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第7話「噂とは、翼の生えた事実(あるいは虚構)である」
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僕が王都から帰還して数週間、村は驚くほどの速さで変化を遂げていた。
僕の【再翻訳】スキルによって、村の周囲にはいつの間にか高い石造りの壁が出現し、入り口には重厚な鉄の門が備え付けられた。村人たちは、朝起きたら突然城壁ができていたことに腰を抜かしていたが、今ではすっかり見慣れた風景となっている。
「カイリ、これ、本当にあんたが一人でやったの?夜の間に?」
リリアが、城壁を見上げながら、呆れたように言った。
「まあ、定義上は、僕一人だな。正確には、僕のスキルがやったんだけど」
「もう、何でもありだな、あんたのスキル……」
彼女の言う通りかもしれない。僕自身、自分のスキルがどこまで通用するのか、まだ底が見えていない。
王都で仕入れた物資のおかげで、村の生活はさらに豊かになった。
美味しい食事、暖かい服、病気や怪我を治す薬。
忘れられた谷は、もはや楽園と呼んでも差し支えない場所になっていた。
そんなある日、村の門を叩く者が現れた。
見張りの村人が、慌てて僕を呼びに来た。
「カイリ君、大変だ!旅の行商人だ!」
「行商人?」
僕が門の上から顔を出すと、そこにはロバを連れた一人の男が立っていた。様々な商品を背負った、典型的な行商人の姿だ。
「これは見事な壁ですな。失礼ですが、ここは確か、忘れられた谷と呼ばれる寂れた村だったはずですが……?」
行商人は、信じられないものを見るような目で、城壁を見上げている。
『さて、どうするか』
村長さんの話では、この村は外部との交流をほとんどしてこなかったという。
しかし、僕たちが豊かさを維持していくためには、交易は不可欠だ。この行商人を追い返すのは、得策ではない。
僕は村長さんと相談し、彼を村の中に招き入れることにした。
「ようこそ、希望の谷へ」
僕が門を開けると、行商人は目を丸くした。
「希望の谷……?村の名前が変わったのですかな?」
「ええ、まあ。色々とありまして」
僕は曖昧に答え、彼を村の中心へと案内した。
村の中に入った行商人は、さらに驚きを露わにした。
「な、なんだこの村は……!家々は新しく、道は整備されている。畑には、見たこともないほど見事な作物が実っている……!これが、あの忘れられた谷だとは、到底信じられん!」
彼は、まるで夢でも見ているかのように、周囲をきょろきょろと見回している。
僕たちは、行商人を広場に案内し、村で採れた作物を見せた。
黄金色の麦、こぶしのように大きな芋、瑞々しい野菜や果物。
「こ、これは……!王都の市場でも、これほどの品質のものは見たことがない……!」
行商人は、野菜を1つ手に取り、その重さと艶に感嘆の声を漏らした。
「もしよろしければ、これらの作物を、あなたに売りたいのですが」
僕がそう切り出すと、行商人は待ってましたとばかりに、大きく頷いた。
「ぜひ!ぜひ、売っていただきたい!いくらで買い取っていただけますかな?」
「いや、買い取るのではなく、売りたいんです。我々が、あなたに」
「……は?」
行商人は、僕が何を言っているのか分からない、という顔をした。
それもそうだろう。今までは、彼ら行商人が、こういう辺鄙な村にやってきては、安い値段で産物を買い叩き、都会で高く売る、というのが常識だったのだから。
「この作物を、適正な価格であなたに卸します。それを、あなたが街で売る。どうです、悪い話ではないでしょう?」
僕の提案に、行商人はしばらく考え込んでいたが、やがて、商人らしい計算高い笑みを浮かべた。
「……面白い!その話、乗らせていただきましょう!」
こうして、忘れられた谷、改め「希望の谷」と、行商人との間に、初めての正式な交易ルートが確立された。
