17 / 23
第17話 目覚め行く ②
しおりを挟むスラインローゼは、アモールとサラサに向き直る。
「アモール、サラサ。直接、上の階へ飛びます。わたしのそばに来てください」
二人が女神の身体に触れるほど近づいた瞬間——白いもやが三人を包み込み、彼らの姿は消えた。
「・・・いってらっしゃい」
シレーネの静かな声が、もやの中へと溶けていった。
◇
辺りが白く霞み、甘い酩酊感に包まれる。
まるで眠りに落ちる直前のような感覚——
目を閉じ、しばらくして開けると、そこはまったく別の空間だった。
黒大理石の床、白大理石の壁。
まるで王宮の一室のような豪華な造り。
だが、今の彼らに装飾を眺める余裕はなかった。
「今のゼナの力は、わたしにも計り知れません。これで最後にする覚悟が必要です。一度ゼナの前に出れば、後戻りはできませんよ」
スラインローゼの言葉に、アモールとサラサは静かに頷く。
もはや、迷う時は終わった。行動の刻なのだ。
「正直に言って、わたしはゼナと再びまみえるのが怖い。敗れるかもしれないという恐怖ではなく・・・顔を合わせるのが、会うのが怖いのです」
「・・・なんなら、俺たちだけで行こうか?」
《記憶》の記憶を見たことで、ゼナの暴走の原因が少しだけ見えた気がするアモールが言う。
スラインローゼの気持ちも、ゼナの気持ちも——少しずつ、理解し始めていた。
「ごめんなさい。別に弱気になったわけではないのです。ただ・・・」
「ただ、神族といえど感情を完璧に制御できるわけじゃない。悟ったような存在じゃないって言いたいんだろ? そんなこと、わかってるよ。シレーネとの再会を見てれば、自然とね」
不完全だからこそ、哀しみも喜びもある。
それこそが、命ある者の証なのかもしれない。
「話してる暇はなさそうです。魔気が急激に増加しています。このままでは、本当に世界が破滅してしまいますよ」
サラサの声は冷静だったが、微かに震えていた。
彼らがいるのは広めの広間。
両開きの扉が一つあるだけで、他に目立ったものはない。
「ゼナは扉の向こうにいます。
扉を開けたら、すぐに対魔障壁を張ります。
サラサ、あなたにはわたしのサポートをお願いします。
今のわたしでは、ゼナの力を受け止めることはできません」
「承知。やって見せましょう」
「アモール、あなたはわたしの側を離れないでください。
魔術師は同時に二つの魔法を使えません。
わたしが攻撃するには、障壁を解かなければならない。
でも、それはゼナも同じ。
機会を待ってください」
「それはいいけど・・・俺にはゼナを殺すことはできても、正気に戻すことなんかできやしませんよ」
アモールは慌てて言う。
ゼナと向き合うのは女神の役目。
自分は援護するだけ——そう思っていたから。
「心配には及びません。サラサ、わたしの意識を封じた宝珠をアモールに渡してください」
スラインローゼの言葉に、サラサが頷く。
「この宝珠には、女神としての意識だけが封じられています。
今のわたしよりも、神らしい存在です。
これをゼナにぶつければ、正気に戻すことはできなくても、暴走に歯止めをかけることは可能でしょう。
そうなれば、後はどうとでもなります」
スラインローゼが先頭に立ち、扉を開け放つ。
アモールとサラサは黙って後に続いた。
扉の向こうは、先ほどの部屋と似た広間。
ただし、床が一段高くなった場所に、玉座のような椅子が置かれていた。
その前に立っていたのは——ゼナ。
《記憶》の記憶で見たときとは違い、服は整っていた。
だが、瞳は血走り、狂気に満ちていた。
「待っていたぞ」
ゼナの第一声は、スラインローゼに向けられていた。
アモールもサラサも、眼中にない様子だった。
「久しぶりだな、スラインローゼ。新たな力に目覚めた私の魔術を見ることができるとは、あなたは運がいい」
「その驕りが、あなたを滅ぼすでしょう。魔に魅入られ、支配された者の末路ほど哀れなものはありません」
「ふふふ・・・口ではなんとでも言える。実力で証明してもらおう」
ゼナはアモールに向き直り、挑発する。
「小僧、私を倒しに来たのであろう? かかってこないのか? 足がすくんで動けないのなら、私が引っ張ってやろうか?」
ゼナの腕が蒼く光り、空気が震え始める。
「何をする気なんだ、あいつは?」
「魔気を集めています。そして、その圧力で私たちを押し潰そうとしているのです。サラサ、障壁に力を貸してください。これに耐えられれば、勝機はあります」
「はいっ!」
スラインローゼとサラサが、アモールの左右に移動し、力を解放する。
二人の魔力が融合し、光球となって三人を包む障壁が形成された。
「これが魔気の力だっ!」
ゼナの叫びとともに、空気が発光しながら集まり、圧力が広間全体を包み込む。
障壁がなければ、アモールもサラサも一撃で潰されていたに違いない。
「どうだ。これが今の私の力だ。貴女もじきに、私の足下に平伏すことになる」
「愚かな。力を誇示し、人を虐げることだけを追う者に、このわたしが平伏することなどありません。そんなことをするくらいなら・・・命を絶ちます!」
「強情な女だ。力ずくで屈服させてやってもよいのだぞ」
「あなたごときに遅れをとるわたしではありません。やれるものなら、やってご覧なさい」
——そして、二人の舌戦が始まった。
そして・・・。
しばらくの間、言葉の応酬が続いたが、決着の気配はなかった。
「・・・これでも神の一族なのかよ。人間の子供のほうが分別あるぞ」
アモールが呆れて呟く。
サラサもあくびをこらえている。
「・・・このままじゃ埒があかねぇな。無茶を承知で、大博打を張るしかねぇ。多少のリスクは覚悟の上ってことで・・・よし! やるっきゃない」
アモールは決意を固め、サラサに囁く。
「サラサ、さっき渡した魔晶石の袋と、女神の宝珠をくれ」
「なにをする気なのですか?」
サラサは袋と宝珠を手渡しながら尋ねる。
「なぁに、あの二人が素直になるためのきっかけを作ってやるのさ」
アモールは袋から白の魔晶石を四つ取り出し、ゼナに向けて放つ。
白の魔晶石が空中で弾け、光の渦が四方からゼナを締め上げるように巻きついた。
「ぐっ、お、おのれっ! 人間ごときが・・・! だが、こんなものっ・・・なぜだ・・・なぜ、私の力が通じぬ・・・!」
ゼナの動きが止まったその瞬間——アモールは黄の石を三つ放ち、雷光がゼナを貫く。
空気が焦げる匂いが広間に漂う。
「やめてっ!」
0
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
転生令嬢と王子の恋人
ねーさん
恋愛
ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件
って、どこのラノベのタイトルなの!?
第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。
麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?
もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる