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第1章 アタナシアの聖女と魔女
第2話 家族
しおりを挟むオラシオン公爵家はこの国で五本の指に入るほどの権力を有している名家である。
そんな家から聖女とそれから魔女を産み出したのだから当時は公爵家に対する抗議が止まなかった。
なぜすぐに処分しないのか、それは悪魔の子だと信仰深い国民たちは怒れる声をあげたのだ。
けれどすぐに聖女・セレナの話も噂になり、神のお導きなら仕方ない、公爵家も可哀想にと一気に同情される流れへと変わった。
成長した今のフィーネからすればたった一人の子供に国が揺らぐのを馬鹿らしく思うが、人の信仰心を侮ることはできない。
共通の敵を持っている、という意識は人々に根を張り国を一つにしていた。
フィーネはそういう意味でもいい生贄だったのだ。
さて、国中でオラシオンの家名を知らぬ者はいない中、当のフィーネはというと両親の顔さえ知らぬまま十六年の時を生きてきた。
というのも産まれてすぐに数ある別荘の一つに送られ、閉じ込められたからである。
セレナが姉として責任を持って面倒をみますと言って強引にでもついていかなければフィーネは今頃のたれ死んでいただろう。
幼い頃からセレナは子供らしからぬ言動をしては周りを驚かせていたそうだが、それも聖女たる所以だろうと言われていた。
魔女に関しては完全にノータッチな公爵家だったが聖女は違う。
大切に扱われ今でも月に一度は本家に呼び出されては足りないものはないか、不自由をしていないか、お前に何かあったら困るのだと泣きつかれていた。
いつも本家から戻ってくるとセレナには珍しく不機嫌そうな顔をしているので、妹に関して心無いことを言われているのだろうと想像に難くない。
フィーネにしてみれば顔も知らぬ両親に何を言われようとも構はしなかった。自分の居場所はあの人たちのところではない。姉のいるこの屋敷なのだと胸を張って言えるからだ。
現在この屋敷には執事とメイド長、それからメイドや料理人を含めた使用人が十人ほどとレイ、そしてオラシオン姉妹が暮らしている。
別荘と言えどもその敷地は広い。
人手は常に不足しており、自然と身の回りのことは自分でやるようになった。
料理が趣味のセレナに習い今では簡単なものなら自身でも作れるし、生活面では何不自由ない。
屋敷の護衛はレイを入れても三人だけだったが、敷地内には聖女の結界を張り巡らせてあり不埒者は侵入できないようになっている。
それでも年に何度かは使用人として来た者が実は暗殺者でした、なんてこともあるのだがそれくらいならレイ一人でも対処できる案件だった。
つまりここはそこらのお城よりもよっぽど安全なのである。
「おはようございます、フィーネ様」
ダイニングルームに向かう途中で執事に声をかけられる。
齢六十を過ぎているというのに歳を感じさせない佇まい。物腰の柔らかい声が印象的だが只者ではないとフィーネは知っている。
ちなみに、レイを護衛として使えるように鍛えたのもこの 執事だ。
「おはよう」
「セレナ様がお待ちですよ。今日の朝食はセレナ様がご用意されたので冷めないうちにお召し上がりください」
セレナが作った、と聞いた瞬間フィーネの耳がピクリと反応した。姉の作るご飯は正直に言って料理人が作るよりも美味しいのだ。
それはセレナがフィーネ好みの味付けをしているのも理由の一つだったが、単純に料理の腕前でも勝っていた。
この道一筋うん十年という料理長が本気で悔しがっていたのも昔の話だ。
「フィーネちゃんやっと来たのね。ちょうど紅茶も淹れたばかりだから温かいうちに食べて。レイも一緒に、ね」
セレナが食事を用意する時は例外なくレイの分も食卓に並んでいる。
最初の頃は分不相応だと頑なに断っていたレイも姉の押しの強さには敵わなかったらしい。
今でも困ったように眉を下げるが大人しくテーブルについた。
こうしていると幼い頃に戻ったようで嬉しいとフィーネはこっそり微笑む。
レイがこの別荘に来たばかりの頃はこうやって姉弟のように寝食を共にしていた。
今よりも可愛げがあって、優しい笑顔を浮かべるいい子だったのに。なぜそれが今ではこうなったのか。
いや一級品の美青年に成長したことは認めよう。けれど基本的に無表情、口をひらけば冷たい言葉しか言わないまるで機械のようだ。
「ねぇ、フィーネちゃん。学校は楽しい?」
「……ええ」
セレナの唐突な質問に胸がドキリと脈をうつ。いつもなら笑顔で即答できるはずなのに今日は一拍おいてから返事をしてしまった。
朝起きてからどこか不調さを感じていたが、そうか今日はダメな日か。
「フィーネちゃん?」
「何でもない。学校はとても有意義だからお姉様は心配しないで。それにほら、レイもいるし」
セレナに心配させたくないというのはレイと共通する想いだ。だからこそ彼には珍しくフィーネの言葉に素直に頷いてみせた。
「お任せください」
「そうね。レイがいるなら安心ね」
セレナの笑顔につられて柔く微笑むレイをどこか遠くに感じながら、フィーネは残りの朝食を頂くのだった。
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