悪役令嬢に転生したので地味に生きたいと願ったら、レベル99がバレて問題児だらけの辺境学園長に任命されました

黒崎隼人

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第2話「学園改革、まずは予算から」

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 辺境第三魔法学園の校長としての日々は、想像を絶する困難からのスタートだった。まず、私を出迎えてくれたのは、数えるほどしかいない教師たちだった。彼らは皆、覇気のない顔で、給料の遅配に不満を漏らし、新しい校長が私のような小娘であることに、あからさまな失望を浮かべていた。

「どうせ、すぐに王都に泣いて帰るんだろう」

 そんな声が聞こえてきそうだったが、私は気にしなかった。まずは現状把握が最優先だ。私は校長室に閉じこもり、埃をかぶった大量の書類の山と格闘を始めた。

 帳簿は、ひどいものだった。収入と支出の記録はバラバラで、何にいくら使ったのか全く追えない。前世で培った会計知識を総動員し、私はまず貸借対照表、つまりバランスシートの作成から着手した。全ての資産と負債を洗い出し、学園の財政状況を可視化する。それは、出血している患者の傷口を特定する作業に似ていた。

 数日徹夜で作業を続け、ようやく見えてきた学園の財政は、まさに瀕死の重傷患者そのものだった。収入は、国からの微々たる補助金と、ごく少数の生徒から徴収できているかも怪しい授業料のみ。それに対して、支出は食費や光熱費といった必要経費に加えて、使途不明金が山のように計上されていた。おそらく、前の校長か誰かが横領していたのだろう。

「これは、メスを入れないと即死ね」

 私はまず、無駄な支出を徹底的に削減することにした。業者との契約書を一枚一枚見直し、不当に高い値段で仕入れていた食料品や備品の契約を破棄。地元の農家や商人たちと直接交渉し、より安く、質の良いものを仕入れるルートを確保した。最初は訝しげな顔をしていた地元の人々も、私が公爵家の名前をちらつかせながら、理路整然と交渉を進める姿を見て、次第に態度を改めていった。

 しかし、支出を切り詰めるだけでは、ジリ貧になるのは目に見えている。必要なのは、新たな収入源の確保だ。私は学園の敷地図を広げ、まだ活用されていない資産を探した。

「この裏山…手付かずのまま放置されているのね」

 地図の一角を指さしながら、私は呟いた。古株の教師に話を聞くと、その山は昔から魔獣が出ると噂され、誰も近寄らないのだという。

 私は一人でその山に足を踏み入れた。確かに、薄暗く不気味な雰囲気が漂っている。しかし、私の目には、その山が宝の山にしか見えなかった。足元には、王都では高値で取引される魔法薬の原料となる薬草が群生している。少し奥に進むと、打ち捨てられた古い鉱山の入り口が見つかった。中を覗くと、壁のあちこちが鈍く輝いている。質の良い魔石の鉱脈が、まだ残っているのだ。

「これだわ」

 私は早速、数少ない生徒たちを集めた。彼らは、薄汚れた制服を着て、皆一様に死んだ魚のような目をしている。貴族の庶子、魔力の制御ができない者、素行不良で退学になった者。社会から「問題児」の烙印を押された子供たちだ。

「皆さん、今日から特別授業を始めますわ。内容は、この学園の財産を使った実践経済学です」

 私がそう宣言すると、生徒たちはきょとんとした顔で私を見つめるだけだった。無理もない。いきなり現れた少女の校長が、何を言い出すのかと戸惑っているのだろう。

 私は彼らを連れて裏山へ向かい、薬草の採取方法と、安全な魔石の採掘方法を教えた。もちろん、魔獣対策は万全だ。一体の巨大な熊のような魔獣が襲い掛かってきた時、私は指先一つで不可視の衝撃波を放ち、それを森の彼方まで吹き飛ばしてやった。生徒たちは、口をあんぐりと開けてその光景を見ていたが、それ以降、私に逆らう者はいなくなった。

 最初は嫌々だった生徒たちも、採取した薬草や魔石が、自分たちの食費や学園の修繕費に変わっていくのを目の当たりにするうちに、次第にその目に生気が宿り始めた。自分たちの労働が、目に見える形で環境を改善していく。その成功体験は、彼らが失っていた自己肯定感を少しずつ取り戻させていった。

