商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男

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【王女と皇女編】

第7話 投げられた石は波紋を呼ぶ ①

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「マズいことになった」
「やり過ぎたのではないか?」
 場所は帝国。
 とある部署の中間管理職が右往左往していた。

 朝方、予期せぬ一報が入ってきていたのだ。
 送り込んでいた工作員の工作が露見。
 本人が死亡しているのは幸いだが、工作員の存在を知られたことは問題だった。
 前後して、その王国側から正式な抗議も来ている。

 これに、どう返答するべきか?
 それが現在、彼等の最重要課題となっていた。

「報復で再戦なんてことはないだろうな?」
「ないと思いたいが、あり得ないことでもないな」
「それはマズいだろう。戦端が開かれることだけは、避けろと命じられているというのに」
 帝国上層部の意向は『再戦を避ける』である。
 永遠の平和を望んでいる・・・わけでは、もちろんない。
 ただ、直近では勝ち目がないと考えているだけだ。

 先の大敗による損害を取り戻し、王国との再戦を可能とする戦力を揃える。
 これに、五年は掛かると判断しているからだ。

 工作員を送り込んだのも、この時間稼ぎのためだった。
 それなのに工作員の派遣が露呈して、報復で兵を動かされたのでは本末転倒である。

「な、なにか、なにか手立てはないか?」
「・・・なくもない」
「本当か?! いったい、どんな?」
「工作員を送り込んだことは誤魔化せない。だが、送り込んだ理由を取り繕えれば――」
 なんとかなる。
 王国に対する邪魔立てや破壊工作が目的だったとされるから、再戦の可能性が出てくるのだ。
 そうではないなら、どうか?

 工作員は正体が露見した直後に死んだ。
 尋問を受けていない。
 具体的になにをしていたかは把握されていないはずだった。
 少なくとも証人はいない。

「なにか、それっぽい理由があればいいのだが・・・」

 ◇

 ところ変わって、とある地下室。

「どうして?!」
「ここから出しなさい!」
「私を誰だと思っているの!?」

 帝国第五皇女ヒルデガルドは、どうして自分がこんな目に合っているのかわからずにいた。
 自分は特別なのだ。
 そんな思いから何度も何度も声を上げていた。

 自分は特別で、皇帝に愛されている。
 だから、すぐに誰かが助けてくれるのだ。
 そう思い込んでいた。

 なのに、ヒルデガルドは冷たい地面の上に座り込んでいる。
 こんな場所で過ごすのは初めてだった。

 望めば、何でも手に入るのが当たり前。
 真っ先に良い物を与えられていたではないか。

 特別なのだ。
 お姫様なのだ。
 たとえ、上に姫が他に四人いるにしても。

 特別だから、皆が自分に優しくするのは当然なのだ。
 なのに、誰もが自分を冷たい目で見てくる。

 空腹を訴えてもくれるのは、パンとスープのみ。
 そういえば、空腹というのを感じるのも初めてだった。
 いつだっておやつが用意されていて、お腹に空きができれば食べていたのだから。

 特別なのに。
 そう思うヒルデガルドに、いつしか疑問を呈するモノが現れる。
 ——いえ、もしかしたら私(あなた)は特別ではないのでは?

 敬われて当然なのに。
 ——いえ、もしかしたら私(あなた)は敬われて当然ではないのかもしれない?

 今まで考えたこともなかったことが頭の中でグルグルして不安になった。
 今までの事が当たり前ではないかもしれない。
 そう考えると怖くなる。

 怖くなったからこそ、その考えを否定しようと声を上げる。
 自分に言い聞かせるように。

 だけど、声を上げれば上げるほど、現実が重くのしかかった。
 こんな大声を張り上げる姫なんていない。

 服はよれよれだ。
 シワも目立つ。

 なにより、髪がボサボサだった。
 皮膚にも張りがない。
 それ以前に、『臭う』。
 戦場の小汚い下級兵のようだ。

 美しく尊い存在。
 それが自分のはずだった。

 どうして、自分がこんな目にあわなくてはならないのか。
 このまま、ここで命を終えるのだろうか。

 ヒルデガルドは、今まで自分と他の人間は違うと思っていた。
 皇帝に愛される唯一の娘。
 民衆とは違うし、貴族や皇族とだって違う。

 そう思っていた。
 でも違うのだ。
『なにか』が、そうでいられるようにしていただけ。

『なにか』が、なくなれば町娘と何ら変わらない存在。
 どこにでもいる人間の一人でしかない。
 ならば、捕らわれ、このまま死ぬこともあり得ることなのだ。

「私は、ヒルデガルド」
 皇帝の威を借りなければ、それですべてが完結する。
 くだらなく、ちっぽけな存在にすぎない。

 わめくのはやめた。
 声が枯れている。
 座り込んで、自分自身のことを考えた。

 自分だけができていたこと。
 自分だけが許されていたこと。

 自分がヒルデガルドという名の女でしかないと知った今考えると——滑稽だった。
 笑うにも値しない愚かさばかりが思い出される。
 知性はある。あった。なのに——。

 どうしてあんな愚かなことができたのだろう?
 第五皇女の肩書をどこかで落とした皇女は、自分の行いに赤面する。

 恥ずべき言動だった。
 女として。
 人間として。
 時には生物としてすらも。

 そのことを、自覚した。
 こんな状況に堕ちて初めて。

「私は、愚かすぎた」
 自分がここにいる、それが理由だ。

          ◇

 少し前、彼女の頭上にある一室で。

「アレを、道具にしようと言うのか?」
 起伏のない、乾いた声。
 豪華な服に、着られている感のある年寄りが、目の前に居並ぶ者たちを睥睨した。

「陛下、悪くない話だと思いますわ」
 何人目だったかの娘が言う。
 1と5ではないから、2から4の誰かだ。
 一緒に来た何人かも頷いている。

「このまま帝国にいたのでは、あの子に平穏はない。王国に置くのがよいだろう」
 そう呟いて、皇帝は瞑目した。
 承認するということだ。

 帝国に留まれば、兄弟姉妹に殺されるか、別のことで利用されるか、だろう。
 王国に嫁がせる方が、まだ安心できる。
 名前を覚えていない息子や娘たちが、満足そうに去っていくのを皇帝は見送った。

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