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第1話「破滅フラグと理不尽な辞令」
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「ユイ・フォン・アークライト! 貴様のこれまでの悪行、断じて許すわけにはいかない!」
きらびやかなシャンデリアが照らす王宮のホール。金髪を輝かせ、正義の光を宿した瞳で私を指さすのは、この国の第一王子。その隣には、可憐な聖女のような少女が、王子に庇われるようにして涙を浮かべている。そして彼らを取り囲むように立つのは、眉目秀麗な騎士団長、天才魔術師、妖艶な魅力を持つ隣国の王子。誰もが皆、私を憎しみに満ちた目で見つめていた。
――ああ、またこの夢だ。
これは、私の前世の記憶。いや、正確に言えば、前世の私が夢中になってプレイした乙女ゲーム『王立第一学園の光と影』の断罪イベントのワンシーンだ。そして、王子たちに糾弾されている悪役令嬢こそ、今の私、ユイ・フォン・アークライトその人なのだから、笑えない。
この記憶が蘇ったのは、私が十歳になった年の誕生日。高熱にうなされ、三日三晩生死の境をさまよった末に、私はすべてを思い出した。自分が、アークライト公爵家の一人娘であると同時に、前世では日本という国でバリバリ働いていた三十代のキャリアウーマンだったことを。そして何より、この世界が乙女ゲームの世界であり、自分がヒロインをいじめるだけいじった挙句、最後には婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられ、家は没落、自身は修道院に幽閉されるという破滅ルート一直線の悪役令嬢であることを。
それからの私の人生は、破滅フラグ回避のための一点に集約された。ゲームのシナリオ通りに進めば、私は王立第一学園に入学し、王子に付きまとい、ヒロインに嫉妬し、数々の嫌がらせの末に断罪される。そんな未来は、真っ平ごめんだった。
だから私は決めたのだ。とにかく目立たない。地味に、静かに、空気のように生きていく、と。
まず、派手なドレスや宝飾品を一切やめた。勉強は赤点を取らない程度に手を抜き、得意だった魔法の練習も、人に気づかれないよう夜中にこっそり行うだけ。社交界デビューも、挨拶だけ済ませると、あとは壁の花に徹した。おかげで、かつて「傲慢で派手好きなアークライト家の薔薇」と揶揄された私は、いつしか「存在感のない地味な令嬢」として、人々の記憶から薄れていった。よし、計画通りだ。
このまま空気として学園生活をやり過ごし、卒業と同時にどこか遠くの領地でのんびり暮らす。それが私の描いた完璧な人生設計だった。そう、今日、この日までは。
王立第一学園の入学式。講堂に集められた新入生たちの前で、伝統にのっとった魔力測定が行われていた。水晶玉に手をかざすと、その者の魔力量に応じた数値が浮かび上がるという、シンプルなものだ。
ゲームでは、主人公のヒロインが庶民でありながら高い魔力量を示し、注目を浴びるイベントだったはずだ。悪役令嬢である私は、そこそこの数値を出して、ヒロインを妬ましげに睨みつける、という役どころ。もちろん、そんなことはしない。私は順番が来たら、魔力を最低限に抑え、平均以下の数値を出して、さっさと終わらせるつもりだった。
「次、ユイ・フォン・アークライト」
名前を呼ばれ、私はゆっくりと測定器の前に進み出た。周囲のひそひそ話が聞こえてくる。
「アークライト公爵家の方よね? ずいぶん地味な方…」
「ええ、噂にも聞かないわ。病弱なのかしら」
結構です、結構。どうぞ、私のことはお忘れなさい。
私は水晶玉にそっと手を触れた。体内の魔力を、意識して抑え込む。猫の子猫の鳴き声ほどの、ごく微かな流れだけを水晶に送る。これで、測定不能か、もしくはゴミみたいな数値が出るはずだ。
しかし、その瞬間。
ピシッ、と。水晶玉に、小さな亀裂が入った。
「ん?」
測定を担当していた教師が眉をひそめる。
「おかしいな。接触が悪かったか。アークライト嬢、すまないがもう一度」
言われるがままに、私はもう一度手をかざす。先程よりもさらに魔力を絞る。赤子のため息レベルにまで。
ピシッ、ピキピキッ、ミシミシッ…!
水晶玉の亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。会場がざわつき始めた。教師たちの顔が青ざめていくのが遠目にも分かった。
「な、なんだこれは…!測定器の故障か!?」
「予備の測定器を!早く!」
別の教師が慌てて新しい水晶玉を運んでくる。それは、先程のものより一回りも二回りも大きい、国家予算がいくらかかっているのか想像もつかないような代物だった。おそらく、国家級の魔術師を測るためのものだろう。
「これでダメなら、今日は中止だ!さあ、アークライト嬢!」
やけくそ気味に叫ぶ教師に促され、私は恐る恐るその巨大な水晶に手を触れた。もう魔力を抑えるとかそういう問題じゃない。ただ触れるだけ。触れるだけだ。
私の指先が、ひんやりとした水晶の表面に触れた、その刹那。
――ゴォォォォォッ!!!
講堂の窓ガラスが一斉に震え、凄まじい光が水晶玉から溢れ出した。眩い純白の光が、私を中心に渦を巻き、天へと突き抜ける光の柱を形成する。
そして、巨大な水晶玉の表面に、ありえない数字が浮かび上がった。
『Lv. 99』
会場から、音が消えた。生徒も、教師も、来賓の貴族たちも、誰もが口を開けたまま、凍りついている。まるで、時間が止められたかのようだった。
やっちまった。
私の頭の中は、その一言で埋め尽くされていた。空気のように生きるはずが、国中の注目を集めるどころか、歴史に残るレベルで目立ってしまった。もうおしまいだ。私の穏やかなセカンドライフ計画は、入学初日にして木っ端微塵に砕け散った。
その後、私はすぐさま別室に連行され、学園長や騎士団長、果ては国王陛下の前で、厳しい尋問を受けることになった。
「ユイ・フォン・アークライト嬢。その規格外の力、一体何なのだ」
玉座に座る国王が、鋭い眼光で私を射抜く。
「…私にも、分かりません。ただ、生まれつき魔力が多かっただけで…」
嘘は言っていない。転生してからというもの、自分の内に眠る魔力が、底なしの井戸のように感じられることは多々あった。しかし、前世の記憶が「力の見せびらかしは破滅フラグ」と警鐘を鳴らし続けたため、これまでずっと蓋をしてきたのだ。それがまさか、測定器に触れただけで暴発するとは。
「生まれつき、だと?レベル99など、建国の英雄王以来、記録にない数値だぞ!貴様、我が国を転覆させようと企む、どこぞの回し者ではないのか!」
騎士団長が剣の柄に手をかけて叫ぶ。待ってくれ、話が飛びすぎだ。
本来ならば、これほどの危険因子は即刻国外追放、あるいは幽閉されてもおかしくない。私もそれを覚悟した。しかし、国王はしばらく腕を組んで思案したのち、意外な言葉を口にした。
「追放はならん」
「陛下!?」
「これほどの力を野に放つ方が、よほど危険だ。いつ、どこの国に拾われるか分からんからな」
国王は、その老獪な目でじろりと私を見た。
「ユイ・フォン・アークライト。貴様に、一つ辞令を下す」
辞令?いったい、何をさせられるというのだろう。王宮直属の魔術師団にでも入れというのか。それはそれで目立つから嫌なのだが。
しかし、国王の口から告げられた言葉は、私の想像をはるかに超えるものだった。
「貴様を、本日付けで『辺境第三魔法学園』の校長に任命する」
「………は?」
辺境第三魔法学園。その名を聞いて、私の思考は一瞬停止した。
それは、王都から馬車で一週間はかかるような僻地にある、王国で最も評判の悪い学園だ。もともとは、様々な事情で王都の学園に通えない生徒たちのための受け皿として設立されたのだが、今や素行の悪い問題児や、貴族社会から爪弾きにされた者たちの隔離場所と化している。多額の負債を抱え、廃校寸前だと噂に聞いていた。
そんな場所に、校長として赴任しろ、と?まだ、入学したばかりの十六歳の私に?
