私を闇堕ちさせたのは姉……だった。

花夜

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序章 一日の始まり

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 ああ、ダメよ……このままではあの時の二の舞になってしまう。それじゃダメなの。

 お願い、お姉さま止まって!

  悲しいかな。わたしの声はもう届かない。

 最期の審判を姉が下す。
 怖いくらいに澄んだ声と瞳でこの国に死の宣告をするのだ。

 わたしはただお姉さまに笑っていて欲しかった。今も昔も願いは変わらない。

 なのにどうして……?

 こんな悲しい選択をさせたかったわけじゃない。それなのにわたしのせいでまた……。

「……お、ね……ま……」

 伸ばした手はただただ空を切る。

 真っ直ぐに敵を睨みつける姉の姿は眩しくて、けれど振り返りこちらを見つめる瞳はどこまでも優しかった。

 ああ、変わっていない。
 お姉さまはあの頃と何も変わっていないのだ。

「大丈夫よ。私が助けるから。今度は絶対に助けてみせるから、だから……あなたは眠っていなさい」

 温かいものに包まれる感触。
 眠っちゃダメなのに身体は言うことを利いてくれなくて。

 お姉さま、わたしはお姉さまとあの人と静かに暮らしたいの。ただそれだけでいい。

 必死に眠気と抗いながら傍にいた温もりに訴える。

「……ね、さまを……まも……って……」

 今のあなたにはそれができるでしょう?
 あの時とは立場も何もかもが違うのだからーー。



 ✸ ✹ ✺ ✻ ✼ ✽ ✾ ✿ ❀ ❁ ✸ ✹ ✺ ✻ ✼ ✽ ✾ ✿ ❀ ❁



 朝起きて鏡を見る度にいつも思う。
 この寝癖のついた黒髪が、たっぷり睡眠を取ったあとだというのに未だ眠たそうな血色の瞳が姉と同じ色になっていたらどんなにいいだろうかと。

 けれど現実はそう甘くない。

 腰まで伸ばしているストレートな髪を慣れた手つきでハーフアップに整え、ネグリジェを脱ぎ捨ててから簡素なドレスに着替える。

 そして鏡に向かい今日も魔法をかけるのだ。

「私は大丈夫。私は強い。だから、絶対に負けはしない」

 それが毎朝のルーティンだった。

 私はフィーネ・オラシオン。オラシオン公爵家の次女にして闇魔法の使い手である。

 さて、公爵家の令嬢たる私が何故メイドも付けず一人優雅に支度しているか。
 それにはきちんと理由がある。

 まずは黒髪であること。
 次に血赤の瞳持ちであること。
 最後に……闇魔法の素質があること。

 以上の三点を揃えた私は言うなれば国一番の危険人物だからだ。
 どのくらい危険視されているかと言えば、生まれたばかりの私を結界で封じ込めさらには肉片すら残さず消し炭にしようとしたくらい、と言えば伝わるだろうか?

 三百年前にこの国を襲った魔物の群勢。
 それを指揮した魔女が黒髪に血の瞳、そして稀少な闇魔法使いだったと言われ、それ以来この国ではそのいずれかの要素を備えて産まれた子は忌み子として恐れ迫害されてきた。

 そんな国に全ての条件を持った子が生まれればどうなるか。火を見るより明らかである。

 それなら私はなぜのうのうと生きていられるのか。その理由もちゃんとある。

「フィーネちゃーん、おはよう」

 ノックもせずに開け放たれたドア。
 そこから体当たりに近い突撃をしてきたのは柔らかい肉の塊、ではなくて姉のマシュマロボディだった。

 太っているという意味ではなく、身体がマシュマロのように柔らかいのだ。特に胸部にある二つの塊が。

 キラキラと輝くゆるふわの銀髪に海のように澄んだ深く碧い瞳。

 ぷっくりとした桜色の唇は愛らしい音を紡ぎ、見る者すべてを魅了するこの女性こそが私の姉であり、生きていられる理由であり、大切な家族であるセレナ・オラシオンである。

 セレナはフィーネより三つ歳上の十九歳で、十歳になる頃には聖女として名を馳せている神に愛された娘だった。

 そのセレナが言ったのだ。
 妹を殺さないで、と。

 当時はまだ三歳だった姉はまさに殺されそうになっている赤子を抱き上げ庇い、聖なる光を放ちながら懇願したらしい。

 光魔法。それは天に選ばれた聖女が賜るとされている力だった。

 それを見た一同は神の啓示だと言い、一先ず赤子を殺すのはやめたそうだ。

 それ以来、セレナはずっとフィーネを守り慈しんでくれている。

「お姉様。危ないので突撃はやめてって言ってるでしょう?」

「あら、朝一番にはフィーネちゃんの顔を見なきゃ始まらないもの。大好きよ、フィーネちゃん」

「私もお姉様のこと大好きですよ。それから、おはようございます」

 私を包む温かな肌。
 姉の愛を疑ったことはない。

 私はお姉様がいるから頑張れる。

 今日もこれからも平和な日常が続けばいいのに。

 そんなささやかな願いさえこの手からこぼれ落ちるとは、この時の私には知る由もなかった。
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