行商人は、持ってきた塩や布製品を村に卸し、代わりに、山のような作物をロバの背に乗せて、意気揚々と帰っていった。
彼の話によれば、次にこの村を訪れるのは、1ヶ月後だという。
「カイリ君、本当に良かったのかね?あんなにたくさんの作物を、安く売ってしまって」
村長さんが、少し心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。僕たちが提示した価格は、王都の相場からすれば、それでも破格の安さです。でも、この村にとっては、十分すぎる利益になります」
それに、と僕は続けた。
「大事なのは、目先の利益じゃありません。継続的な関係を築くことです。あの行商人は、きっと街に戻って、この村のことを話すでしょう。『辺境に、とんでもなく豊かな村がある』と」
僕の狙いは、そこにあった。
噂。
それは、時としてどんな軍隊よりも強力な武器になる。
***
僕の予想は、的中した。
1ヶ月後、再び村を訪れたのは、あの行商人だけではなかった。
彼の噂を聞きつけた、他の商人や職人、仕事を求める人々。何台もの馬車が列をなして、希望の谷の門の前に現れたのだ。
村は、かつてないほどの活気に包まれた。
僕たちの作る作物は飛ぶように売れ、代わりに、村にはお金と、様々な物資、そして新しい技術がもたらされた。
鍛冶屋が移住してきて、僕が【再翻訳】で作った農具を参考に、さらに質の良い道具を作り始めた。
織物の職人がやってきて、村の女性たちに新しい織り方を教えた。
あっという間に、希望の谷は、一つの町と呼んでもいいほどの規模へと発展していった。
「すごいことになっちゃったね、カイリ」
リリアは、賑わう村の様子を眺めながら、感心したように言った。
「ああ。僕も、ここまで急速に発展するとは思わなかった」
「これも全部、カイリのおかげだよ」
「そうでもないさ。村人みんなが、頑張ったからだ」
僕がそう言うと、リリアは「またまたー」と楽しそうに笑った。
人が増えれば、当然、問題も起きる。
移住者と元からの村人との間で、小さなトラブルが起きることもあった。
そんな時、僕とリリア、そして村長さんが間に入って、話し合いで解決していった。
僕は、村のルール作りにも着手した。
誰もが安心して暮らせるように。
この村が、本当の意味での「希望の谷」であるように。
新しい住民たちは、僕のことを「若き賢者」とか「谷の創始者」とか、何だか大げさな名前で呼ぶようになった。
正直、気恥ずかしいことこの上ない。僕はただ、自分の居場所を、少しでも良くしようとしているだけなのに。
***
そんなある日、村に一人の少女が運び込まれてきた。
銀色の髪、そして、ぴんと立った獣の耳と、ふさふさの尻尾。
――獣人だ。
彼女は、ひどい怪我を負い、高熱を出して意識を失っていた。
村の薬師が言うには、奴隷商人に追われ、森の中を逃げ回っているうちに、崖から落ちたらしい。
「ひどい……。まだ、こんな小さな子なのに……」
リリアは、苦しそうな表情で、ベッドに横たわる少女を見つめている。
少女の体には、無数の傷跡や、焼き印のような痕があった。彼女が、どれほど過酷な状況に置かれていたかを、雄弁に物語っていた。
僕は、黙って少女の手を握った。
ひどく怯えているのが、手の震えから伝わってくる。
『……許せない』
理由もなく、誰かを傷つけ、虐げる存在。
僕は、そういう奴らが、心の底から嫌いだった。
僕は、そっとスキルを発動した。
対象は、この少女の身と心に刻まれた、深い傷。
『【再翻訳】、発動。対象、この少女の「肉体的な苦痛」と「精神的な恐怖」。翻訳後の概念、「穏やかな安らぎ」』
僕の手から、温かい光が溢れ出し、少女の体を優しく包み込む。
すると、苦痛に歪んでいた彼女の表情が、少しずつ和らいでいく。荒かった呼吸も、次第に落ち着いて、すう、すう、と安らかな寝息に変わった。
「……眠ったみたい」
リリアが、安堵のため息を漏らした。
「ああ。もう大丈夫だ」
僕は、少女の手をそっと離した。
