風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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第17話 目覚め行く ②

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 スラインローゼは、アモールとサラサに向き直る。

「アモール、サラサ。直接、上の階へ飛びます。わたしのそばに来てください」

 二人が女神の身体に触れるほど近づいた瞬間——白いもやが三人を包み込み、彼らの姿は消えた。

「・・・いってらっしゃい」

 シレーネの静かな声が、もやの中へと溶けていった。

     ◇

 辺りが白く霞み、甘い酩酊感に包まれる。
 まるで眠りに落ちる直前のような感覚——

 目を閉じ、しばらくして開けると、そこはまったく別の空間だった。

 黒大理石の床、白大理石の壁。
 まるで王宮の一室のような豪華な造り。

 だが、今の彼らに装飾を眺める余裕はなかった。

「今のゼナの力は、わたしにも計り知れません。これで最後にする覚悟が必要です。一度ゼナの前に出れば、後戻りはできませんよ」

 スラインローゼの言葉に、アモールとサラサは静かに頷く。
 もはや、迷う時は終わった。行動の刻なのだ。

「正直に言って、わたしはゼナと再びまみえるのが怖い。敗れるかもしれないという恐怖ではなく・・・顔を合わせるのが、会うのが怖いのです」

「・・・なんなら、俺たちだけで行こうか?」

 《記憶》の記憶を見たことで、ゼナの暴走の原因が少しだけ見えた気がするアモールが言う。

 スラインローゼの気持ちも、ゼナの気持ちも——少しずつ、理解し始めていた。

「ごめんなさい。別に弱気になったわけではないのです。ただ・・・」

「ただ、神族といえど感情を完璧に制御できるわけじゃない。悟ったような存在じゃないって言いたいんだろ? そんなこと、わかってるよ。シレーネとの再会を見てれば、自然とね」

 不完全だからこそ、哀しみも喜びもある。
 それこそが、命ある者の証なのかもしれない。

「話してる暇はなさそうです。魔気が急激に増加しています。このままでは、本当に世界が破滅してしまいますよ」

 サラサの声は冷静だったが、微かに震えていた。

 彼らがいるのは広めの広間。
 両開きの扉が一つあるだけで、他に目立ったものはない。

「ゼナは扉の向こうにいます。
 扉を開けたら、すぐに対魔障壁を張ります。

 サラサ、あなたにはわたしのサポートをお願いします。
 今のわたしでは、ゼナの力を受け止めることはできません」

「承知。やって見せましょう」

「アモール、あなたはわたしの側を離れないでください。
 魔術師は同時に二つの魔法を使えません。

 わたしが攻撃するには、障壁を解かなければならない。
 でも、それはゼナも同じ。

 機会を待ってください」

「それはいいけど・・・俺にはゼナを殺すことはできても、正気に戻すことなんかできやしませんよ」

 アモールは慌てて言う。
 ゼナと向き合うのは女神の役目。
 自分は援護するだけ——そう思っていたから。


「心配には及びません。サラサ、わたしの意識を封じた宝珠をアモールに渡してください」

 スラインローゼの言葉に、サラサが頷く。

「この宝珠には、女神としての意識だけが封じられています。

 今のわたしよりも、神らしい存在です。

 これをゼナにぶつければ、正気に戻すことはできなくても、暴走に歯止めをかけることは可能でしょう。

 そうなれば、後はどうとでもなります」

 スラインローゼが先頭に立ち、扉を開け放つ。
 アモールとサラサは黙って後に続いた。

 扉の向こうは、先ほどの部屋と似た広間。
 ただし、床が一段高くなった場所に、玉座のような椅子が置かれていた。

 その前に立っていたのは——ゼナ。

 《記憶》の記憶で見たときとは違い、服は整っていた。
 だが、瞳は血走り、狂気に満ちていた。


「待っていたぞ」


 ゼナの第一声は、スラインローゼに向けられていた。
 アモールもサラサも、眼中にない様子だった。

「久しぶりだな、スラインローゼ。新たな力に目覚めた私の魔術を見ることができるとは、あなたは運がいい」

「その驕りが、あなたを滅ぼすでしょう。魔に魅入られ、支配された者の末路ほど哀れなものはありません」

「ふふふ・・・口ではなんとでも言える。実力で証明してもらおう」

 ゼナはアモールに向き直り、挑発する。

「小僧、私を倒しに来たのであろう? かかってこないのか? 足がすくんで動けないのなら、私が引っ張ってやろうか?」

 ゼナの腕が蒼く光り、空気が震え始める。

「何をする気なんだ、あいつは?」

「魔気を集めています。そして、その圧力で私たちを押し潰そうとしているのです。サラサ、障壁に力を貸してください。これに耐えられれば、勝機はあります」

「はいっ!」

 スラインローゼとサラサが、アモールの左右に移動し、力を解放する。

 二人の魔力が融合し、光球となって三人を包む障壁が形成された。

「これが魔気の力だっ!」

 ゼナの叫びとともに、空気が発光しながら集まり、圧力が広間全体を包み込む。

 障壁がなければ、アモールもサラサも一撃で潰されていたに違いない。

「どうだ。これが今の私の力だ。貴女もじきに、私の足下に平伏すことになる」

「愚かな。力を誇示し、人を虐げることだけを追う者に、このわたしが平伏することなどありません。そんなことをするくらいなら・・・命を絶ちます!」

「強情な女だ。力ずくで屈服させてやってもよいのだぞ」

「あなたごときに遅れをとるわたしではありません。やれるものなら、やってご覧なさい」
 

 ——そして、二人の舌戦が始まった。


 そして・・・。

 しばらくの間、言葉の応酬が続いたが、決着の気配はなかった。

「・・・これでも神の一族なのかよ。人間の子供のほうが分別あるぞ」

 アモールが呆れて呟く。
 サラサもあくびをこらえている。

「・・・このままじゃ埒があかねぇな。無茶を承知で、大博打を張るしかねぇ。多少のリスクは覚悟の上ってことで・・・よし! やるっきゃない」

 アモールは決意を固め、サラサに囁く。

「サラサ、さっき渡した魔晶石の袋と、女神の宝珠をくれ」

「なにをする気なのですか?」

 サラサは袋と宝珠を手渡しながら尋ねる。

「なぁに、あの二人が素直になるためのきっかけを作ってやるのさ」

 アモールは袋から白の魔晶石を四つ取り出し、ゼナに向けて放つ。

 白の魔晶石が空中で弾け、光の渦が四方からゼナを締め上げるように巻きついた。

「ぐっ、お、おのれっ! 人間ごときが・・・! だが、こんなものっ・・・なぜだ・・・なぜ、私の力が通じぬ・・・!」

 ゼナの動きが止まったその瞬間——アモールは黄の石を三つ放ち、雷光がゼナを貫く。

 空気が焦げる匂いが広間に漂う。

「やめてっ!」

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