偽りの断罪で追放された悪役令嬢ですが、実は「豊穣の聖女」でした。辺境を開拓していたら、氷の辺境伯様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人

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10 二人だけの夜会

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 辺境の地に、収穫の季節がやってきた。セレスティナの温室のおかげで、今年は誰もが腹を空かせることなく、豊かな実りの秋を迎えることができた。領民たちは、その感謝を示すために、ささやかな収穫祭を計画し、その主役としてセレスティナとリアムを招待した。

 祭りの日、広場にはたくさんのテーブルが並び、領民たちが持ち寄った料理や、温室で採れた野菜を使ったごちそうが所狭しと並べられた。焚き火がパチパチと音を立て、どこからか持ち出された楽器が、素朴だが陽気なメロディーを奏でる。

「聖女様、辺境伯様、こちらへ!」

 領民たちは、二人を笑顔で迎え、一番良い席へと案内した。人々が向ける視線は、温かく、敬愛に満ちている。かつて「お飾り」と「厄介者」として出会った二人が、今ではこの地の希望の象徴として、並んで座っている。

 セレスティナは、領民たちの楽しそうな笑顔に囲まれ、心の底から満たされているのを感じた。王都の豪華絢爛なパーティーよりも、ずっと温かく、幸せな時間だった。

 ふと隣を見ると、リアムもまた、いつもより少しだけ表情を和らげ、領地の賑わいを眺めていた。領主として、彼もまたこの光景を嬉しく思っているのだろう。

 祭りは夜更けまで続き、人々は歌い、踊り、笑い合った。その輪の中心には、いつもセレスティナがいた。彼女の周りには、自然と人の笑顔が集まるのだ。リアムは、そんな彼女の姿を、少し離れた場所から静かに、しかし熱のこもった瞳で見つめていた。

 祭りが終わり、人々が家路についた後。セレスティナとリアムは、静まり返った城へと戻った。

「とても、楽しい夜でした」

 セレスティナが名残惜しそうに言うと、リアムは不意に立ち止まった。そして、セレスティナに向き直り、すっと右手を差し出した。それは、ダンスに誘うときのエスコートの手つきだった。

「え……?」
「踊ってくれるか」

 セレスティナが戸惑っていると、リアムは少しだけ照れたように視線を逸らした。

「祭りでは、お前は領民たちのものだったからな。……今度は、俺と」

 彼の言葉に、セレスティナの胸がきゅん、と鳴った。それは、不器用な彼の、精一杯の独占欲の表れだった。

「はい、喜んで」

 セレスティナは、微笑んで彼の手を取った。
 リアムは彼女の手を引き、誰もいないだだっ広いホールの中心へと導いた。そこには音楽もなければ、きらびやかな照明もない。窓から差し込む、静かな月明かりが、二人を照らすだけだった。

 リアムはセレスティナの腰に手を回し、ゆっくりとステップを踏み始める。セレスティナも、彼のリードに合わせて、体を預けた。
 言葉はない。聞こえるのは、互いの吐息と、衣擦れの音、そして、月明かりの下で二人が踏む、静かな足音だけ。

 しかし、言葉以上に、多くのものが二人の間を行き交っていた。触れ合う手から伝わる温もり、見つめ合う瞳に宿る熱。互いの距離が、急速に、そして抗いがたく縮まっていくのを、二人とも感じていた。

 この凍てついた辺境の地で、二人きりで踊る、静かな夜会。それは、どんな豪華な舞踏会よりも、ロマンチックで、甘美な時間だった。
 セレスティナは、リアムの腕の中で、このまま時が止まってしまえばいいのに、と心から願った。
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