風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第6話 知らなかったうずき

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 アモールは突然立ち上がった。

「……薪、拾ってくる。すぐ戻る」

 理由としては不自然だった。
 山小屋にはまだ薪が残っている。

 けれど、彼はそれ以上何も言わず、扉を開けて外の冷気へ飛び出していった。
 扉が閉まる音が、妙に大きく響いた。

「……どうしたんだろう」
 シレーネはひとり残され、静まり返った山小屋の中で膝を抱えた。

 胸の奥が、落ち着かない。
 さっきまでアモールが隣にいた場所が、
 ひどく温かく、そして寂しい。

(……変だな)

 祈りのときは、もっと近かった。
 もっと触れられていた。
 それなのに、アモールが離れた瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。

 寒さではない。
 もっと別の、名前のない感覚。
 シレーネはそっと胸に手を当てた。

 その動きは、祈りの『型』のひとつだった。
 幼い頃から繰り返してきた、身体を落ち着かせるための所作。

 自分の体に『祈り』のための準備をさせる。
 村の男たちを『祈り』に引き上げるための『見せる』動き。

 そう。
 ただの動きのはずだった。
 なのに——
 指先が触れるたびに、胸の奥がふわりと揺れた。

「……どうして」
 自分でも理由がわからない。
 ただ、胸の奥が熱くなる。

 息が浅くなる。
 息か詰まる。
 吐き出す吐息が甘くなる。
 祈りのときには決して生まれなかった反応。

 アモールの顔が浮かぶ。
 森で助けてくれたときの声。
 山小屋で見せた、あの揺れる瞳。

 思い出すたびに、
 胸の奥の熱が少しずつ強くなる。

「……アモール……?」
 名前を呼んだ瞬間、胸の奥がまたきゅっと縮んだ。

 指先が締め付けられる。
 教えられてきた正しい『型』が乱れてしまう。

 その理由が何なのか、
 シレーネにはまだわからない。
 ただ——

 初めて感じる『波』のような熱が、
 静かに、確かに広がっていった。

   ◇

 外の空気は刺すように冷たかった。
 アモールは深く息を吸い込み、肺の奥まで冷気を流し込む。

(……やばい)

 胸の奥がまだ熱い。
 さっきの距離、あの目、あの声。
 全部が頭から離れない。

「なんで……あんな顔するんだよ」
 無自覚なのはわかっている。
 わかっているのに、理性が揺れる。

(危ない女だ……)

 そう思うほど、足は山小屋へ向かっていた。

「……戻らなきゃ」
 理由を探す。
 そう。戻る必要がある。多分。

 薪が足りないとか、寒さが厳しいとか、
 そんな言い訳を心の中で並べた。
 けれど本当は——

 ただ、彼女をひとりにしておけなかった。
 伸ばす手を止めるのに、彼女の魅力はありすぎだった。

   ◇

 山小屋の扉をそっと開ける。

「……シレーネ?」
 返事はない。

 アモールは一歩踏み込んで、息を呑んだ。
 シレーネは眠っていた。

 焚き火の明かりに照らされ、白い肌が淡く光っている。
 衣の合わせ目がずれて、肩が露わになっていた。
 足の付け根までも。
 肉体への慰めが、そのまま睡魔を呼び込んだらしい。

(……っ)

 胸の奥が一気に熱を帯びる。
 さっき外で冷ましたはずの熱が、簡単に戻ってくる。

「……おいおい……」
 思わず目をそらす。

 けれど、視線はまた吸い寄せられる。
 眠っているだけなのに、無防備で、柔らかくて、どこか艶を帯びて見える。

(……抱きしめたら、どうなるんだろう)

 そんな考えが一瞬よぎった。
 その瞬間、アモールは自分に舌打ちした。

「……バカか、俺は」
 彼女は素人女だ。

 大人になり切れていない、何も知らない少女だ。
 森で助けただけの、ほとんど他人だ。
 それなのに——
 こんなにも心が揺れる。
 アモールは震える指先で、
 そっと毛布を手に取った。

「……風邪ひくぞ」
 自分に言い聞かせるように呟きながら、シレーネの肩に毛布をかけてやる。
 その瞬間、彼女が小さく息を漏らした。

(……やめろよ……)

 胸の奥がまた揺れる。
 理性が薄くなる。

 アモールは慌てて距離を取った。
 部屋の反対側まで下がり、壁に背を預けて座り込む。

「……危ねえ……ほんとに危ねえ女だ……」
 頭を抱えながら、それでも視線はシレーネから離れなかった。

 焚き火の明かりの中で眠る彼女は、無垢で、静かで、そしてどうしようもなく美しかった。
 アモールは深く息を吐いた。

(……守らなきゃいけないのに)

 その思いと、胸の奥のざわめきが、静かにせめぎ合っていた。

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