4 / 16
第3話「辺境の街ベルグ」
しおりを挟む
ルルという押しかけ相棒を連れて、さらに北へ5日。
ようやく森を抜け、視界が開けた。
目の前に広がるのは、荒涼とした大地と、その先にそびえる険しい山々。
そして、その山裾にしがみつくようにして作られた、石造りの街。
辺境の街、ベルグだ。
「ようやく着いたか」
俺は大きく伸びをした。
隣を歩くルルは、すっかり元気を取り戻し、真っ白な毛並みを風になびかせている。
その大きさは大型犬そのものだが、街の人間にフェンリルだとバレないよう、「ただの大きな犬」として振る舞う約束をしている。
「ここが、お前の新しい縄張りか?」
「ああ。ここで店を開くつもりだ」
「肉の匂いがするな。悪くない」
ルルが鼻をひくつかせた通り、街からは微かに獣の匂いと、スパイスの香りが漂ってくる。
門番に身分証を見せ、中に入る。
王都のような洗練された美しさはない。道は舗装されておらず、建物も実用一点張りだ。
だが、行き交う人々の活気はすさまじい。
巨大な剣を背負った冒険者。
解体されたばかりの魔物の皮を運ぶ荷車。
露店で声を張り上げる商人たち。
ここは魔物という資源で成り立つ街だ。常に危険と隣り合わせだからこそ、人々は今この瞬間を精いっぱい生きている。
「おい、そこのデカい兄ちゃん! いい体してるな!」
突然、声をかけられた。
見ると、露店のおばちゃんが串焼きを片手に手招きしている。
「腹減ってるだろ? これ食ってきな! 街に来たばかりの顔をしてるからさ」
差し出されたのは、何の肉かわからないが、甘辛いタレの匂いがする串焼きだ。
「金ならあるぞ」
「いいってことよ! 初めましての挨拶だ。その代わり、気に入ったらまた買いに来てくれよな!」
おばちゃんは豪快に笑い、俺の手に串を握らせた。
ついでに、足元のルルにも1本投げてよこす。
「……なかなか気の利く人間だ」
ルルは器用に串から肉を外し、瞬食した。
俺も一口かじる。
少し筋っぽいが、タレの味が濃くて酒が欲しくなる味だ。王宮の上品な味とは対極にある、労働者のための味。
「……美味いな」
「だろ? ここは食うことが一番の娯楽だからね!」
おばちゃんの笑顔につられて、俺も自然と口元が緩んだ。
王都では、料理の感想といえば「火が通りすぎている」だの「ソースの艶が足りない」だの、批判ばかりだった。
ここでは、「美味い」か「不味い」か、そして「腹がいっぱいになるか」。
それだけが重要なのだ。
なんて居心地がいいんだろう。
「まずは宿と、店舗物件を探さないとな」
俺は串を食べ終え、街の中心にある冒険者ギルドへと向かった。
不動産の案内もギルドが兼ねているらしい。
ギルドの重い木扉を開けると、喧噪と酒の匂い、そして汗臭さが押し寄せてきた。
昼間だというのに、荒くれ者たちがジョッキを傾けている。
俺が中に入ると、一瞬だけ視線が集まったが、すぐに興味を失ったようにそれぞれ元の話に戻った。
大柄な男など、ここでは珍しくもない。
俺はカウンターへ向かった。
そこには、忙しそうに書類をさばく、栗色の髪をした受付嬢がいた。
「すまん。少し聞きたいんだが」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げ、ぱっと花が咲くような笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ! 冒険者登録ですか? それとも依頼の相談ですか?」
「いや、空き店舗を探している。食堂をやりたくてな」
「食堂、ですか?」
受付嬢――胸元のプレートには「セリア」とある――は、きょとんとして俺を見た。
そして、少し困ったように眉尻を下げた。
「あの……お客様、この街で飲食店をやるのは、あまりお勧めしませんよ」
「なぜだ?」
「この街、美味しいお店が極端に少ないんです。というのも、食材になる魔物の肉が硬くて臭いものが多くて……。まともに調理できる料理人さんは、みんな王都に行っちゃうんですよね。残っているのは、先ほどの露店のような『焼いただけ』のお店ばかりで」
なるほど。
素材の処理が難しいために、食文化が発達していないのか。
それはつまり、俺にとってはチャンスということだ。
「構わない。俺は解体も調理も専門だ。どんな肉でも美味くする自信がある」
俺が言い切ると、セリアは目を丸くした。
