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第9話「捏造されたスキャンダル」
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討論会の翌日、王都の空気は一変していた。
街のあちこちに、エリスを中傷する怪文書が貼られていたのだ。
『売国奴の娘』『隣国の手先』『魔女の誘惑に騙されるな』。
スラム発の改革党のビラに対抗して、ダグラス側も大量の資金を投入してネガティブキャンペーンを開始したのだ。しかも、彼らのビラは王室御用達の印刷所で作られた高級な紙で、一見すると公式な布告のように見える。
改革党の事務所には、石が投げ込まれたり、脅迫状が届いたりするようになった。
ガルドたち警備班が必死に対応しているが、市民たちの冷ややかな視線までは防げない。
「ひでえもんだな。昨日はあんなにチヤホヤしてた連中が、掌返しやがって」
ガルドが割れた窓ガラスを片付けながら悪態をつく。
アレンは黙って机に向かい、対策を練っていた。ダグラスが出してきた偽造文書の矛盾点を洗い出し、反論の準備を進めている。だが、論理的な反証が完成するまでには時間がかかる。その間に、エリスの心が壊れてしまわないか、それが心配だった。
エリスは奥の部屋に閉じこもっていた。
食事も喉を通らないようで、げっそりと痩せてしまっている。
アレンはノックをして部屋に入った。
薄暗い部屋の中で、エリスは膝を抱えて座っていた。
「……アレン様。ごめんなさい」
彼女の声は枯れていた。
「私のせいで、皆に迷惑をかけて……。私が党を抜ければ、アレン様への攻撃も止むかもしれません」
「何を言っている」
アレンは彼女の前にひざまずき、視線の高さを合わせた。
「君がいなければ、改革党は存在しない。君はシンボルだ。そして私のパートナーだ」
「でも、皆が私を疑っています。父様のことまで……」
エリスの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「父様は、本当に国を愛していました。誰よりも優しくて、清廉な方でした。それなのに、あんな汚名を着せられて……。私は、何もできない……」
アレンはそっとハンカチを差し出した。
「君の父上が立派な方だったことは、私が一番よく知っている。行政官時代、彼の提出した改革案を何度も読んだ。あんなに民のことを考えた書類は他になかったよ」
エリスが顔を上げる。
「ダグラスは焦っているんだ。君という存在が、自分たちの不正を照らし出す鏡だからこそ、必死に泥を塗って隠そうとしている。だが、泥はいずれ雨で流れる。あるいは、自分たちで拭い去ればいい」
「私に……できるでしょうか」
「できる。君はスラムで弟を守り抜いた。あの強さがあれば」
その時、表が騒がしくなった。
アレンが窓から覗くと、改革党の事務所の前に、怒れる市民たちが集まっていた。先導しているのはダグラス派のサクラだが、それに煽られた一般市民も多い。
「売国奴を出せ!」
「説明しろ!」
ガルドたちが必死にバリケードを作っているが、突破されるのも時間の問題だ。
アレンは覚悟を決めた。
「逃げるか?それとも、戦うか?」
アレンの問いかけに、エリスは涙を拭い、立ち上がった。
その瞳に、再び光が戻る。
「戦います。逃げたら、父様の汚名は永遠に晴らせません」
「よし。行こう」
2人は事務所の玄関を開け、群衆の前に姿を現した。
怒号が一瞬止まる。
アレンは拡声器を使わなかった。今は、生の声を届けるべきだと判断したからだ。
「皆さん!どうか聞いてください!」
エリスが叫んだ。その声は震えていたが、必死さが伝わってくる。
「私は売国奴ではありません!父もそうです!私たちは、この国で生まれ、この国で育ちました。この国を愛しています!」
石が飛んできた。
アレンが素手でそれを叩き落とす。
「証拠を見せろ!」
「口だけなら何とでも言えるぞ!」
罵声が飛ぶ。しかし、エリスは引かなかった。彼女は1歩前に踏み出した。
「証拠ならあります。それは……私の記憶です!私の人生そのものです!」
彼女は胸に手を当てた。
「私は全てを失いました。家も、家族も、名誉も。スラムで泥水をすすり、今日を生きるのに必死でした。もし私がスパイなら、なぜそんな生活をしていたのですか?なぜ隣国に逃げなかったのですか?」
群衆の中に、迷いの色が広がる。確かに、スパイにしては彼女の生活は悲惨すぎた。スラムでの彼女の働きぶりを見ていた者たちも多い。
「私は知っています。貧しさがどれほど辛いか。病気の家族を医者に見せられない悔しさがどれほど深いか。だから私は立ち上がったのです!もう誰にも、あんな思いをしてほしくないから!」
エリスの叫びは、悲痛でありながら、力強い響きを持っていた。それは作られた演説ではなく、魂からの叫びだった。
「私の言葉が嘘だと思うなら、私をここで処刑しても構いません。でも、どうか……どうか真実から目を逸らさないでください!ダグラス宰相が何をしてきたか、皆さんはもう気付いているはずです!」
静寂が訪れた。
誰も石を投げようとはしなかった。
最前列にいた、子供を連れた女性が小さくつぶやいた。
「……あのお嬢ちゃん、スラムで私の子供にパンを分けてくれたわ」
「俺も見たぞ。病人の世話をしてたのを」
小さな証言が、波紋のように広がっていく。
ダグラス派のサクラが「騙されるな!」と叫んだが、今度は市民たちが彼らを睨みつけた。
アレンは心の中でガッツポーズをした。
逆転だ。
捏造された書類よりも、人々が直接見てきた「エリスの行動」という真実が勝ったのだ。
だが、これで終わりではない。
