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第1章 アタナシアの聖女と魔女
第1話 これでも私の護衛です
しおりを挟む朝から姉といちゃいちゃーーと言えば多少の語弊はあるがーーしていると、開きっぱなしのドアからコホンとわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「セレナ様、はしたのうございますよ。挨拶が遅れて申し訳ありません。おはようございます、朝食のご用意ができました。ああ、フィーネ様もおはようございます」
「あら、おはようレイ。いつもありがとう」
「……おはよう」
そこには長身の青年が無表情で立っていた。
金髪にペリドットのアンニュイな瞳。鼻梁は高く、顔の造形は怖いくらいに整っておりまるでおとぎ話に出てくる王子様さながらの風貌。
黒を基調とした執事の格好をしている彼の名はレイ。うちで雇っている護衛兼使用人と表向きはなっているが、その実はセレナに忠誠を誓う番犬だ。
普段はまるで感情のない機械のように無表情だが、セレナの前では年相応の顔を見せた。
ちなみにレイとは同い年で、彼は五歳の頃からこの屋敷で暮らしているので幼馴染と言っても過言ではない。
これは完璧に黒歴史かもしれないが私の初恋の人でもある。
もちろんこの恋心は自覚と同時に完膚なきまでに叩き砕かれてしまったが。
そんなレイは姉に淡く微笑み、そしてついでにと私にも視線をよこして挨拶をしてくれるが、まさに氷のように鋭い瞳にフィーネは苦笑いを浮かべるしかない。
毎度器用なことだと変なところに感心してしまう自分がいた。
初めの頃は痛んだ胸も今ではちくりとも感じない。人間慣れれば大抵のことは許容できるものである。
「レイ。今日もフィーネちゃんをお願いね」
「……かしこまりました」
ふわりと天使の笑みを浮かべるセレナの言葉に苦々しく返事をするレイの姿ももう見慣れたものだ。
私はこの春から貴族の令息、令嬢がマナーや国の情勢について学ぶための学校に通っている。
期間は一年。
ほぼ義務のようで特別な理由がない限り卒業は必須となっていた。
私の事情はその「特別な理由」には当てはまらないらしく、逆に特別に通わせてやるというお偉方の慈悲らしい。
まったくもって要らぬお世話である。
セレナも学校に通うこと自体は賛成で、けれどやはり可愛い妹が心配なのか護衛としてレイをつけてくれたのだ。
お貴族様の通う学舎なだけあって、家の階級に応じて執事やメイドを伴って良いとされている。
フィーネは一応公爵の身分なのでレイを連れていても問題はなかった。
そう、フィーネには何の問題もなかったが対するレイは違う。
大好きなセレナの側を離れないといけない挙句、大嫌いな私の世話をしないといけないのだ。
しかも命を守るどころかむしろ命を狙いたい派のはずのレイはしかし、セレナの命令は絶対である。
苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべ、すぐに無表情に戻した彼のセレナに対する忠誠心は本当に誉めてあげたい。
「それじゃあ、わたしは先に下りているわね。フィーネちゃんも準備ができたら来るのよ」
「はい、お姉様」
天使な姉を見送り、未だ扉の外で待機しているレイへと視線を移す。
「さっさと準備してください」
セレナがいた時と比べ、何オクターブも下がった声音。あなたとは同じ空間にいるのさえ嫌だと痛いくらいに伝わってくる。
仕方ない。
お姉様のことを愛している者にとって私はさぞ排除したい人物であろうことは分かっている。分かっているからこそ仕方のないことだと諦めもついた。
だから私は今日も自分を守るため虚勢を張るのだ。何を言われても堪えない、鋼の心を持った魔女になりきる。
それが私に残された武器なのだから。
「……まったく、レイの猫被りにも驚かされるわ。一度お姉様の前でもそんな表情をしてみたら?驚きすぎてお医者様を呼んでしまうかもしれないわね」
「ご安心ください。フィーネ様以外にはきちんと対応させて頂いています」
「あなたの主人は仮にとは言え今は私なのよ?よくそんな口が利けるわよね」
「ご冗談を」
嫌味を言っても響かず、殺傷能力をあげて返ってくるのはどうにかならないものか。
けれど私も私でただで言われっぱなしなのは嫌だった。負けたくない、と思ってしまう。
可愛くない性格は百も承知でレイとのいつものやり取りは続く。
それにこうやって返事をしてくれるだけレイの態度はマシということも知っている。
だからこれは一種の甘えなのかもしれない。
「……これ以上俺を待たせないでくださいますか?」
口調は丁寧だが一人称が「私」から「俺」に変わると我慢の限界という合図だ。
私は素直に頷き素早く荷物をまとめる。
最初からそうしろよと言わんばかりに腕を組みながら監視してくるこの青年に、何度目か分からない台詞を心の中で呟いた。
(これでも私の護衛なんて、とんだ笑い話よね)
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