「お待ちください、陛下!それはあまりに…!」
父であるアークライト公爵が悲痛な声を上げるが、国王はそれを手で制した。
「これは決定だ。アークライト嬢よ。その有り余る力、未来ある若人のために使ってみる気はないか?なに、心配はいらん。校長としての俸給はもちろん、学園の運営資金も『名目上は』国から援助しよう」
名目上は、という部分を強調するあたり、全く期待できそうにない。これは、どう考えても事実上の厄介払いだ。規格外の力を警戒し、かといって手放すのも惜しい。だから、誰も寄り付かない辺境の地に隔離し、飼い殺しにしようという魂胆なのだろう。
あまりに理不尽な辞令だった。しかし、私に拒否権などあるはずもなかった。これを断れば、今度こそ我が家は反逆の疑いをかけられ、それこそゲームと同じ破滅ルートに直行だ。
「…謹んで、お受けいたします」
私は、膝をつき、そう答えるしかなかった。
数日後、最低限の荷物だけをまとめた私は、揺れる馬車に一人乗っていた。行き先は、辺境の地。誰もが落ちぶれたと憐れむ、終わりの場所。
馬車の窓から、急速に遠ざかっていく王都の景色を眺めながら、私は深い溜息をついた。破滅を回避するために、空気のように生きてきたはずだった。それがどうして、こんなことになるのか。
数週間の長旅の末、ようやくたどり着った辺境第三魔法学園は、私の想像を絶するほどに、ひどい有様だった。
校舎はボロボロで、壁にはツタが絡まり、窓ガラスは何枚も割れている。校庭には雑草が生い茂り、生徒らしき人影はどこにも見当たらない。まるで、何十年も前に打ち捨てられた廃墟のようだった。
案内された校長室も、埃っぽくて薄暗く、机の上には督促状の山が築かれていた。
絶望、とはこういうことを言うのだろう。私の人生、終わった。そう思った。
しかし。
分厚い帳簿の束を手に取り、その杜撰な管理と絶望的な赤字の額を見た瞬間。前世で、倒産寸前の数々の中小企業を立て直してきた、あの経営コンサルタントとしての血が、ふつふつと騒ぎ出すのを感じた。
生徒たちの名簿に目を通し、そこに書かれた「問題児」というレッテルと、その裏に隠されたであろう歪な才能に思いを馳せた瞬間。部下の個性を引き出し、最強のチームを作り上げた、あのマネージャーとしての魂が、震えた。
「……面白いじゃない」
私の口から、乾いた笑いがこぼれた。
「このクソゲーみたいな状況…立て直してやろうじゃないの」
胸の奥で、静かに、しかし確かに、炎が灯った。
悪役令嬢としての破滅の運命は、もうどうでもいい。理不尽な辞令も、今はむしろ好都合だ。ここには、私を縛る王宮のしがらみも、面倒な貴族社会もないのだから。
ユイ・フォン・アークライト、十六歳。本日より、この辺境の学園の校長として、私の第二の人生を、始めてみせる。
きらびやかなシャンデリアが照らす王宮のホール。金髪を輝かせ、正義の光を宿した瞳で私を指さすのは、この国の第一王子。その隣には、可憐な聖女のような少女が、王子に庇われるようにして涙を浮かべている。そして彼らを取り囲むように立つのは、眉目秀麗な騎士団長、天才魔術師、妖艶な魅力を持つ隣国の王子。誰もが皆、私を憎しみに満ちた目で見つめていた。
――ああ、またこの夢だ。
これは、私の前世の記憶。いや、正確に言えば、前世の私が夢中になってプレイした乙女ゲーム『王立第一学園の光と影』の断罪イベントのワンシーンだ。そして、王子たちに糾弾されている悪役令嬢こそ、今の私、ユイ・フォン・アークライトその人なのだから、笑えない。
この記憶が蘇ったのは、私が十歳になった年の誕生日。高熱にうなされ、三日三晩生死の境をさまよった末に、私はすべてを思い出した。自分が、アークライト公爵家の一人娘であると同時に、前世では日本という国でバリバリ働いていた三十代のキャリアウーマンだったことを。そして何より、この世界が乙女ゲームの世界であり、自分がヒロインをいじめるだけいじった挙句、最後には婚約者である王子から婚約破棄を突きつけられ、家は没落、自身は修道院に幽閉されるという破滅ルート一直線の悪役令嬢であることを。
それからの私の人生は、破滅フラグ回避のための一点に集約された。ゲームのシナリオ通りに進めば、私は王立第一学園に入学し、王子に付きまとい、ヒロインに嫉妬し、数々の嫌がらせの末に断罪される。そんな未来は、真っ平ごめんだった。
だから私は決めたのだ。とにかく目立たない。地味に、静かに、空気のように生きていく、と。
