風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第7話 夢の中で

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 毛布の下で、シレーネの呼吸はゆっくりと落ち着いていった。
 胸の奥には、まだ熱の余韻が残っている。
 その余韻に引きずられるように、
 意識が静かに沈んでいった。

   ◇

 気づけば、広場に立っていた。
 雪が舞い、灯火が揺れ、
 祈りの声が遠くで響いている。

(……夢?)

 けれど、夢にしてはあまりにも鮮明だった。
 祈りの『型』を繰り返す自分の姿。

 周囲には、何人もの男たちが立っている。
 彼らの視線は熱を帯びていた。

 祈りのための熱。
 儀式のための熱。
 その中で——

 ひとりだけ、違う視線があった。

 ボルガン。

 他の男たちが祈りの言葉を口にする中、彼だけは言葉を失ったように、ただシレーネを見つめていた。
 その視線は、祈りの熱とは違う。
 もっと深くて、もっと静かで、胸の奥に触れてくるような熱だった。

(……どうして、そんな目で)

 夢の中のシレーネは、
 その視線から逃げるように背を向けた。

 すると、他の男たちは祈りを終え、
 ひとり、またひとりと帰っていく。
 雪の中に灯火が消えていくように、彼らの姿も薄れていった。
 けれど——

 ボルガンだけは、そこに立ち尽くしていた。
 帰らない。
 消えない。
 ただ、シレーネの背中を見つめ続けている。

(……どうして)

 胸の奥が、ふいに高鳴った。
 理由はわからない。

 祈りのときには決して生まれなかった、
 自分のための反応。

 ボルガンが、一歩、踏み出した。
 その足音が雪を踏む音となって響いた瞬間——
 胸の奥が、強く跳ねた。

「……っ」

 シレーネは目を開けた。

 山小屋の天井。

 焚き火の赤い光。

 静かな夜。
 夢の中の高鳴りだけが、まだ胸の奥に残っていた。

「……」

 シレーネは、胸の奥が跳ねる音で目を覚ました。
 焚き火の赤い光が揺れ、
 山小屋の天井がぼんやりと視界に入る。

(……夢?)

 さっきまでの光景が、鮮明に残っていた。
 祈りの灯火。
 男たちの熱い視線。
 そして——

 ボルガンだけが向けてきた、あの深いまなざし。

「なんで……あんな夢を……」

 胸の奥がざわつく。
 祈りのときには決して感じなかった、
 自分のための高鳴り。

(ボルガン……どうしてあんな目で……)

 意味がわからない。
 わからないのに、気になって仕方がない。
 混乱が胸の奥で渦を巻く。
 そのとき——


 ——北へ。


 あの声が、また響いた。
 耳元ではない。
 胸の奥の、もっと深い場所。

「……行かなきゃ」
 気づけば、身体が勝手に動いていた。

 毛布を落とし、ふらりと立ち上がる。
 衣の合わせ目が乱れ、肩が露わになっていることにも気づかない。
 扉へ向かって、小走りになる。

「北へ……北へ……」
 その背中に——

「待て!」
 アモールの声が飛んだ。

 次の瞬間、強い腕がシレーネの身体を抱き止めた。

「どこ行くつもりだよ!」
 アモールの胸に押し当てられたシレーネの身体は、まだ夢の余韻で熱を帯びていた。

「……北へ……呼ばれたの……」
「呼ばれたって……おまえ、服……!」
 アモールは慌ててシレーネの肩を覆うように抱き寄せた。

 その腕は強く、必死で、まるで彼女をこの世界に引き戻そうとするかのようだった。
 シレーネは戸惑いながら見上げた。

 アモールの瞳が、揺れている。
 怒りでも、呆れでもない。
 もっと別の、説明のつかない熱。

「……離すなよ。今のまま外に出たら……危ないだろ」
 その声は震えていた。

 シレーネを止めるための言葉なのに、どこか自分自身を抑え込むような響きがあった。
 シレーネは、胸の奥がまたきゅっと縮まるのを感じた。

(……どうして、こんなに……)

 夢の余韻と、アモールの腕の温もりが混ざり合い、
 胸の奥の混乱はさらに深まっていった。
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