私を闇堕ちさせたのは姉……だった。

花夜

文字の大きさ
6 / 6
第1章 アタナシアの聖女と魔女

第5話 我慢の限界

しおりを挟む

 懲りずに罵詈雑言を投げつけていたオルトだったが、始終笑顔のフィーネに躱されその怒りは頂点へと達した。
 そしてフィーネが唯一顔色を変える単語を口にするのだ。

「お前の姉は実にいい。あの身体といい声といいぐちゃぐちゃにして泣かせてやりたくなる」

 ピクリと反応するフィーネに気をよくしたオルトはさらに言葉を重ねる。

「アレは兄上にはもったいない女だ。お前が生意気なままならセレナに相手をしてもらおうか。王命ならばあいつも逆らえないだろう」

「……殿下」

「聖女と持て囃されていても所詮は女。しかも魔女の実の姉だ。身体の相性がいいかは気になるところだな」

「……黙りなさい」

 周りの女性たちは「いやぁだぁ、殿下ったら私たちで我慢できないのぉ?」なんて猫撫で声で囁き、耳障りな笑い声をあげる。

「何か言ったか、濡れ鼠」

「黙れと言っているのよ。あなたなんかにお姉様の名前を呼ぶ資格はないわ」

 思わぬ反撃に、瞬間その場を静寂が支配した。未だ留まり事のなりゆきを見学していたロザリンドがいやらしく口角をあげる。

 フィーネの失態がおかしくて仕方ないのだろう。王子に対して不敬罪に問われるような口の利き方をしたのだ。

 きっとこの後は魔女に鉄槌が下される。
 みなの思い描いていた展開はしかし、現実とは異なった。

「お前っ、この俺に逆らうのか!この責任はセレナにもとってもらうからな」

 我慢の限界だった。
 自分に対する言葉ならいくらでも堪えられる。でも、こんな男に姉を汚されたくなかった。例え言葉だけであったとしてもこんな男に「セレナ」と呼ばせるのさえ嫌だったのだ。

 それにこのバカは自分の失言に気づいていないがお姉様には絶対的な後ろ盾がついている。
 こともあろうにそんな彼女を手篭めにする発言をするとは、本当に愚かだ。

「黙れと言っているのよ、このクズ」

 地を蹴り上げそのままオルトへとお見舞いする。フィーネの足は綺麗な弧を描き、いわゆる回し蹴りを繰り出したのだ。

 オルトは数メートル飛ばされるとそのまま気を失った。それほどの威力の蹴りを平然と放ち、それからゆっくりと気絶する王子へと近づく。

 一瞬にしてこの場を恐怖支配したフィーネはつま先でオルトを仰向けにして、笑った。

「あんなに偉そうにしておきながら、無様ね殿下。ああ、クレームは優しい第一王子お義兄様までどうぞ」

 そう伝えてね、と控えていた王子の従者に託しお次は、とロザリンドを振り返る。
 身体は強張りあの饒舌な彼女がだんまりを決めたままなのは珍しい。
 それはそれほどまでにフィーネの行動が予想外だったという証拠だ。

「私は女性には手をあげない主義なのだけれど、これ以上私の周りを脅かすなら容赦はしないわ」

「な、にを……」

「ねぇ、魔女の呪いって本当にあると思う?」

 ロザリンドの耳元で囁けば、ヒッと彼女は悲鳴をあげて逃げ出した。
 こうなれば天下の王子様も公爵令嬢も形なしである。

 フィーネの魔力は封じられ、弱体化しているのは間違いない。だからと言って戦う術がまったくないわけでもなかった。
 ただあまり目立ちすぎると姉にも迷惑がかかるため自重していたのだ。

 今回のことで少しは懲りてくれるといいのだけれど。
 ロザリンドとその取り巻きたちの背中を見つめ小さくため息を吐いた。

 ちなみに、殿下にまとわりついていた女性たちは気を失った彼を見て興醒めしたようであっさりと帰ってしまった。

「フィーネ様、馬車の用意が出来ております」

 そっと背後からレイが現れ、そして濡れたままの肩に柔らかいタオルをかけてくれる。
 気配のなさに内心驚きながらも、いつから見られていたのか気になるところだ。

「レイ、その……」

「あまり危ない真似はしないでください」

 冷たく放たれる言葉。
 けれどこっそりとナイフを仕舞うレイの姿に、もしかしたら助けてくれようとしたのかもと少し嬉しくなった。

 ところが、馬車に乗り込むと「で?」と氷の瞳に睨まれ、頭の中はハテナで一杯になる。

「ええーっと……?」

「オルト殿下に回し蹴りはできて、なぜ花瓶は避けられないんです?」

 ああ、そこもバッチリ見られていたのね。
 俺があの場にいればーーと悔しそうな顔をするレイに仕事熱心だなと感心する。

「退屈だったし、ちょうど帰る口実が欲しかったの……くしゅっ」

 レイはフィーネの言葉に呆れ息を吐き、それから上着を脱いで優しく掛けた。

「本日は肌寒いですし、お風邪を召されても困ります」

「ありがとう」

 そのさり気ない思いやりに心が温かくなった。素でしてくるあたりがイケメン過ぎて心臓には悪いが。

「……ご気分でも悪いのですか?」

「え?」

「毒をお食べになった時の方がお元気そうでした」

「ちょっと!」

 うん。護衛としては毒を食べさせないで欲しいところだけど、元気づけようとしてくれてるのかな。
 相変わらずこんなところは不器用なんだね。

「まったく失礼ね。何でもないわ」

 ただ今日はちょっと頑張れない日なだけ。

 それから屋敷に着くまで互いに無言だった。フィーネは肩にある重みを噛み締めるようにぎゅっと握りしめた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

異世界召喚されたアラサー聖女、王弟の愛人になるそうです

籠の中のうさぎ
恋愛
 日々の生活に疲れたOL如月茉莉は、帰宅ラッシュの時間から大幅にずれた電車の中でつぶやいた。 「はー、何もかも投げだしたぁい……」  直後電車の座席部分が光輝き、気づけば見知らぬ異世界に聖女として召喚されていた。  十六歳の王子と結婚?未成年淫行罪というものがありまして。  王様の側妃?三十年間一夫一妻の国で生きてきたので、それもちょっと……。  聖女の後ろ盾となる大義名分が欲しい王家と、王家の一員になるのは荷が勝ちすぎるので遠慮したい茉莉。  そんな中、王弟陛下が名案と言わんばかりに声をあげた。 「では、私の愛人はいかがでしょう」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています

百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。 帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。 絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。 「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」 突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。 辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、 「君のために用意してた」 と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、 壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、 そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活! しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて―― これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、 甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

転生したら推し騎士の心の傷になる運命の聖女でした

藤原遊
恋愛
転生した私は、原作で“推し騎士の心の傷”として散る聖女だった。 彼の人生を変える、たった一度の喪失。 知ってしまった未来に胸を焦がしながら、私は原作の彼を曇らせる“美しい傷”としての役割を受け入れる。 けれど旅の途中、推しであるはずの彼の視線が、聖女ではなく、私本人に向き始めて……? これは、運命を知る聖女と、知らぬまま愛を深める騎士の物語。

処理中です...