この出会いが、僕と、そしてこの村の運命を、さらに大きく変えていくことになる。
この時の僕は、まだ、そのことを知らなかった。
僕の【再翻訳】スキルによって、村の周囲にはいつの間にか高い石造りの壁が出現し、入り口には重厚な鉄の門が備え付けられた。村人たちは、朝起きたら突然城壁ができていたことに腰を抜かしていたが、今ではすっかり見慣れた風景となっている。
「カイリ、これ、本当にあんたが一人でやったの?夜の間に?」
リリアが、城壁を見上げながら、呆れたように言った。
「まあ、定義上は、僕一人だな。正確には、僕のスキルがやったんだけど」
「もう、何でもありだな、あんたのスキル……」
彼女の言う通りかもしれない。僕自身、自分のスキルがどこまで通用するのか、まだ底が見えていない。
王都で仕入れた物資のおかげで、村の生活はさらに豊かになった。
美味しい食事、暖かい服、病気や怪我を治す薬。
忘れられた谷は、もはや楽園と呼んでも差し支えない場所になっていた。
そんなある日、村の門を叩く者が現れた。
見張りの村人が、慌てて僕を呼びに来た。
「カイリ君、大変だ!旅の行商人だ!」
「行商人?」
僕が門の上から顔を出すと、そこにはロバを連れた一人の男が立っていた。様々な商品を背負った、典型的な行商人の姿だ。
「これは見事な壁ですな。失礼ですが、ここは確か、忘れられた谷と呼ばれる寂れた村だったはずですが……?」
行商人は、信じられないものを見るような目で、城壁を見上げている。
『さて、どうするか』
村長さんの話では、この村は外部との交流をほとんどしてこなかったという。
しかし、僕たちが豊かさを維持していくためには、交易は不可欠だ。この行商人を追い返すのは、得策ではない。
僕は村長さんと相談し、彼を村の中に招き入れることにした。
「ようこそ、希望の谷へ」
僕が門を開けると、行商人は目を丸くした。
「希望の谷……?村の名前が変わったのですかな?」
「ええ、まあ。色々とありまして」
僕は曖昧に答え、彼を村の中心へと案内した。
村の中に入った行商人は、さらに驚きを露わにした。
「な、なんだこの村は……!家々は新しく、道は整備されている。畑には、見たこともないほど見事な作物が実っている……!これが、あの忘れられた谷だとは、到底信じられん!」
彼は、まるで夢でも見ているかのように、周囲をきょろきょろと見回している。
僕たちは、行商人を広場に案内し、村で採れた作物を見せた。
黄金色の麦、こぶしのように大きな芋、瑞々しい野菜や果物。
「こ、これは……!王都の市場でも、これほどの品質のものは見たことがない……!」
行商人は、野菜を1つ手に取り、その重さと艶に感嘆の声を漏らした。
「もしよろしければ、これらの作物を、あなたに売りたいのですが」
僕がそう切り出すと、行商人は待ってましたとばかりに、大きく頷いた。
「ぜひ!ぜひ、売っていただきたい!いくらで買い取っていただけますかな?」
「いや、買い取るのではなく、売りたいんです。我々が、あなたに」
「……は?」
行商人は、僕が何を言っているのか分からない、という顔をした。
それもそうだろう。今までは、彼ら行商人が、こういう辺鄙な村にやってきては、安い値段で産物を買い叩き、都会で高く売る、というのが常識だったのだから。
「この作物を、適正な価格であなたに卸します。それを、あなたが街で売る。どうです、悪い話ではないでしょう?」
僕の提案に、行商人はしばらく考え込んでいたが、やがて、商人らしい計算高い笑みを浮かべた。
「……面白い!その話、乗らせていただきましょう!」
こうして、忘れられた谷、改め「希望の谷」と、行商人との間に、初めての正式な交易ルートが確立された。
行商人は、持ってきた塩や布製品を村に卸し、代わりに、山のような作物をロバの背に乗せて、意気揚々と帰っていった。
彼の話によれば、次にこの村を訪れるのは、1ヶ月後だという。
「カイリ君、本当に良かったのかね?あんなにたくさんの作物を、安く売ってしまって」