「解体も、ですか? ……わかりました。それなら、1軒だけ心当たりがあります。立地は悪いんですが、元々はお肉屋さんが使っていた建物で、設備はしっかりしている物件が」
「そこを見せてくれ」
セリアはカウンターの下から鍵束を取り出し、弾むような声で言った。
「ご案内します! あ、私、美味しいご飯には目がないんです。もし本当にお店を開くなら、一番のお客さんにしてくださいね!」
その屈託のない笑顔に、俺はこの街でやっていける予感を感じていた。
足元のルルも、早くその物件とやらへ行こう、腹が減った、と俺のズボンの裾を引っ張っている。
まずは拠点作りだ。
俺の新しい城を、築く時が来た。
ようやく森を抜け、視界が開けた。
目の前に広がるのは、荒涼とした大地と、その先にそびえる険しい山々。
そして、その山裾にしがみつくようにして作られた、石造りの街。
辺境の街、ベルグだ。
「ようやく着いたか」
俺は大きく伸びをした。
隣を歩くルルは、すっかり元気を取り戻し、真っ白な毛並みを風になびかせている。
その大きさは大型犬そのものだが、街の人間にフェンリルだとバレないよう、「ただの大きな犬」として振る舞う約束をしている。
「ここが、お前の新しい縄張りか?」
「ああ。ここで店を開くつもりだ」
「肉の匂いがするな。悪くない」
ルルが鼻をひくつかせた通り、街からは微かに獣の匂いと、スパイスの香りが漂ってくる。
門番に身分証を見せ、中に入る。
王都のような洗練された美しさはない。道は舗装されておらず、建物も実用一点張りだ。
だが、行き交う人々の活気はすさまじい。
巨大な剣を背負った冒険者。
解体されたばかりの魔物の皮を運ぶ荷車。
露店で声を張り上げる商人たち。
ここは魔物という資源で成り立つ街だ。常に危険と隣り合わせだからこそ、人々は今この瞬間を精いっぱい生きている。
「おい、そこのデカい兄ちゃん! いい体してるな!」
突然、声をかけられた。
見ると、露店のおばちゃんが串焼きを片手に手招きしている。
「腹減ってるだろ? これ食ってきな! 街に来たばかりの顔をしてるからさ」
差し出されたのは、何の肉かわからないが、甘辛いタレの匂いがする串焼きだ。
「金ならあるぞ」
「いいってことよ! 初めましての挨拶だ。その代わり、気に入ったらまた買いに来てくれよな!」
おばちゃんは豪快に笑い、俺の手に串を握らせた。
ついでに、足元のルルにも1本投げてよこす。
「……なかなか気の利く人間だ」
ルルは器用に串から肉を外し、瞬食した。
俺も一口かじる。
少し筋っぽいが、タレの味が濃くて酒が欲しくなる味だ。王宮の上品な味とは対極にある、労働者のための味。
「……美味いな」
「だろ? ここは食うことが一番の娯楽だからね!」
おばちゃんの笑顔につられて、俺も自然と口元が緩んだ。
王都では、料理の感想といえば「火が通りすぎている」だの「ソースの艶が足りない」だの、批判ばかりだった。
ここでは、「美味い」か「不味い」か、そして「腹がいっぱいになるか」。
それだけが重要なのだ。
なんて居心地がいいんだろう。
「まずは宿と、店舗物件を探さないとな」
俺は串を食べ終え、街の中心にある冒険者ギルドへと向かった。
不動産の案内もギルドが兼ねているらしい。
ギルドの重い木扉を開けると、喧噪と酒の匂い、そして汗臭さが押し寄せてきた。
昼間だというのに、荒くれ者たちがジョッキを傾けている。
俺が中に入ると、一瞬だけ視線が集まったが、すぐに興味を失ったようにそれぞれ元の話に戻った。
大柄な男など、ここでは珍しくもない。
俺はカウンターへ向かった。
そこには、忙しそうに書類をさばく、栗色の髪をした受付嬢がいた。
「すまん。少し聞きたいんだが」
俺が声をかけると、彼女は顔を上げ、ぱっと花が咲くような笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ! 冒険者登録ですか? それとも依頼の相談ですか?」
「いや、空き店舗を探している。食堂をやりたくてな」
「食堂、ですか?」
受付嬢――胸元のプレートには「セリア」とある――は、きょとんとして俺を見た。
そして、少し困ったように眉尻を下げた。
「あの……お客様、この街で飲食店をやるのは、あまりお勧めしませんよ」
「なぜだ?」
