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第1章 アタナシアの聖女と魔女
第3話 嫌味の応酬
しおりを挟む退屈。
その一言に尽きる午前の授業が終わり、フィーネはレイを連れ立って中庭で昼食とティータイムをとっていた。
この学園では座学の他にも社交場で必須のダンスやマナーのレッスンも行っているが、本日の予定は午後まで座学のみだ。
教科書通りの内容なら家でも勉強できる。
本で得ていた知識以上のものはなく、ただ先生の話を聴くだけの講義など時間の無駄としか思えないがーーおそらくわざわざ適齢の男女を集めるのには政治的な意味もあるのだろう。
せっせと人脈作りに励む他の生徒たちを見遣りながらフィーネは優雅に紅茶をすすった。
「あ、あの……!」
そこへ二人組の女生徒が遠慮がちに歩みより、それから背後に控えていたレイへと声をかける。
「その、レイさん。今お時間はありますか?」
精一杯の勇気を出したのだろう。子ウサギのように震えながらも熱っぽい瞳で青年を見つめる様は実に愛らしい。
レイはフィーネの護衛兼執事として同行している。本来であれば主人の傍を離れることは許されないが、このように声をかけられるのは一度や二度ではなかった。
また告白か。
眉目秀麗なレイははっきり言って大変モテた。身分はあの魔女の使用人だが、だからこそ一時の恋の相手には都合が良いのだろう。
ここを卒業すればもう会うことはない人なのだから。
レイはお伺いを立てるようにちらりと視線をよこす。それに片手を上げてフィーネは応えた。
行って来なさい。粗相のないように、という思いを込めてレイを送り出す。
フィーネにはレイの行動を制限する資格がない。だからといつも好きなようにさせていた。
護衛とは言え学園にいる限り命の危険はない以上警戒の必要はない。それに 命の危機となったら駆けつけてくれることを知っている。
「あら~。誰かと思えば偉大なる闇魔法の持ち主様じゃないですか。こんなところでお一人なんて、とうとう使用人にまで捨てられたんですの?」
レイが離れるとタイミングよく現れる集団にげんなりしつつもフィーネは完璧な笑顔を返す。
「イヤミン公爵令嬢こそ、取り巻きを大勢連れて私に何のご用です?巷では魔女とは話をしただけで呪われる、なんて言われているくらいですのに。貴女は怖いもの知らずですね」
ロザリンド・イヤミン。イヤミン公爵家のご令嬢にして政界でも顔が利く少々面倒な相手だ。
事あるごとに絡んできては幼稚な嫌がらせをしてくるので、フィーネはいつもぶん殴りたくなる衝動を抑えながら大人な対応をせざる得なかった。
先ほど命の危険はないと言ったがただし、悪意がないという訳ではないのが辛いところである。
「わたくしにそのような脅しは効きませんことよ。それに何かあれば困るのはあなたのお姉様じゃなくて?」
「お姉様に手を出せばどうなるか貴女もよくご存知でしょうに。まあいいわ。それで、私に何用です?」
このまま嫌味の応酬を繰り広げても埒があかない。さっさと本題に入りなさいと眼光を強めれば一瞬怯んだようだったが、すぐに持ち直し大袈裟な動きで扇子を広げてみせた。
「これを渡すようにと頼まれましたの。ちゃぁんと中身を確認してくださいませ?」
クスクスと取り巻きたちの間で笑いの波が生まれる。ロザリンドに指示され控えていたメイドが手紙の束をテーブルにそっと置いて、少しだけ申し訳なさそうに目を伏せた。
懲りもせずに毎度よくやるものだ。
中身は読まなくてもわかる。大半が悪口や罵りの言葉が書かれた紙だろう。
ただし、たまに大切な知らせや課題の用紙を紛させてくるところが彼女の汚いところだ。
初めは律儀に確認していたが、中には針やガラスが仕込まれていたこともあり途中からは封を開けずに捨てていた。
けれどそれに気づいたロザリンドは次の手を打ってきたのだ。それは提出必須の課題だったり、試験範囲の書かれた紙だったりを混ぜること。
お陰で毎度一つ一つ丁寧に封をされた紙束を確認しなければならなくなった。
「公爵令嬢がお使いだなんてわざわざご苦労様です」
にっこりと笑みを浮かべて見せれば、ヒクリとロザリンドの顔が歪む。
「調子に乗らないで!!」
かと思えばテーブルに飾られていた花瓶に手を伸ばし、その中身をフィーネの頭上へと溢したのだ。
ドレスまで水がかかり、これでは午後の授業を受けられないなと頭の中は冷静だった。
「……気はすみましたか?」
笑え、笑え、私は強い。
私は負けない。
心で念仏の様に唱えながら挑発的な笑みでロザリンドと笑っていた取り巻きたちと対峙する。
「おや、こんなところに汚い濡れ鼠がいるとは何事だ。さっさとつまみ出せ……と、これはこれは我が婚約者ではないか」
ここで独特の嫌味な声が響く。
聴くだけで殺意すら芽生えそうなほどのこの声の持ち主はこの国の第二王子であり、形式上はフィーネの婚約者である。
「……オルト殿下、ご挨拶申し上げます」
敵の援軍にうんざりしながらもフィーネは立ち上がって優雅にお辞儀をするのだった。
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