村長さんが、少し心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫ですよ。僕たちが提示した価格は、王都の相場からすれば、それでも破格の安さです。でも、この村にとっては、十分すぎる利益になります」
それに、と僕は続けた。
「大事なのは、目先の利益じゃありません。継続的な関係を築くことです。あの行商人は、きっと街に戻って、この村のことを話すでしょう。『辺境に、とんでもなく豊かな村がある』と」
僕の狙いは、そこにあった。
噂。
それは、時としてどんな軍隊よりも強力な武器になる。
***
僕の予想は、的中した。
1ヶ月後、再び村を訪れたのは、あの行商人だけではなかった。
彼の噂を聞きつけた、他の商人や職人、仕事を求める人々。何台もの馬車が列をなして、希望の谷の門の前に現れたのだ。
村は、かつてないほどの活気に包まれた。
僕たちの作る作物は飛ぶように売れ、代わりに、村にはお金と、様々な物資、そして新しい技術がもたらされた。
鍛冶屋が移住してきて、僕が【再翻訳】で作った農具を参考に、さらに質の良い道具を作り始めた。
織物の職人がやってきて、村の女性たちに新しい織り方を教えた。
あっという間に、希望の谷は、一つの町と呼んでもいいほどの規模へと発展していった。
「すごいことになっちゃったね、カイリ」
リリアは、賑わう村の様子を眺めながら、感心したように言った。
「ああ。僕も、ここまで急速に発展するとは思わなかった」
「これも全部、カイリのおかげだよ」
「そうでもないさ。村人みんなが、頑張ったからだ」
僕がそう言うと、リリアは「またまたー」と楽しそうに笑った。
人が増えれば、当然、問題も起きる。
移住者と元からの村人との間で、小さなトラブルが起きることもあった。
そんな時、僕とリリア、そして村長さんが間に入って、話し合いで解決していった。
僕は、村のルール作りにも着手した。
誰もが安心して暮らせるように。
この村が、本当の意味での「希望の谷」であるように。
新しい住民たちは、僕のことを「若き賢者」とか「谷の創始者」とか、何だか大げさな名前で呼ぶようになった。
正直、気恥ずかしいことこの上ない。僕はただ、自分の居場所を、少しでも良くしようとしているだけなのに。
***
そんなある日、村に一人の少女が運び込まれてきた。
銀色の髪、そして、ぴんと立った獣の耳と、ふさふさの尻尾。
――獣人だ。
彼女は、ひどい怪我を負い、高熱を出して意識を失っていた。
村の薬師が言うには、奴隷商人に追われ、森の中を逃げ回っているうちに、崖から落ちたらしい。
「ひどい……。まだ、こんな小さな子なのに……」
リリアは、苦しそうな表情で、ベッドに横たわる少女を見つめている。
少女の体には、無数の傷跡や、焼き印のような痕があった。彼女が、どれほど過酷な状況に置かれていたかを、雄弁に物語っていた。
僕は、黙って少女の手を握った。
ひどく怯えているのが、手の震えから伝わってくる。
『……許せない』
理由もなく、誰かを傷つけ、虐げる存在。
僕は、そういう奴らが、心の底から嫌いだった。
僕は、そっとスキルを発動した。
対象は、この少女の身と心に刻まれた、深い傷。
『【再翻訳】、発動。対象、この少女の「肉体的な苦痛」と「精神的な恐怖」。翻訳後の概念、「穏やかな安らぎ」』
僕の手から、温かい光が溢れ出し、少女の体を優しく包み込む。
すると、苦痛に歪んでいた彼女の表情が、少しずつ和らいでいく。荒かった呼吸も、次第に落ち着いて、すう、すう、と安らかな寝息に変わった。
「……眠ったみたい」
リリアが、安堵のため息を漏らした。
「ああ。もう大丈夫だ」
僕は、少女の手をそっと離した。
この出会いが、僕と、そしてこの村の運命を、さらに大きく変えていくことになる。
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