「この街、美味しいお店が極端に少ないんです。というのも、食材になる魔物の肉が硬くて臭いものが多くて……。まともに調理できる料理人さんは、みんな王都に行っちゃうんですよね。残っているのは、先ほどの露店のような『焼いただけ』のお店ばかりで」
なるほど。
素材の処理が難しいために、食文化が発達していないのか。
それはつまり、俺にとってはチャンスということだ。
「構わない。俺は解体も調理も専門だ。どんな肉でも美味くする自信がある」
俺が言い切ると、セリアは目を丸くした。
「解体も、ですか? ……わかりました。それなら、1軒だけ心当たりがあります。立地は悪いんですが、元々はお肉屋さんが使っていた建物で、設備はしっかりしている物件が」
「そこを見せてくれ」
セリアはカウンターの下から鍵束を取り出し、弾むような声で言った。
「ご案内します! あ、私、美味しいご飯には目がないんです。もし本当にお店を開くなら、一番のお客さんにしてくださいね!」
その屈託のない笑顔に、俺はこの街でやっていける予感を感じていた。
足元のルルも、早くその物件とやらへ行こう、腹が減った、と俺のズボンの裾を引っ張っている。
まずは拠点作りだ。
俺の新しい城を、築く時が来た。
20
あなたにおすすめの小説
追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて
だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。
敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。
決して追放に備えていた訳では無いのよ?
「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる
黒崎隼人
ファンタジー
「銀閃」と謳われたエリート魔術師、アルク・レンフィールド。彼は五年前、国家の最重要儀式で犯した一つの失敗により、全てを失った。誇りを砕かれ、「洗い場のシミ落とし」と嘲笑された彼は、王都を追われ辺境の村でひっそりと洗濯屋を営む。
過去の「恥」に心を閉ざし、ひまわり畑を眺めるだけの日々。そんな彼の前に現れたのは、体に呪いの痣を持つ少女ヒマリ。彼女の「恥」に触れた時、アルクの中に眠る失われたはずの力が目覚める。それは、あらゆる汚れ、呪い、穢れさえも洗い流す奇跡の力――「聖濯術」。
これは、一度は全てを失った男が、一枚の洗濯物から人々の心に染みついた悲しみを洗い流し、自らの「恥」をも乗り越えていく、ささやかで温かい再生の物語。ひまわりの咲く丘で、世界で一番優しい洗濯が、今始まる。
【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~
Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。
三男。継承権は遠い。期待もされない。
——最高じゃないか。
「今度こそ、のんびり生きよう」
兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。
静かに暮らすつもりだった。
だが、彼には「構造把握」という能力があった。
物事の問題点が、図解のように見える力。
井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。
作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。
気づけば——領地が勝手に発展していた。
「俺ののんびりライフ、どこ行った……」
これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした
有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される
黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」
無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!?
自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。
窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる