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【歴史の礎編】
第27話 終わりの始まりは唐突に ①
しおりを挟む一晩明けた。
朝日が昇る。
「う、うわぁあぁぁ!」
帝国軍本隊の宿営地で悲鳴が上がった。
声の主は、見張り所の兵士だった。
「なんだ。どうした?!」
悲鳴を聞きつけた上官が、見張り所に駆け上る。
そして、絶句した。
膝から崩れ落ちてしまう。
それだけ、衝撃的な光景が広がっていたのだ。
この二人が特別に臆病だったわけではない。
ふと気が付くと、周囲を十万に及ぶ人々で埋め尽くされていた。
なんて事態を目の当たりにしたら、誰だって同じ反応をするだろう。
しかも、ただの人々ではない。
『耳長族』の騎兵隊、『竜鱗族』の重装歩兵、『蛇足族』の長槍隊が前面に出ていた。
「なんだなんだ。朝から騒がしい!」
ベルーノもやってきた。
夜が明けてすぐの時間だが、ちゃんと様子を見に来る辺りは神経質な彼らしい。
剣を持ちもせず、寝間着。
完全な寝起きではあったけれども。
そして、やはり呆然と立ち尽くした。
悲鳴を上げることもできずに。
「ば、ばかな。十五万もの兵を送り込んだのだぞ! なぜ我らが包囲されるのだ!」
あり得ない!
喚くベルーノの言葉に重なるようにして、もう一つの現実が突きつけられる。
「ひぃっ!」
見張りの兵士から再び悲鳴が放たれたのだ。
今度は誰一人「どうした?!」とは問わなかった。
その必要がない。
勢いを増していくはずの陽射しが翳り、思わず見上げた先で空が二色に色分けされていたのだ。
もとよりあるべき青、そして黒。
黒の理由は、翼を広げて飛び交う『翼人族』である。
彼等の翼に陽光が遮られて、黒くなっているのだ。
「ば、化け物どもがぁ!」
送り込んだ十五万の兵がどうなったのか?
ベルーノが出した答えは、化け物どもに皆食われた、だった。
彼の価値観では、奴隷や末端の兵に意思や感情はない。
前へ進めと命じれば、ただひたすらに前へと進む。
そういうものだと思い疑ったことがない。
だから、自分について行けないと判断して見限ったのだとか、敵になったのだとかの正解にたどり着く発想ができなかったのだ。
その発想よりも、『翼人族』に喰われたと考える方が理解しやすかったのである。
完全な間違いなのだが、だからといって何かが変わるわけでもない。
彼にとって重要なのは、敵に包囲されていて勝ち目がないとの事実。
カロスタークが望んでいるのはベルーノにこの事実を認めさせること。
双方ともに、事実へと至る理由付けに意味はない。
「ベルーノ様!」
秘書官が注意を促した。
指差す先に、一組の騎馬がある。
使者の類いであろう。
ベルーノは踵を返した。
いかなる状況であっても、貴族の・・・皇族の尊厳は守られねばならない。
招かれざるものであったとしても、寝間着で使者を迎えることなどあってはならないのだ。
「リューイン州を代表して参った。ヒルデガルドだ。皇帝陛下の臣民を救う忠告を是非にお聞き入れ頂きたい」
使者は皇女だった。
元はつくにしても、だ。
嫁いだ身ではあるが、皇帝の寵愛が篤いと誰もが知る娘である。。
当然にベルーノも知っている。
一応は、自分にとっても妹なのだから。
正直、顔を合わせて会話をした記憶などないけれども。
それが『翼人族』を擁する者らの使者を務める。
ベルーノからしたら理不尽この上ないが、それをつついても仕方ない。
「ベルーノだ。用件を聞こう」
挨拶はもういいと、本題に移れとの要求をした。
貴族の誇りにかけて、気弱な姿など晒せない。
「ご確認いただいたように、あなた方はリューインの軍勢に包囲されています。敗北は時間の問題かと存じます」
「むざむざ敗れはせぬ!」
「もちろん、そうでございましょう」
真顔でヒルデガルドは肯定して見せた。
ベルーノがそう思いたいのなら、思わせておいても問題ない。
「ですが、苦戦することは避けられますまい。双方ともに多大な犠牲を払うことになる」
「双方ともに、であるな」
リューインもただではすまないと強調したいベルーノである。
ヒルデガルドの言葉尻に乗っかり、ふんぞり返って頷いて見せた。
不利であるとは認めるが、敗北するかはわからぬぞと、そう言いたいのだ。
はっきり言わないのは、さすがに無理筋だからだろう。
それがわからないほど愚かなわけでもないのだ。
「そのようなことを、陛下の娘として看過することはできぬ。そこで、リューインの指導者に軍を引くよう勧告した」
「聞くとは思わぬが」
自分なら聞かない。
ベルーノはそう思い首を振った。
ヒルデガルドが頷く。
「そう。さすがにタダでとはいきませんでした。なれど、馬を置いて行くのならば追撃をしないとの確約を得ることができました」
「馬をだと?」
その程度でよいのか?
ベルーノは面食らった。
一息に攻め滅ぼすことも可能な戦力差があるのだ。
普通なら直ちに殲滅戦が始まっている。
なのに、馬を差し出せというのは条件としてぬるすぎる。
「妻の顔を潰すわけにはいかず、さりとて大軍を動かしておきながら、戦利品の一つもないでは格好がつかぬ。そんなところでございましょう」
秘書官が顔を寄せて囁いた。
「なるほど」
妻を敵に回したくはないだろうからな。
自分も第二皇女である妻には頭が上がらないのだ。
妥協せざるを得なかったのだとしても、わからなくはない。
「そこで、元皇女として、ベルーノ殿には馬を置いての退去を提案する」
退去。退却や撤退、ましてや敗走ではなく退去である。
歩いて去れというのは、貴族のベルーノには受け入れがたくもあるが、明白な敗北を喫するよりはマシ。
甘受可能なものだった。
「無為に犠牲者を増やすことは、我としても望むものではない。その提案、検討に値する。だが、即断はできぬ」
現状を見れば、飛び付きなくなるが、それをやっては舐められる。
体面を守ろうと必死だ。
「わかります。今夜一晩、ご検討ください。明日、日が昇るのを合図に移動を始めていただく。動きがなければ、開戦とします」
「承知した」
最後まで、ベルーノが尊大な態度を崩すことはなかった。
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