、村人たちからゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。
次に、薄く切った魔香牛肉を石の上に広げる。美しいサシの入った肉は、熱せられるとあっという間にその色を変えていく。
そこに、砂糖もどきを振りかけ、醤油もどきを回しかける。
ジュワワッ!という音と、甘辛い香りが爆発的に広がる。
「うわっ、なんだこの匂いは!?」
「たまらない……!」
村人たちは、未知の香りに完全に心を奪われていた。
「これが、すき焼きだ」
俺はまず、焼けた肉を一枚、セレスティーナの取り皿に入れてやった。
「火傷するなよ。これを、よく溶いた卵につけて食べるんだ」
セレスティーナは、俺に言われた通り、おそるおそる肉を溶き卵にくぐらせ、小さな口に運んだ。
その瞬間、彼女の時間が、止まった。
翠の瞳が驚愕に見開かれ、頬がほんのりと赤く染まる。やがて、その瞳から、またしても一筋の涙がほろりとこぼれ落ちた。
「……信じられない。お肉が、口の中でとろける……甘くて、しょっぱくて、卵がそれを優しく包み込んで……こんなに、こんなに幸せな味が、この世にあったなんて……」
彼女のその完璧な食レポに、周りの村人たちの我慢は限界に達した。
「お、俺にも食わせてくれ!」
「ずるいぞカイン!」
俺は笑いながら、次々と肉を焼き、野菜を投入していく。
ネギの甘み、春菊もどきのほろ苦さ、魔芋麺のつるりとした食感。それらが全て、肉の旨味と秘伝の割り下を吸い込んで、極上のハーモニーを奏でる。
村人たちは、生まれて初めて食べる『すき焼き』という料理に、完全に心を奪われていた。
誰もが無言で、夢中で箸(木の枝を削ったものだ)を動かしている。
普段は気難しい顔をしている村長でさえ、孫のような顔で鍋をつついていた。
「カイン、あんたは天才だよ!」
アンナが満面の笑みで叫ぶ。
その喧騒の中心で、セレスティーナは、ただ静かに、一枚一枚肉を味わいながら、幸せそうに微笑んでいた。追放されてきた当初の、氷のような表情はどこにもない。彼女の周りには、村人たちの温かい笑顔が溢れていた。
(ああ、俺がやりたかったのは、これなんだ)
ただ美味しいものが作りたかっただけじゃない。
美味しいものを、みんなで笑いながら囲む、この温かい時間を作りたかったんだ。
この日のすき焼きパーティーは、夜遅くまで続いた。
村人たちの胃袋と心をがっちりと掴んだ俺たちの農園は、この日を境に『奇跡の農園』として、その評判を少しずつ広げていくことになる。
だが、俺たちはまだ知らなかった。
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