風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

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(R18)ファタール用改稿版

第47話 涙のあとに残るもの

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 怪物の触手から解放され、虚脱したまま床に横たわるシレーネを、アモールはそっと抱き起こした。
 その腕の中で、汗と涙に濡れたシレーネが、かすかに微笑む。

「……やったわね……」
「あぁ。お前が耐えてくれたからだ」
 アモールの声は、戦いの直後とは思えないほど優しかった。

 その声音に触れた瞬間、シレーネの胸の奥で、まだ消えきらない『火』がふっと揺れた。
 アモールは右腕を振り抜き、剣を後方へ投げ放つ。
 放物線を描いた刃は、床に転がるダルトンへと吸い込まれるように飛び——

「ぐぎゃあぁぁぁ!!」
 断末魔が響いた。

 だがシレーネは、その声に一切反応しなかった。
 彼女の世界には、もうアモールしかいなかった。

「……アモール……」
 次の瞬間、シレーネはアモールの胸にしがみついた。

「アモール……アモール……アモール……っ……!」
 堰を切ったように涙があふれ、震える指がアモールの服を掴む。
 アモールは驚いたように目を瞬かせたが、すぐにその背を包み込むように抱きしめた。

「シレーネ……もう大丈夫だ。俺がいる」
 その声は、戦士のものではなく、ただ一人の少女を守りたいと願う男の声だった。
 シレーネの涙が、アモールの胸を濡らしていく。

「好きなだけ泣け。あんな奴のことは、涙と一緒に流して忘れちまえ。……お前は、よく頑張った」
 その言葉に、シレーネの身体から力が抜けていく。
 アモールの腕の中は、恐怖に凍りついた心を溶かすように温かかった。

「……アモール……怖かった……でも……あなたの声が……聞こえたの……」
「俺も聞こえた。お前が呼んでくれたから、立てたんだ」
 二人の額が触れ合うほど近づく。

 呼吸が混ざり合い、胸の奥の火が再び小さく揺れた。
 その瞬間——

「ヒューヒュー、お熱いねぇ。お二人さん」
 扉の向こうから、場違いな声が響いた。
 アモールは舌打ちしそうになるのを必死でこらえた。

「メモリー、サラサ。のぞきなんて、レディのすることじゃないぞ! だいたい、人が必死に戦ってた間、おまえらは何してたんだ?」

 だが、シレーネを抱きしめている姿では、まったく迫力が出ない。
 その姿は、まるで叱る父親と甘える娘のようだった。
 それに気づき、アモールは苦笑する。

「こっちは大変だったんだぞ」

「そんなこと言ったって、扉が開かなかったんだから仕方ないでしょう!」

「魔術で封印されていたのです。ひどく強力で、わたくしの力ではどうすることもできなくて・・・すみません」

「まぁ、声をかけるタイミングはちょっと狙ったけどね~」
 ペロッと、メモリーが舌を出す。
 サラサはさっと視線を背けた。

 それでも、サラサは本当に申し訳なさそうな表情を浮かべている。
 それを見て、アモールはそれ以上責める気を失った。

「・・・まあいいか。 それより、ダルトンは死んだ。あとは女神スラインローゼを蘇らせて、ゼナの暴走を止めれば万事解決だ」

 アモールは、シレーネに向き直る。

「シレーネ、君は知ってるんじゃないか? 女神の実体がある場所を」

 ダルトンの性格からして、捕らえたシレーネに自慢げに話していた可能性は高い——そう思って尋ねたのだが、実際には彼女が気絶から目覚めた直後、ほんの短い時間だけ話をしていたのだった。

「・・・あの、氷の中よ」

 シレーネは静かに答えた。


 シレーネは、氷の中に眠る女神——母を指差した。
 幼い頃に捨てられたことへの怒りはもうなかった。
 けれど、娘が苦しんでいるのをそばで見ながら、何もしてくれなかったことには、少しだけ寂しさと苛立ちを感じていた。

「意識はあるみたいだったから、氷を壊せば出てくるわよ」

 そう言いながらも、シレーネの声には複雑な感情が滲んでいた。

「この氷は普通のものではありません。強力な魔術処理が施されています。物理的な衝撃では壊せませんよ」

 サラサが氷に手を当てて、静かに断言する。

「じゃあ、どうすりゃいいんだ? 魔晶石で吹っ飛ばすか?」

 アモールが懐から黄色、青、白の魔晶石を取り出す。

「いえ、それでは中の実体にも害が及びます。シレーネさんの話では意識があるとのことですし、ここは本人に中から割ってもらうのが一番です。緑の石は持っていますか?」

 アモールは無言で、緑の魔晶石を取り出す。
 それは、体力の回復や毒・麻痺の治癒に使われる石だった。

「こんな場合に役に立つのか?」

 疑問を口にしながらも、アモールは袋ごとサラサに手渡す。

「この氷は、中にいる者の体力を吸収して防御力を高めています。ですが、それを上回る生命力を発すれば、内側から崩れるはずです。この石で女神の力を回復させれば、自分の力で出てこられるでしょう」

 サラサは迷うことなく、緑の魔晶石をすべて使い、氷の中の女神へと力を注ぎ込んだ。

 緑の光が、サラサの手から氷へ、そして女神へと伝わっていく——光が最も強く輝いた瞬間、すっと消えた。

 次の瞬間、氷柱に内側からヒビが入り、崩れ始める。

 女神の瞳が、ゆっくりと開きかける。


 ——スラインローゼの蘇生が始まった。

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