まず、派手なドレスや宝飾品を一切やめた。勉強は赤点を取らない程度に手を抜き、得意だった魔法の練習も、人に気づかれないよう夜中にこっそり行うだけ。社交界デビューも、挨拶だけ済ませると、あとは壁の花に徹した。おかげで、かつて「傲慢で派手好きなアークライト家の薔薇」と揶揄された私は、いつしか「存在感のない地味な令嬢」として、人々の記憶から薄れていった。よし、計画通りだ。
このまま空気として学園生活をやり過ごし、卒業と同時にどこか遠くの領地でのんびり暮らす。それが私の描いた完璧な人生設計だった。そう、今日、この日までは。
王立第一学園の入学式。講堂に集められた新入生たちの前で、伝統にのっとった魔力測定が行われていた。水晶玉に手をかざすと、その者の魔力量に応じた数値が浮かび上がるという、シンプルなものだ。
ゲームでは、主人公のヒロインが庶民でありながら高い魔力量を示し、注目を浴びるイベントだったはずだ。悪役令嬢である私は、そこそこの数値を出して、ヒロインを妬ましげに睨みつける、という役どころ。もちろん、そんなことはしない。私は順番が来たら、魔力を最低限に抑え、平均以下の数値を出して、さっさと終わらせるつもりだった。
「次、ユイ・フォン・アークライト」
名前を呼ばれ、私はゆっくりと測定器の前に進み出た。周囲のひそひそ話が聞こえてくる。
「アークライト公爵家の方よね? ずいぶん地味な方…」
「ええ、噂にも聞かないわ。病弱なのかしら」
結構です、結構。どうぞ、私のことはお忘れなさい。
私は水晶玉にそっと手を触れた。体内の魔力を、意識して抑え込む。猫の子猫の鳴き声ほどの、ごく微かな流れだけを水晶に送る。これで、測定不能か、もしくはゴミみたいな数値が出るはずだ。
しかし、その瞬間。
ピシッ、と。水晶玉に、小さな亀裂が入った。
「ん?」
測定を担当していた教師が眉をひそめる。
「おかしいな。接触が悪かったか。アークライト嬢、すまないがもう一度」
言われるがままに、私はもう一度手をかざす。先程よりもさらに魔力を絞る。赤子のため息レベルにまで。
ピシッ、ピキピキッ、ミシミシッ…!
水晶玉の亀裂が、蜘蛛の巣のように広がっていく。会場がざわつき始めた。教師たちの顔が青ざめていくのが遠目にも分かった。
「な、なんだこれは…!測定器の故障か!?」
「予備の測定器を!早く!」
別の教師が慌てて新しい水晶玉を運んでくる。それは、先程のものより一回りも二回りも大きい、国家予算がいくらかかっているのか想像もつかないような代物だった。おそらく、国家級の魔術師を測るためのものだろう。
「これでダメなら、今日は中止だ!さあ、アークライト嬢!」
やけくそ気味に叫ぶ教師に促され、私は恐る恐るその巨大な水晶に手を触れた。もう魔力を抑えるとかそういう問題じゃない。ただ触れるだけ。触れるだけだ。
私の指先が、ひんやりとした水晶の表面に触れた、その刹那。
――ゴォォォォォッ!!!
講堂の窓ガラスが一斉に震え、凄まじい光が水晶玉から溢れ出した。眩い純白の光が、私を中心に渦を巻き、天へと突き抜ける光の柱を形成する。
そして、巨大な水晶玉の表面に、ありえない数字が浮かび上がった。
『Lv. 99』
会場から、音が消えた。生徒も、教師も、来賓の貴族たちも、誰もが口を開けたまま、凍りついている。まるで、時間が止められたかのようだった。
やっちまった。
私の頭の中は、その一言で埋め尽くされていた。空気のように生きるはずが、国中の注目を集めるどころか、歴史に残るレベルで目立ってしまった。もうおしまいだ。私の穏やかなセカンドライフ計画は、入学初日にして木っ端微塵に砕け散った。
その後、私はすぐさま別室に連行され、学園長や騎士団長、果ては国王陛下の前で、厳しい尋問を受けることになった。
「ユイ・フォン・アークライト嬢。その規格外の力、一体何なのだ」
玉座に座る国王が、鋭い眼光で私を射抜く。
「…私にも、分かりません。ただ、生まれつき魔力が多かっただけで…」
嘘は言っていない。転生してからというもの、自分の内に眠る魔力が、底なしの井戸のように感じられることは多々あった。しかし、前世の記憶が「力の見せびらかしは破滅フラグ」と警鐘を鳴らし続けたため、これまでずっと蓋をしてきたのだ。それがまさか、測定器に触れただけで暴発するとは。
「生まれつき、だと?レベル99など、建国の英雄王以来、記録にない数値だぞ!貴様、我が国を転覆させようと企む、どこぞの回し者ではないのか!」
騎士団長が剣の柄に手をかけて叫ぶ。待ってくれ、話が飛びすぎだ。
