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(R18)ファタール用改稿版
第8話 奪われる隙
しおりを挟むアモールの腕が、シレーネの身体をしっかりと抱き止めていた。
その腕の力は強く、必死で、まるで彼女をこの世界に繋ぎ止めようとするかのようだった。
「離してよ……! 北へ……行かなきゃ……!」
焦燥が胸を突き上げる。
夢の余韻と、胸の奥のざわめきが混ざり合い、自分でも制御できない衝動が身体を動かす。
アモールの腕を振り払おうとして——
「放してよ、ボルガン!」
その名前が、勝手に口から飛び出した。
言った瞬間、シレーネ自身が一番驚いた。
「……え? なんで……ボルガン……?」
自分の声が震えていた。
胸の奥がざわつく。
夢の中の視線がフラッシュバックする。
(どうして……アモールじゃなくて……)
混乱が一気に押し寄せる。
アモールの腕の中で、シレーネは自分の言葉の意味を理解できずにいた。
◇
アモールは、固まった。
腕の中の少女が、自分の名前ではなく、別の男の名を呼んだ。
「……ボルガン?」
声は低く、抑えられていた。
怒りではない。
嫉妬でもない。
もっと複雑で、もっと深い揺れ。
胸の奥がざわつく。
さっきまでの衝動とは違う種類の熱が、
静かに広がっていく。
(……ほかの男の名前が出るのかよ)
シレーネは必死に言葉を探していた。
「ち、違うの……! わたし……なんで……」
アモールは彼女の肩を掴んだまま、その揺れる瞳を見つめた。
「……夢、見てたんだな」
その声は、どこか苦かった。
「男の夢を」
シレーネは息を呑んだ。
否定しようとしたが、胸の奥のざわめきがそれを許さなかった。
アモールはゆっくりと腕を離した。
けれど、その瞳はシレーネから離れない。
そして、シレーネは自分の心の中しか見ていなかった。
「……そっか。あいつの名前が出るくらいには……」
言葉を途中で飲み込む。
続ければ、自分の気持ちが露わになってしまう。
シレーネは胸に手を当てた。
夢の余韻と、アモールの腕の温もりと、ボルガンの視線の残像が混ざり合い、胸の奥が苦しくなる。
(どうして……こんなに……)
アモールは深く息を吐いた。
「……行かせねえよ。北にも、誰のところにも」
その声は静かで、けれど確かに揺れていた。
◇
アモールの腕が離れた瞬間、シレーネは胸を押さえた。
(……苦しい……)
夢の余韻。
ボルガンの名前を口にしてしまった混乱。
アモールの腕の温もり。
「北へ」という声。
全部が胸の奥で渦を巻き、息がうまく吸えない。
「どうして……こんな……」
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
痛いのか、苦しいのか、それとも別の何かなのか、自分でもわからない。
アモールが心配そうに近づく。
「シレーネ、落ち着けって。深呼吸しろ」
「……っ、やだ……!」
シレーネは一歩、後ずさった。
アモールの手が触れそうになると、胸の奥のざわめきがさらに強くなる。
(触れられたら……また苦しくなる……)
逃げるように胸を押さえ、震える声で呟いた。
「……北へ……」
アモールが眉をひそめる。
「またそれかよ。なんで北なんだ」
「わからない……でも……行かないと……!」
胸の奥が、まるで誰かに引っ張られるように疼く。
その疼きが、恐怖にも似た焦燥を生む。
「とにかく……北へ行かないといけないの!」
叫ぶように言って、シレーネは扉へ向かって駆け出した。
毛布が足元に落ち、衣の合わせ目が乱れていることにも気づかない。
ただ、胸の奥の痛みから逃げるように——
導きに突き動かされるように——
扉へ手を伸ばした。
アモールの声が背中に飛ぶ。
「待て、シレーネ!」
けれど、シレーネは振り返らない。
(行かなきゃ……行かなきゃ……!)
胸の奥の声に追われるように、
扉を開けようとした。
その瞬間——
アモールの手が、再び彼女の腕を掴んだ。
「行かせねぇよ」
その声は低く、必死で、どこか震えていた。
アモールの腕の中で、シレーネは必死に暴れていた。
「離して……! 北へ……行かなきゃ……!」
声は震え、呼吸は乱れ、胸の奥の焦燥がそのまま身体の動きになっている。
アモールはその細い身体を抱きしめながら、自分の心臓が異様な速さで脈打っているのを感じた。
(……落ち着け。落ち着けって……)
けれど、
暴れるたびにシレーネの体温が腕に伝わり、乱れた衣の隙間から覗く白い肌が視界をかすめる。
そのたびに、胸の奥の理性が削られていく。
「シレーネ、やめろ……!」
声が低くなる。
必死に抑えているのが自分でもわかる。
シレーネは涙をにじませながら、胸を押さえて震えていた。
「苦しい……どうして……こんな……」
その表情が、アモールの理性をさらに揺らす。
(……やばい。ほんとに……やばい)
衝動が喉元までせり上がる。
抱きしめた腕に力が入る。
顔が自然と近づいてしまう。
あと少しで、
触れてしまう距離。
シレーネの震える息が、アモールの頬にかかった。
その瞬間——
アモールは歯を食いしばった。
「……ダメだ」
低く、かすれた声で呟き、
寸前で顔をそらした。
衝動と理性がぶつかり合い、
胸の奥が痛いほど熱い。
アモールはシレーネの頭をそっと抱き寄せ、震えを鎮めるように背を支えた。
「……大丈夫だ。落ち着け。俺がいる」
その声は、
衝動を押し殺したあとの、かすかな震えを含んでいた。
「…」
見上げるシレーネの瞳がせつない。
切なすぎて――
知らずに、唇を重ねていた。
もう耐えられなくなっていた。
腕が、シレーネの背中に回る。
キスが深くなっていく。
「……」
シレーネの息が落ち着いていく。
代わりに、胸の鼓動が大きくなる。
目が、閉じられた。
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