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第4話「氷の料理長と皇帝の病」
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アルフが重い扉を力強く押し開けた瞬間、むせ返るような熱気と、何十種類もの食材が複雑に絡み合った強烈な匂いがミクの全身を包み込んだ。
天井が高く広々とした空間には、いくつもの巨大な石窯が口を開け、赤い炎を上げている。数十人の料理人たちが白い上着を汗で濡らしながら、銅鍋を振るう音、包丁がまな板を叩く音、そして荒々しい怒号が飛び交っていた。
「火が強すぎる! 焦がす気か」
厨房の中心でひときわ大きな声を張り上げているのは、熊のように大柄な初老の男だった。太い腕には無数の火傷の痕が刻まれ、鋭い眼光は周囲の動きを一つ残らず見張っている。
「バルト料理長、邪魔をするぜ」
アルフが声をかけると、大柄な男はゆっくりと振り返り、太い眉間に深いしわを寄せた。
「アルフ殿か。ここは遊び場ではない。衛兵が何の用だ」
「遊びに来たわけじゃない。陛下のために、新しい料理人を連れてきたんだ」
アルフが背中からミクを前に押し出す。バルトと呼ばれた料理長の厳しい視線が、ミクの頭の先から足元までを射抜くようにねめつけた。ミクは冷や汗をかきながらも、真っすぐとその目を見返す。
「こんなひ弱そうな小娘が料理人だと? ふざけるな。我々が何百回と手を尽くしても陛下のお口に合わなかったのだぞ。どこの馬の骨とも知れない素人に、王宮の厨房を任せられるか」
地を這うような低い声に、周囲の料理人たちも手を止めてこちらを見ている。明らかな拒絶の空気に、アルフが慌てて割って入った。
「待ってくれ、バルト。俺はこいつの料理を食ったんだ。森で手に入れたただの野草と岩塩だけで、信じられないほど美味い肉を焼いてみせた。こいつなら、きっと陛下の胃袋を開ける」
「黙れ。陛下の繊細な舌を、兵士のガサツな舌と一緒にしないでいただこう」
にべもなく切り捨てるバルトに対し、ミクは黙って厨房の隅にある作業台に目を向けた。
そこには、皇帝の食事用と思われる銀色の盆が置かれていた。皿の上には、ドロドロにすり潰された灰色の肉のペーストと、青臭い匂いを放つ液体の入ったグラスが乗っている。
神の舌が、その料理の成分を一瞬で分析してミクの頭の中に情報を並べ立てた。
『高カロリーで栄養価は高いけど、冷めきって脂肪分が分離してる。消化に悪くて、胃の粘膜に負担をかける味のバランス……』
ミクは思わず一歩前に出た。
「あの、料理長さん。皇帝陛下は、これを召し上がっているんですか」
ミクの指さした盆を見て、バルトの顔が苦痛に歪んだ。
「そうだ。栄養学の最高峰を集めて作った、命をつなぐための流動食だ。だが、それでも陛下は三口で吐き出される。胃が荒れ果て、どんな香りも味も、陛下にとっては毒のように感じてしまうのだ」
バルトの声には、料理人としての無力感と深い悲しみがにじんでいた。彼もまた、決して手を抜いているわけではない。皇帝を救いたい一心で、最善を尽くして行き詰まっているのだ。
「……味覚が過敏になりすぎているんですね。体が食べ物を敵だと認識しているから、無理に栄養を詰め込もうとしても逆効果になります」
ミクの静かな言葉に、バルトがハッと顔を上げた。
「冷たくて重い食事は、もうやめましょう。私が、胃の奥まで優しく沁み渡るような、温かいものを作ります。どうか、厨房の隅と少しの食材を貸してください」
ミクの迷いのない瞳の奥に、バルトはかつての自分が持っていた純粋な料理への情熱を見たのかもしれない。彼は長い沈黙のあと、小さくため息をつき、顎で空いている作業台を指し示した。
「……一度だけだ。少しでもふさわしくないものを作れば、即座につまみ出す」
「ありがとうございます!」