 私たちは収穫した資源を荷馬車に積み、王都の商会へと売りに向かった。私が直接交渉の場に立ち、アークライト公爵家の印章を見せながら、足元を見ようとする商人たちを相手に一歩も引かずに駆け引きを繰り広げた。結果、想定をはるかに上回る金額で資源を売却することに成功し、私たちは当面の運営資金を確保することができた。

 学園に戻った私は、まず真っ先に教師たちの滞っていた給料を全額支払った。現金で満たされた給料袋を渡された彼らの、驚きと安堵が入り混じった顔は忘れられない。

「校長先生…これは…」
「当然の対価ですわ。これまで、よくぞこの学園を支えてくださいました。これからは、私が皆さんの生活を保障します。ですから、安心して生徒たちの教育に専念してください」

 その日を境に、教師たちの私を見る目が明らかに変わった。彼らは自発的に校舎の修繕を手伝い始め、授業の研究にも熱心に取り組むようになった。

 しかし、物事が順調に進むと、それを快く思わない者たちが必ず現れる。

 ある日の午後、校長室に派手な装いの男が、数人の護衛を引き連れて怒鳴り込んできた。男は、この辺りの土地を治める子爵で、これまで学園の運営費をピンハネして私腹を肥やしていた悪徳貴族だった。私が業者との契約を見直したことで、彼の懐に入るはずの金が途絶えたのだ。

「貴様か!新しく来たという小娘の校長は!俺のビジネスの邪魔をしおって!」

 子爵は、下品な笑みを浮かべて私に詰め寄る。

「女子供のままごと遊びはそこまでにしてもらおうか。この学園の利権は、昔から俺のモンなんだよ。おとなしく、以前の契約に戻すんだな。さもなくば…」

 子爵が脅し文句を続けようとした、その時。私は、にっこりと優雅に微笑んでみせた。そして、ほんのわずかだけ、体内の魔力を解放した。レベル99の、ほんの砂粒ほどの欠片。

 しかし、それだけで十分だった。

 ゴッ、と。部屋の空気が鉛のように重くなる。壁がミシミシと軋み、テーブルの上のティーカップがカタカタと震えだした。子爵と護衛たちの顔から、急速に血の気が引いていく。彼らは、まるで巨大な竜の前に立たされた蛙のように、全身を硬直させて震えていた。

「…まあ、子爵様。何やら、勘違いをなさっているようですわね」

 私は微笑みを崩さないまま、ゆっくりと立ち上がる。

「ここは、未来ある子供たちが学ぶための神聖な学び舎。あなたの私腹を肥やすための道具ではございません。わたくしの愛すべき生徒たちの教育環境を脅かすというのなら、容赦はいたしませんわよ?」

 私の背後で、魔力のオーラがゆらりと揺らめくのが、自分でも分かった。

「それとも、何か?あなたは、この国の未来を担う若者たちへの『教育への投資』に、ご理解いただけない、と。そうおっしゃるのかしら?」

 最後の言葉は、氷のように冷たい声で、はっきりと告げた。

 子爵は、腰が抜けたようにその場にへたり込み、必死に首を横に振った。

「も、申し訳ございませんでした!わ、私の間違いでございました!二度と、二度と学園には近づきませんゆえ!」

 そう叫ぶと、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 私は、ふう、と一つ息をついて魔力を収める。面倒なことは嫌いなのだが、時にはこうして、分からず屋に現実を教えてやる必要もある。

 こうして、学園の財政はひとまず危機を脱した。ボロボロだった校舎の壁は塗り直され、割れていた窓ガラスは全てはめ替えられた。食堂からは、温かいスープの匂いが立ち上るようになった。

 それは、大きな改革から見れば、まだほんの小さな一歩に過ぎない。しかし、確実に、この辺境の学園は、息を吹き返し始めていた。

 だが、本当の戦いはこれからだ。資金の次は、この学園の最も重要な財産である「生徒」たちの改革に取り掛からなければならない。

 私は、机の上に広げられた生徒たちの名簿を眺めながら、静かに闘志を燃やすのだった。
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