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第15話「王都からの招待状」
ある晴れた日の午後、谷に一通の書状が届いた。差出人は、エルスリード王国の新たな国王となった私の父、ヴァレンシュタイン公爵だった。アランは王位継承権を剥奪され、リリアナと共に修道院に幽閉されたと聞く。その後、王位は空席となっていたが、貴族たちの総意によって混乱した国を唯一まとめられる人物として父が選ばれたのだという。
「……お父様が、国王に?」
私は、書状の内容に目を通しながら呆気にとられた。あの温厚な父が、一国の王とは。想像もつかない。
書状には、父が国王に即位したことの報告と、近々行われる戴冠式に、独立領ヴァレンシュタイン(いつの間にか谷がそんな名前になっていた)の領主である私を正式な賓客として招待したい、と書かれていた。
「王都へ……ですか」
セバスが、私の顔色をうかがうように尋ねる。王都は私にとって忌まわしい記憶しかない場所だ。できれば、二度と足を踏み入れたくはない。
『面倒くさい……。断ろうかな』
私がそう思い始めた時、書状の追伸が目に入った。
『追伸。イザベラ、お前が愛する者たちと築き上げた素晴らしい谷を、父は誇りに思う。だが、一度でいい。お前が胸を張って王都を歩く姿を、この目で見せてはくれないだろうか』
父らしい、不器用で、でも愛情に満ちた言葉だった。公爵家を勘当された身とはいえ、父はずっと私のことを心配してくれていたのだろう。その気持ちを思うと、無下に断ることはできなかった。
「……分かりました。招待をお受けしましょう。セバス、王都へ行く準備を」
「かしこまりました。お嬢様」
セバスは、どこか嬉しそうに一礼して部屋を出て行った。
私が王都へ行くという話は、すぐに谷中に広まった。領民たちは私がまた王都の厄介事に巻き込まれるのではないかと心配してくれたが、私が「お父様に会いに行くだけよ」と説明すると納得してくれた。
「イザベラが王都へ? ならば、私も行こう」
当然のように、ジークハルトがしゃしゃり出てきた。彼は、私の執務室のソファをすっかり自分の私物だと思っているらしい。
「あなたは、アストレア帝国の皇帝でしょう。他国の戴冠式に、ひょいひょいと顔を出していいものではないのでは?」
「何を言う。隣国の新しい王の誕生だ。祝意を表するのは当然のこと。それに……」
ジークハルトは、にやりと笑った。
「私の可愛い婚約者が、一人古巣へ赴くのだ。護衛として付いていくのは当然の務めだろう」
「だから、まだ婚約した覚えはありません!」
私の抗議は、いつものように無視された。結局、ジークハルトも帝国の正式な使節団を率いて王都へ向かうことになった。護衛という名目だが、その実、私に付きまとう気満々なのが見え見えだった。
出発の日、谷の皆が見送りに来てくれた。
「領主様、お気をつけて!」
「お土産、待ってます!」
子供たちの元気な声に、私は手を振って応える。カイも、警備隊を引き連れて途中まで護衛として同行してくれることになった。
王都へと向かう道は、一年前、私が追放された時とは全く違うものに見えた。あの時は、絶望と、そして新たな生活への微かな希望を胸に、荒涼とした道を一人進んでいた。だが、今は違う。豪華な馬車の窓から外を眺めれば、隣にはカイが率いる頼もしい護衛がいて、少し離れた後方からはジークハルト率いる帝国の壮麗な一団が続いている。
『なんだか、大名行列みたいだな……』
こんな大げさな旅は全く私の性に合わない。だが、これも私がこの一年で築き上げてきたものの証なのだと思うと、少しだけ誇らしい気持ちにもなった。
数日後、私たちは王都の城門に到着した。一年前、みすぼらしい馬車で追い出された、あの門だ。
門を守る衛兵たちは、私たちの壮麗な行列を見て慌てて敬礼をした。彼らの中には、一年前、私を嘲笑っていた者もいるかもしれない。だが、今、彼らは畏敬の念を込めて私に頭を下げている。
馬車が、王都のメインストリートを進んでいく。沿道には、私たちの行列を一目見ようと大勢の民衆が集まっていた。彼らの囁き声が、馬車の窓越しに聞こえてくる。
「あれが、北の谷のイザベラ様……」
「なんと美しい……。そして、なんと威厳のあるお姿だ」
「隣国の皇帝陛下まで、彼女に付き従っていると……」
「彼女こそ、本物の聖女だったのだ……!」
民衆の称賛の声。一年前、彼らは私を悪役令嬢と罵り、石を投げつけんばかりの勢いだったのに。人の心とは、かくも移ろいやすいものか。
私は、馬車の中から変わらない王都の街並みを、ただ静かに見つめていた。感慨深い、という気持ちはなかった。ただ、遠い昔の出来事のように感じられるだけだ。
王宮に到着すると、父が自ら出迎えてくれた。一国の王となっても、父は父のままだった。その顔には深い安堵と、娘を誇る喜びの色が浮かんでいた。
「よくぞ、戻ってきてくれた。イザベラ」
「お久しぶりです、お父様。いえ……国王陛下」
私は、貴族の礼に倣い深くカーテシーをした。父は、慌てたように私の手をとり、その身を起こさせた。
「やめてくれ。お前は、私の可愛い娘だ。昔のように、お父様と呼んでおくれ」
その言葉に、少しだけ目頭が熱くなった。