本来ならば、これほどの危険因子は即刻国外追放、あるいは幽閉されてもおかしくない。私もそれを覚悟した。しかし、国王はしばらく腕を組んで思案したのち、意外な言葉を口にした。
「追放はならん」
「陛下!?」
「これほどの力を野に放つ方が、よほど危険だ。いつ、どこの国に拾われるか分からんからな」
国王は、その老獪な目でじろりと私を見た。
「ユイ・フォン・アークライト。貴様に、一つ辞令を下す」
辞令?いったい、何をさせられるというのだろう。王宮直属の魔術師団にでも入れというのか。それはそれで目立つから嫌なのだが。
しかし、国王の口から告げられた言葉は、私の想像をはるかに超えるものだった。
「貴様を、本日付けで『辺境第三魔法学園』の校長に任命する」
「………は?」
辺境第三魔法学園。その名を聞いて、私の思考は一瞬停止した。
それは、王都から馬車で一週間はかかるような僻地にある、王国で最も評判の悪い学園だ。もともとは、様々な事情で王都の学園に通えない生徒たちのための受け皿として設立されたのだが、今や素行の悪い問題児や、貴族社会から爪弾きにされた者たちの隔離場所と化している。多額の負債を抱え、廃校寸前だと噂に聞いていた。
そんな場所に、校長として赴任しろ、と?まだ、入学したばかりの十六歳の私に?
「お待ちください、陛下!それはあまりに…!」
父であるアークライト公爵が悲痛な声を上げるが、国王はそれを手で制した。
「これは決定だ。アークライト嬢よ。その有り余る力、未来ある若人のために使ってみる気はないか?なに、心配はいらん。校長としての俸給はもちろん、学園の運営資金も『名目上は』国から援助しよう」
名目上は、という部分を強調するあたり、全く期待できそうにない。これは、どう考えても事実上の厄介払いだ。規格外の力を警戒し、かといって手放すのも惜しい。だから、誰も寄り付かない辺境の地に隔離し、飼い殺しにしようという魂胆なのだろう。
あまりに理不尽な辞令だった。しかし、私に拒否権などあるはずもなかった。これを断れば、今度こそ我が家は反逆の疑いをかけられ、それこそゲームと同じ破滅ルートに直行だ。
「…謹んで、お受けいたします」
私は、膝をつき、そう答えるしかなかった。
数日後、最低限の荷物だけをまとめた私は、揺れる馬車に一人乗っていた。行き先は、辺境の地。誰もが落ちぶれたと憐れむ、終わりの場所。
馬車の窓から、急速に遠ざかっていく王都の景色を眺めながら、私は深い溜息をついた。破滅を回避するために、空気のように生きてきたはずだった。それがどうして、こんなことになるのか。
数週間の長旅の末、ようやくたどり着った辺境第三魔法学園は、私の想像を絶するほどに、ひどい有様だった。
校舎はボロボロで、壁にはツタが絡まり、窓ガラスは何枚も割れている。校庭には雑草が生い茂り、生徒らしき人影はどこにも見当たらない。まるで、何十年も前に打ち捨てられた廃墟のようだった。
案内された校長室も、埃っぽくて薄暗く、机の上には督促状の山が築かれていた。
絶望、とはこういうことを言うのだろう。私の人生、終わった。そう思った。
しかし。
分厚い帳簿の束を手に取り、その杜撰な管理と絶望的な赤字の額を見た瞬間。前世で、倒産寸前の数々の中小企業を立て直してきた、あの経営コンサルタントとしての血が、ふつふつと騒ぎ出すのを感じた。
生徒たちの名簿に目を通し、そこに書かれた「問題児」というレッテルと、その裏に隠されたであろう歪な才能に思いを馳せた瞬間。部下の個性を引き出し、最強のチームを作り上げた、あのマネージャーとしての魂が、震えた。
「……面白いじゃない」
私の口から、乾いた笑いがこぼれた。
「このクソゲーみたいな状況…立て直してやろうじゃないの」
胸の奥で、静かに、しかし確かに、炎が灯った。
悪役令嬢としての破滅の運命は、もうどうでもいい。理不尽な辞令も、今はむしろ好都合だ。ここには、私を縛る王宮のしがらみも、面倒な貴族社会もないのだから。
ユイ・フォン・アークライト、十六歳。本日より、この辺境の学園の校長として、私の第二の人生を、始めてみせる。
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夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
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