風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第44話 侵食と祈り

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 アモールの危機は、シレーネの『想い』によって、回避された。
 しかし、シレーネ自身の危機は、目の前に迫っている。

「わたくしは、いたって無芸な人間でしてね。生物の能力を強化すること以外、取り柄がないのですよ」
 ダルトンは喉の奥で笑いながら語る。
 その顔は、まるで何かに酔っているかのようだった。

「この子は、そんなわたくしの自慢の一匹でして。

 本来は目に見えないほど小さな生き物なのですが、わたくしの力で大きくしてあげたのです。

 するとですね……人の『精神』に寄生し、意志を溶かして食べるという特性があることが判りましてね。

 ゆっくりと、ねぇ……」

「い、いやぁっ!」
 シレーネは叫び、自由の利く足で蹴りを入れる。

 だが怪物は粘りつく身体で石台に張り付き、動じることなく近づいてくる。
 その動きはナメクジのように緩やかで、逆にシレーネの恐怖を長引かせるだけだった。

「ヒィッ……!」
 怪物の先端が、ついにシレーネの腕に触れる。

 触れた瞬間、冷たい感覚が皮膚を通り抜け、
 心の奥に『何か』が入り込もうとする気配が走った。

「や、やめて……お願い、やめてぇ……!」
 シレーネは頭を振り、哀れみを乞う。

 だが怪物は止まらない。
 粘りつく動きで、彼女の精神を侵そうと這い寄ってくる。

「ッ……!」
 鎖が鳴り響くほど、シレーネは必死にもがき続ける。
 だが逃げ場はなかった。

「抵抗するだけ、無駄なのですよ。どうやったところで、逃げ場などありはしないのですから」
 ダルトンの声は表面上優しく、だがその裏には冷酷な意図が隠されていた。

「わたくしのかわいい怪物ちゃんに、あなたの『心』を委ねるのです。そうすれば、あなたは自分を保てなくなり……新たな器として完成するでしょう」
 シレーネは恐怖と怒りで震えながら、心の中で母の言葉を思い出していた。

 ——自分を見失わないこと。

 恐怖に飲まれそうな心を、母の声が支えてくれる。
 それだけが、今の私を『私』にしてくれている。

「嫌よ。絶対、ずぇ~ったい屈伏なんかするもんですか!」
 シレーネは震える声で叫んだ。
 涙をこぼしながらも、気丈に顔を上げる。

「ホッホッホッ……さすがはスラインローゼの娘御。その強がりが、いつまで持つか試させていただきましょう。わたくしの怪物は、これ一匹ではありませんからなぁ。ヒッヒッ
 ヒッ」

 不気味な笑いを残し、ダルトンは姿を消す。
 その場に残されたシレーネは、初めて怪物の動き以外の声を漏らした。

「……アモール……助けて……」
 気丈な仮面をかなぐり捨て、震える声で名を呼ぶ。
 頬を伝う涙が、床に落ちてはじけた。

  ◇アモール視点◇

「ハァ・・・ハァ・・・・・・こ、これじゃ埒があかねぇな・・・いっそ殺しちまうか・・・それで封印が解けねぇとも限らねぇし・・・」

 アモールは息を荒げ、全身を傷で染めながら呟く。
 《心》の攻撃を避けるのが、限界に近づいていた。

「アモール!!」

 メモリーの悲鳴にも似た叫びが響く。

 その一瞬の隙を突いて、《心》が錫杖を振り下ろす。 
 体勢を崩していたアモールには、避ける術がなかった。


 ——シレーネ、すまない。


 目を閉じ、覚悟を決める。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 だが——斬撃の音も、血の飛沫も、聞こえてこなかった。

 恐る恐る目を開けたメモリーが見たのは、不審そうに辺りを見渡すアモールと、彼を包む半透明の結界。

 《心》は自らの魔力に弾かれ、壁にもたれていた。
 口元には血が滲み、かなりのダメージを受けたようだった。


 アモールは自分の身体を見下ろした。
 傷はそのまま。
 痛みも消えていない。
 なのに——

「……今の、なんだ……?」
 自分を包む半透明の結界は、まるで呼吸するように脈打っていた。

 熱い。
 けれど、焼けるような熱さじゃない。
 胸の奥に、微かに残っている『あの熱』と同じだった。
 メモリーが震える声で呟く。

「アモール……それ……まさか……」
 アモールは答えられなかった。
 理解が追いつかない。
 だが、胸の奥で確かに聞こえた声だけは、
 忘れようがなかった。

 ——アモール。

 あの優しくて、
 泣きそうで、それでいて火のように熱い声。

(……シレーネ……?)

 結界がふっと揺れた。
 まるでその名に応えるように。
 《心》がよろめきながら立ち上がる。
 その瞳には、先ほどまでなかった『恐れ』が宿っていた。

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