これは、私の凱旋だ。私を追い出したこの場所に、私は今、大陸で最も力を持つ者の一人として胸を張って戻ってきた。
ざまぁ、というには少しだけ感傷的すぎるかもしれない。だが、これはこれで、悪くない結末だと思った。
「……お父様が、国王に?」
私は、書状の内容に目を通しながら呆気にとられた。あの温厚な父が、一国の王とは。想像もつかない。
書状には、父が国王に即位したことの報告と、近々行われる戴冠式に、独立領ヴァレンシュタイン(いつの間にか谷がそんな名前になっていた)の領主である私を正式な賓客として招待したい、と書かれていた。
「王都へ……ですか」
セバスが、私の顔色をうかがうように尋ねる。王都は私にとって忌まわしい記憶しかない場所だ。できれば、二度と足を踏み入れたくはない。
『面倒くさい……。断ろうかな』
私がそう思い始めた時、書状の追伸が目に入った。
『追伸。イザベラ、お前が愛する者たちと築き上げた素晴らしい谷を、父は誇りに思う。だが、一度でいい。お前が胸を張って王都を歩く姿を、この目で見せてはくれないだろうか』
父らしい、不器用で、でも愛情に満ちた言葉だった。公爵家を勘当された身とはいえ、父はずっと私のことを心配してくれていたのだろう。その気持ちを思うと、無下に断ることはできなかった。
「……分かりました。招待をお受けしましょう。セバス、王都へ行く準備を」
「かしこまりました。お嬢様」
セバスは、どこか嬉しそうに一礼して部屋を出て行った。
私が王都へ行くという話は、すぐに谷中に広まった。領民たちは私がまた王都の厄介事に巻き込まれるのではないかと心配してくれたが、私が「お父様に会いに行くだけよ」と説明すると納得してくれた。
「イザベラが王都へ? ならば、私も行こう」
当然のように、ジークハルトがしゃしゃり出てきた。彼は、私の執務室のソファをすっかり自分の私物だと思っているらしい。
「あなたは、アストレア帝国の皇帝でしょう。他国の戴冠式に、ひょいひょいと顔を出していいものではないのでは?」
「何を言う。隣国の新しい王の誕生だ。祝意を表するのは当然のこと。それに……」
ジークハルトは、にやりと笑った。
「私の可愛い婚約者が、一人古巣へ赴くのだ。護衛として付いていくのは当然の務めだろう」
「だから、まだ婚約した覚えはありません!」
私の抗議は、いつものように無視された。結局、ジークハルトも帝国の正式な使節団を率いて王都へ向かうことになった。護衛という名目だが、その実、私に付きまとう気満々なのが見え見えだった。
出発の日、谷の皆が見送りに来てくれた。
「領主様、お気をつけて!」
「お土産、待ってます!」
子供たちの元気な声に、私は手を振って応える。カイも、警備隊を引き連れて途中まで護衛として同行してくれることになった。
王都へと向かう道は、一年前、私が追放された時とは全く違うものに見えた。あの時は、絶望と、そして新たな生活への微かな希望を胸に、荒涼とした道を一人進んでいた。だが、今は違う。豪華な馬車の窓から外を眺めれば、隣にはカイが率いる頼もしい護衛がいて、少し離れた後方からはジークハルト率いる帝国の壮麗な一団が続いている。
『なんだか、大名行列みたいだな……』
こんな大げさな旅は全く私の性に合わない。だが、これも私がこの一年で築き上げてきたものの証なのだと思うと、少しだけ誇らしい気持ちにもなった。
数日後、私たちは王都の城門に到着した。一年前、みすぼらしい馬車で追い出された、あの門だ。
門を守る衛兵たちは、私たちの壮麗な行列を見て慌てて敬礼をした。彼らの中には、一年前、私を嘲笑っていた者もいるかもしれない。だが、今、彼らは畏敬の念を込めて私に頭を下げている。
馬車が、王都のメインストリートを進んでいく。沿道には、私たちの行列を一目見ようと大勢の民衆が集まっていた。彼らの囁き声が、馬車の窓越しに聞こえてくる。
「あれが、北の谷のイザベラ様……」
「なんと美しい……。そして、なんと威厳のあるお姿だ」
「隣国の皇帝陛下まで、彼女に付き従っていると……」
「彼女こそ、本物の聖女だったのだ……!」
民衆の称賛の声。一年前、彼らは私を悪役令嬢と罵り、石を投げつけんばかりの勢いだったのに。人の心とは、かくも移ろいやすいものか。
私は、馬車の中から変わらない王都の街並みを、ただ静かに見つめていた。感慨深い、という気持ちはなかった。ただ、遠い昔の出来事のように感じられるだけだ。
王宮に到着すると、父が自ら出迎えてくれた。一国の王となっても、父は父のままだった。その顔には深い安堵と、娘を誇る喜びの色が浮かんでいた。
「よくぞ、戻ってきてくれた。イザベラ」
「お久しぶりです、お父様。いえ……国王陛下」
私は、貴族の礼に倣い深くカーテシーをした。父は、慌てたように私の手をとり、その身を起こさせた。
「やめてくれ。お前は、私の可愛い娘だ。昔のように、お父様と呼んでおくれ」
その言葉に、少しだけ目頭が熱くなった。
これは、私の凱旋だ。私を追い出したこの場所に、私は今、大陸で最も力を持つ者の一人として胸を張って戻ってきた。
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