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(R18)ファタール用改稿版
第58話 エピローグ
しおりを挟む小高い丘の上に立ち、蒼く広がる水平線を見つめる。
そこにはもう、氷の道も氷山もなかった。
凪いだ海原が、ただ静かに横たわっている。
波の音も、どこか優しく響いていた。
「マリーナ!」
海岸のほうから、二つの呼び声が聞こえる。
姿を現したのは、口髭をたくわえた大男。
優しい瞳をしていた。
「父ちゃん!」
驚きと喜びが入り混じった声を上げ、
マリーナが駆けていく。
アモール、サラサ、メモリーには再会する人はいない。
二人の後を、遠慮がちにゆっくりと追いかけるだけだった。
「父ちゃん!」
もう一度呼びながら、マリーナは熊のような大男の胸に飛び込む。
どう見ても似ていない。
むしろ、別の生き物のようにすら見える。
間違いなく、マリーナは母親似だった。
それにしても、こんな大男に抱かれて壊れなかったのは奇跡かもしれない。
「マリーナ! このおきゃんが、親に心配かけるなんざふてい野郎だ!!」
「い、痛い! 痛いよ、この馬鹿力!!」
丸太のような腕の中で、手足をばたつかせながらマリーナが喚く。
語尾が涙声になっていることに、本人は気づいていない。
「ある海賊に賞金が懸かっててな。一攫千金を狙って追いかけてたんだが、
連中がカリスの港でたむろしてやがった。
捕まえて縛り上げてたら、おまえらが北の大陸に渡ったって情報が入ってな。
だから、こうして迎えに来たってわけだ。ありがたく思えよ」
その海賊とは、マリーナに因縁をつけたあの連中に違いない。
冒険の始まりを告げた因縁が、ここで回収されるとは——
マリーナの父は、ただの船乗りではなかった。
海賊退治専門の賞金稼ぎだったのだ。
「奴らをノーウッドの監獄島に引きずっていきゃ、
母さんの夢だった酒場兼宿屋の開店費用ができる。
そしたら、あの船も売って、どこかの港で、おまえと一緒に暮らそうって……思ってるんだがな」
「……父ちゃんも、覚えてたんだ。もう、忘れてるのかと思ってた……」
「てめぇの親父様を見縊るんじゃねぇ」
照れ隠しなのか、両拳でマリーナのこめかみをグリグリ。
痛みに顔を歪めながらも、マリーナの表情はどこか嬉しそうだった。
少し離れた場所では、
シレーネがボルガンの手を握ったまま、静かに涙をこぼしていた。
アモールに泣きついたときとは違う、心から許せる人の前で流す涙だった。
ボルガンは黙ってその手を包み込み、朝焼けの海を一緒に見つめていた。
「……もう、どこにも行かないんだよな」
「行かないわ。ずっと……あなたのそばにいる」
ボルガンは照れくさそうに頭を掻き、小さく呟いた。
「……じゃあ、その……結婚してくれるのか?」
シレーネは微笑み、ゆっくりと頷いた。
朝焼けの光の中、二人の影が静かに重なった。
その様子を見ながら、アモールがぽつりと呟く。
「見せつけてくれるよな……俺も独身主義返上して、誰か連れて歩こうかな」
「じゃあ、わたしが立候補!!」
メモリーが手を上げる。
アモールは苦笑し、肩をすくめた。
「……立候補って、おまえなぁ」
「だって、わたし他に行くとこないんだもの」
その瞳は、珍しく真剣だった。
アモールは少しだけ目を伏せ、
海風に髪を揺らしながら呟く。
「……そうか。じゃあ、とりあえず……旅のお供から、だな」
メモリーの顔がぱっと明るくなる。
「ほんとうに?」
「ああ。俺は風みたいなもんだ。
すぐどっか行っちまうかもしれねぇ。
それでもよけりゃ……ついてこいよ」
「うん。糸の端、ちゃんと持ってるから」
アモールは照れくさそうに笑った。
「……なら、いつか迎えに行く理由にもなるな」
◆ 新しい時代へ
シレーネとボルガンは村に戻ったらすぐに式を挙げ、
マリーナに対抗して宿屋を始める予定だという。
あの様子だと、かかあ天下になるな——
それが一同の共通見解だった。
彼らはマリーナの父の船に乗り、最後の航海へと出た。
新たな街での暮らしを目指して。
カリスの港に寄港したとき、街は数千人の人々で埋め尽くされていた。
天候の急激な変化で、世界が変わったことが明白だったからだ。
北の大陸から熱い雪雲が晴れ、
日差しの下で白く輝いている。
人々は、新しい時代の幕開けを祝おうとしていた。
その中には、シレーネの村の長老や村人たちの姿もあり、シレーネとボルガンはあっという間に人の波に呑み込まれていった。
その様子を、アモール、サラサ、メモリー、マリーナは
港を離れる船の上から静かに見つめていた。
メモリーは、風に髪をなびかせながら自分に向けて呟いた。
『記憶は過去にある。でも、わたしは未来を待ってる』
神話の時代を、唯一身に宿す。
本来存在しない『人間』の、それは灯だった。
騒ぎに巻き込まれたくなかったというのもあるが、彼らには、勇者と呼ばれるべきはシレーネだけだと思えた。
彼女がいなければ、誰も冒険に加わることなく、すべてが終わっていたに違いない。
いつか必ず、逢いに来ることを心に誓って——
アモールたちは、カリスの港町を後にした。
さよならの一言さえ、告げることなく。
「行っちまったな。ほんとに良かったのか? さよならも言わないまま別れて」
群衆を抜け、街を出たボルガンとシレーネは、海辺に立って水平線に沈む夕陽を見つめていた。
「いいの。あの人は風だったのよ。
あたしの中を通り過ぎていくだけの。
だから、さよならは言わない。
季節が巡れば、いつかまた逢えるでしょうから」
「風……か?」
「そうよ。だって、彼の名はアモール。風と恋の神」
——そう、ある神話では、恋の神をアモールと呼ぶのだ。
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