風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第36話 記憶の残り

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「……あっ、そういえば、スラインローゼの《記憶》が……」
 話題を変えるように、アモールは宝珠へ視線を向けた。

「魔獣は、私の人格と一緒に女神の《記憶》まで破壊しようとしていたんです。

 そのために、私の意識の外側を壊して、囚われていた少女たちの感覚を流れ込ませた。

 その結果として……私の中で、女神としての記憶と、人間としての本能が分離してしまったのです」

 彼女はそう言いながら、まだ火照りの残る身体をアモールに寄せた。
 その瞳には、どこか寂しげな光が宿っている。

「……今の私は、女神の《記憶》から分かれた“残り”なんです。肉体の記憶、未練……そういうものが形になって残ってしまった」
 でも、残り物にも意味がある。

 誰かに触れて、誰かを導くくらいのことはできるはずだから。
 視線が、アモールに絡みつくように向けられた。

「……そうか。じゃあ、君の名前は?」
「メモリーって呼んで。……記憶の残りだから」

「メモリー……悪いけど、俺、急いでるんだ。シレーネを助けなきゃならない。案内してくれるって言ってたよな?」
「うん、隠し通路があるの。私が案内する。……た・だ・し」
 語尾にスタッカートが入った瞬間、アモールは嫌な予感を覚えた。

「キスして。……まだしてくれてないでしょ?」
「……」
 複雑な思いが込み上げる。

 だが、彼女の瞳は真摯で、どこか切ない。
 アモールは静かに彼女の手を取り——そっと唇を重ねた。
 それは、感謝と祈りのようなキスだった。

 唇が触れた瞬間、時間が止まったようだった。
 風も、光も、すべてが静かに見守っている。

 メモリーは目を閉じたまま、微かに笑った。
 その笑みは、過去の痛みをそっと手放すようだった。
 誰かに触れて、ようやく自分を許せたのかもしれない。
 意識が完全に戻るまで、アモールは支え続けた。


「・・・これでいいかい?」

「うん、ありがと」

 メモリーは微笑みながら立ち上がり、手には女神スラインローゼの《記憶》の宝珠を握っていた。

「しっかり案内してくれよ。これで道に迷ったりしたら・・・生殺しにするからな」

 さっきまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、町娘のような軽い口調になったメモリーに、アモールは少し戸惑いながらも、そっと外套を彼女の肩にかけてやる。

「わかってるって、こっちよ!」

 妙に明るい返事に、一抹の不安を覚えながら、アモールは後に続いた。


 ——そして、その不安は数分で現実になる。

「あ、あれ? あんまり使ったことない通路だから・・・」

「だから?」

「迷っちゃったみたい、あはははは」

 仏頂面で睨むアモールの視線を、笑ってごまかすメモリー。

「あのな、『あはははは』じゃないだろ。なんとかしろよ」

「しょうがないでしょ。今の私は女神の《記憶》とは別物なんだから、曖昧にもなるわよ」

「・・・他の場所を探したほうがいいんじゃないのか?」

 はじめから期待していなかっただけに、アモールの諦めは早かった。

「う~ん。でも、なんか変なのよ。この辺りに来ると、記憶がぼやけるの。まるで、そこだけ抜け落ちてるっていうか・・・隠されてるっていうか」
 まるで、誰かが意図的に記憶の一部を塗りつぶしたような、そんな感覚だった。

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