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(R18)ファタール用改稿版
第45話 心ではなく、感情
しおりを挟む「どうやら、絶妙のタイミングで間に合ったようですわね」
聞き覚えのある声が、半開きの扉の向こうから響く。
そこに見えたのは、しなやかな栗毛——
「・・・サラサか? サラサなんだな!」
アモールは痛みも忘れ、叫ぶように名を呼んだ。
サラサは、世界四大教団の一つ・シリア教会の神官。
防護結界を張るなど、彼女にとっては造作もないことだった。
「足を引っ張るだけかと思いましたが、後を追ってきて正解でしたわね。思いのほか強力な結界を張れたようですし」
サラサは自分の手を見下ろし、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。
——こんなに出力を上げた覚えはないのに。
だが、その違和感はすぐに流してしまった。
飾り気のない笑顔を浮かべてみせる。
その笑顔だけで、アモールは全身の痛みが和らぐような気がした。
「・・・あぁ、助かったよ。正直、絶対に死んだと思ったからね。自分のことながら」
はにかむように笑うアモール。
だが、その表情はすぐに苦悩に変わる。
《心》は気を失っているが、いずれ目を覚ます。
そして、また襲いかかってくるだろう。
「どうしたんだ? メモリー、なにかあるのか?」
サラサの登場で空気が変わったその中、メモリーが小首を傾げているのを見て、アモールが声をかける。
「思うことがあるなら、なんでもいいから言ってくれ。それが突破口になるかもしれない」
アモールは、メモリーに向かって言った。
彼女は女神スラインローゼの《記憶》を宿していた存在。
ならば、《心》との何かしらの繋がりがあるかもしれない——そんな希望にすがるのも、今の状況では当然だった。
「・・・考えたんだけど、もしかしたらあの子、自分が誰なのか判ってないんじゃないかな。普通は、どんなに感情が爆発しても、やっちゃいけないことはやらないようにできてるでしょ? でも、あの子にはそういう制止するものがない気がするんだよね・・・なんとなくだけど」
メモリーは自信なげに言いながら、上目遣いでアモールを見る。
その視線の先で、アモールは呆けたように立ち尽くしていた——
バシィ!
突然、室内に甲高い音が響く。
アモールが自分の頬を思い切り叩いたのだ。
「俺はなんてバカなんだ・・・!」
自分の愚かさを呪うように、アモールは悔しげに唸る。
「どうしたのですか? 急に・・・」
サラサが心配そうに問いかける。
「忘れてたんだよ。あそこに倒れてるのは《心》じゃない。《心》は封印されるときに二つに分かれた。あれは《感情》だったんだ。暴走した《感情》を抑えられるのは、《記憶》でも《力》でもない——《理性》だったんだ!」
言いながら、アモールはすでに動いていた。
手に入れていた《理性》と《記憶》の宝珠を、気を失った《感情》のもとへと運び、その眼前に並べて置く。
そして、ゆっくりと後退した。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
三人が見守る中——二つの宝珠が緑色の光を放ち始める。
それに呼応するように、女性の姿をした《感情》と、錫杖に封印された《力》も同じ光に包まれていく。
四つの光が絡まり合い、互いを確かめるように揺れ動き——やがて、強烈な光の渦となって一つに融合する。
まるで、長い眠りから目覚めた魂たちが、再び手を取り合うように。
そして—— 淡い藍色の宝珠が残され、女と錫杖は砂となって消えた。
「・・・これで、女神スラインローゼの意識が蘇ったわけだ。あとは実体を見つけさえすれば、復活が見られるってわけだな」
アモールは宝珠を拾い上げ、誰に言うともなく呟く。
その声には、死を覚悟した恐怖が消え、安堵が滲んでいた。
だが——
「それはそうと、サラサ。マルコはどうしたんだ? まさか、置き捨ててきたんじゃなかろうな!!」
いつになく荒い口調で問い詰めるアモール。
命の恩人への感謝よりも、仲間の安否が気になっていた。
「置き捨てた、というのは表現が悪すぎます。せめて、『置き去りにした』くらいにしていただかないと・・・」
サラサは微笑みながら答える。
「危険にさらしたくなかったので、結界を二重に張った部屋に寝かせてきました。かなり無理をしていたようで、横になるとすぐに寝息を立てていましたわ。きっと、明日の朝まではぐっすり眠っているでしょう」
アモールの優しさを知っているサラサは、その言葉に温かな笑みを添えていた。
「心配なら、シレーネさんを早く見つけて、寝た子が起きる前に戻ればいいでしょう?」
「・・・あぁ、そうだな。 それをこそ、マルコも望むはずだった」
アモールは、これまで以上の決意を込めて天井を見上げる。
その先に—— シレーネが、そして女神スラインローゼの実体が、きっと待っている。
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