ミクは深くお辞儀をすると、すぐに作業台へと走り寄った。頭の中にはすでに、傷ついた胃袋を優しく包み込む最高の一皿の設計図ができあがっていた。
天井が高く広々とした空間には、いくつもの巨大な石窯が口を開け、赤い炎を上げている。数十人の料理人たちが白い上着を汗で濡らしながら、銅鍋を振るう音、包丁がまな板を叩く音、そして荒々しい怒号が飛び交っていた。
「火が強すぎる! 焦がす気か」
厨房の中心でひときわ大きな声を張り上げているのは、熊のように大柄な初老の男だった。太い腕には無数の火傷の痕が刻まれ、鋭い眼光は周囲の動きを一つ残らず見張っている。
「バルト料理長、邪魔をするぜ」
アルフが声をかけると、大柄な男はゆっくりと振り返り、太い眉間に深いしわを寄せた。
「アルフ殿か。ここは遊び場ではない。衛兵が何の用だ」
「遊びに来たわけじゃない。陛下のために、新しい料理人を連れてきたんだ」
アルフが背中からミクを前に押し出す。バルトと呼ばれた料理長の厳しい視線が、ミクの頭の先から足元までを射抜くようにねめつけた。ミクは冷や汗をかきながらも、真っすぐとその目を見返す。
「こんなひ弱そうな小娘が料理人だと? ふざけるな。我々が何百回と手を尽くしても陛下のお口に合わなかったのだぞ。どこの馬の骨とも知れない素人に、王宮の厨房を任せられるか」
地を這うような低い声に、周囲の料理人たちも手を止めてこちらを見ている。明らかな拒絶の空気に、アルフが慌てて割って入った。
「待ってくれ、バルト。俺はこいつの料理を食ったんだ。森で手に入れたただの野草と岩塩だけで、信じられないほど美味い肉を焼いてみせた。こいつなら、きっと陛下の胃袋を開ける」
「黙れ。陛下の繊細な舌を、兵士のガサツな舌と一緒にしないでいただこう」
にべもなく切り捨てるバルトに対し、ミクは黙って厨房の隅にある作業台に目を向けた。
そこには、皇帝の食事用と思われる銀色の盆が置かれていた。皿の上には、ドロドロにすり潰された灰色の肉のペーストと、青臭い匂いを放つ液体の入ったグラスが乗っている。
神の舌が、その料理の成分を一瞬で分析してミクの頭の中に情報を並べ立てた。
『高カロリーで栄養価は高いけど、冷めきって脂肪分が分離してる。消化に悪くて、胃の粘膜に負担をかける味のバランス……』
ミクは思わず一歩前に出た。
「あの、料理長さん。皇帝陛下は、これを召し上がっているんですか」
ミクの指さした盆を見て、バルトの顔が苦痛に歪んだ。
「そうだ。栄養学の最高峰を集めて作った、命をつなぐための流動食だ。だが、それでも陛下は三口で吐き出される。胃が荒れ果て、どんな香りも味も、陛下にとっては毒のように感じてしまうのだ」
バルトの声には、料理人としての無力感と深い悲しみがにじんでいた。彼もまた、決して手を抜いているわけではない。皇帝を救いたい一心で、最善を尽くして行き詰まっているのだ。
「……味覚が過敏になりすぎているんですね。体が食べ物を敵だと認識しているから、無理に栄養を詰め込もうとしても逆効果になります」
ミクの静かな言葉に、バルトがハッと顔を上げた。
「冷たくて重い食事は、もうやめましょう。私が、胃の奥まで優しく沁み渡るような、温かいものを作ります。どうか、厨房の隅と少しの食材を貸してください」
ミクの迷いのない瞳の奥に、バルトはかつての自分が持っていた純粋な料理への情熱を見たのかもしれない。彼は長い沈黙のあと、小さくため息をつき、顎で空いている作業台を指し示した。
「……一度だけだ。少しでもふさわしくないものを作れば、即座につまみ出す」
「ありがとうございます!」
ミクは深くお辞儀をすると、すぐに作業台へと走り寄った。頭の中にはすでに、傷ついた胃袋を優しく包み込む最高の一皿の設計図ができあがっていた。
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