ダグラスは最後の手札を切ってくるはずだ。
そして、明後日に迫った投票日。そこで全てが決着する。
街のあちこちに、エリスを中傷する怪文書が貼られていたのだ。
『売国奴の娘』『隣国の手先』『魔女の誘惑に騙されるな』。
スラム発の改革党のビラに対抗して、ダグラス側も大量の資金を投入してネガティブキャンペーンを開始したのだ。しかも、彼らのビラは王室御用達の印刷所で作られた高級な紙で、一見すると公式な布告のように見える。
改革党の事務所には、石が投げ込まれたり、脅迫状が届いたりするようになった。
ガルドたち警備班が必死に対応しているが、市民たちの冷ややかな視線までは防げない。
「ひでえもんだな。昨日はあんなにチヤホヤしてた連中が、掌返しやがって」
ガルドが割れた窓ガラスを片付けながら悪態をつく。
アレンは黙って机に向かい、対策を練っていた。ダグラスが出してきた偽造文書の矛盾点を洗い出し、反論の準備を進めている。だが、論理的な反証が完成するまでには時間がかかる。その間に、エリスの心が壊れてしまわないか、それが心配だった。
エリスは奥の部屋に閉じこもっていた。
食事も喉を通らないようで、げっそりと痩せてしまっている。
アレンはノックをして部屋に入った。
薄暗い部屋の中で、エリスは膝を抱えて座っていた。
「……アレン様。ごめんなさい」
彼女の声は枯れていた。
「私のせいで、皆に迷惑をかけて……。私が党を抜ければ、アレン様への攻撃も止むかもしれません」
「何を言っている」
アレンは彼女の前にひざまずき、視線の高さを合わせた。
「君がいなければ、改革党は存在しない。君はシンボルだ。そして私のパートナーだ」
「でも、皆が私を疑っています。父様のことまで……」
エリスの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「父様は、本当に国を愛していました。誰よりも優しくて、清廉な方でした。それなのに、あんな汚名を着せられて……。私は、何もできない……」
アレンはそっとハンカチを差し出した。
「君の父上が立派な方だったことは、私が一番よく知っている。行政官時代、彼の提出した改革案を何度も読んだ。あんなに民のことを考えた書類は他になかったよ」
エリスが顔を上げる。
「ダグラスは焦っているんだ。君という存在が、自分たちの不正を照らし出す鏡だからこそ、必死に泥を塗って隠そうとしている。だが、泥はいずれ雨で流れる。あるいは、自分たちで拭い去ればいい」
「私に……できるでしょうか」
「できる。君はスラムで弟を守り抜いた。あの強さがあれば」
その時、表が騒がしくなった。
アレンが窓から覗くと、改革党の事務所の前に、怒れる市民たちが集まっていた。先導しているのはダグラス派のサクラだが、それに煽られた一般市民も多い。
「売国奴を出せ!」
「説明しろ!」
ガルドたちが必死にバリケードを作っているが、突破されるのも時間の問題だ。
アレンは覚悟を決めた。
「逃げるか?それとも、戦うか?」
アレンの問いかけに、エリスは涙を拭い、立ち上がった。
その瞳に、再び光が戻る。
「戦います。逃げたら、父様の汚名は永遠に晴らせません」
「よし。行こう」
2人は事務所の玄関を開け、群衆の前に姿を現した。
怒号が一瞬止まる。
アレンは拡声器を使わなかった。今は、生の声を届けるべきだと判断したからだ。
「皆さん!どうか聞いてください!」
エリスが叫んだ。その声は震えていたが、必死さが伝わってくる。
「私は売国奴ではありません!父もそうです!私たちは、この国で生まれ、この国で育ちました。この国を愛しています!」
石が飛んできた。
アレンが素手でそれを叩き落とす。
「証拠を見せろ!」
「口だけなら何とでも言えるぞ!」
罵声が飛ぶ。しかし、エリスは引かなかった。彼女は1歩前に踏み出した。
「証拠ならあります。それは……私の記憶です!私の人生そのものです!」
彼女は胸に手を当てた。
「私は全てを失いました。家も、家族も、名誉も。スラムで泥水をすすり、今日を生きるのに必死でした。もし私がスパイなら、なぜそんな生活をしていたのですか?なぜ隣国に逃げなかったのですか?」
群衆の中に、迷いの色が広がる。確かに、スパイにしては彼女の生活は悲惨すぎた。スラムでの彼女の働きぶりを見ていた者たちも多い。
「私は知っています。貧しさがどれほど辛いか。病気の家族を医者に見せられない悔しさがどれほど深いか。だから私は立ち上がったのです!もう誰にも、あんな思いをしてほしくないから!」
エリスの叫びは、悲痛でありながら、力強い響きを持っていた。それは作られた演説ではなく、魂からの叫びだった。
「私の言葉が嘘だと思うなら、私をここで処刑しても構いません。でも、どうか……どうか真実から目を逸らさないでください!ダグラス宰相が何をしてきたか、皆さんはもう気付いているはずです!」
静寂が訪れた。
誰も石を投げようとはしなかった。
最前列にいた、子供を連れた女性が小さくつぶやいた。
「……あのお嬢ちゃん、スラムで私の子供にパンを分けてくれたわ」
「俺も見たぞ。病人の世話をしてたのを」
小さな証言が、波紋のように広がっていく。
ダグラス派のサクラが「騙されるな!」と叫んだが、今度は市民たちが彼らを睨みつけた。
アレンは心の中でガッツポーズをした。
逆転だ。
捏造された書類よりも、人々が直接見てきた「エリスの行動」という真実が勝ったのだ。
だが、これで終わりではない。
ダグラスは最後の手札を切ってくるはずだ。
そして、明後日に迫った投票日。そこで全てが決着する。
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