風のアモール ~祈りの巫女と二人の男~

葉月奈津・男

文字の大きさ
59 / 84
(R18)ファタール用改稿版

第59話 あの日から、十年の歳月が流れた

しおりを挟む
 

 シレーネとボルガンは、村に戻ってすぐに結婚式を挙げた。
 誰もが望んでいたことだったし、煮え切らないボルガンに対して、そろそろ決断しろという空気が村中に満ちていた頃だった。

『巫女』としての立場は都合よく忘れ去られた。
 主導していた村長もまた役目を終えて引っ込み、表には二度と出てこなかった。

 ボルガンの母がこの日のために縫っていた純白のドレスは、飾り気のない、どこか地味なものだった。
 けれど、それがかえってシレーネの慎ましさを引き立てていた。

 ボルガンも一張羅で挑んだ晴れ舞台——だったはずが、緊張のあまり手と足が同時に出るという失態を演じ、村人たちの笑いを誘った。

 でも、結婚式の主役は花嫁。
 花婿は、あくまで引き立て役なのだ。
 彼ほど、その役目を完璧にこなした者はいないだろう。

 村から離れたところに宿屋も完成し、今ではしっかり営業している。
 木の温もりが伝わる、小さくて居心地の良い宿。
 シレーネの優しさが、そこかしこににじみ出ていた。

 店を切り盛りするのはシレーネ。
 ボルガンは今も山に入り、木こりと狩人を兼ねて、シレーネの料理に使う食材を集めている。

 二人の間には、八歳の女の子と五歳の男の子がいる。
 名前はメイムとアル。
 ——そう、メモリーとアモールから取った名前だった。

 宿の前には、小さな花壇がある。
 新婚の頃、ボルガンが山から持ち帰った花を、シレーネが一輪ずつ植え替えて育てたものだ。

 今、その花壇の前で、子どもたちが草むしりを手伝いながら、じゃれ合っている。

 シレーネは、ボルガンのために編んでいたセーターの手を止め、その様子を優しく見守っていた。

「お父さんだ!」

 木々の間から現れたボルガンを見つけ、アルが叫ぶ。

 子どもたちが一斉に駆け出す。
 シレーネも立ち上がり、夫の帰りを迎える。

 だが、子どもたちの足が途中で止まった。

 ボルガンは一人ではなかった。
 見覚えのある顔ぶれを連れていたのだ。

 三~四歳の子どもを連れた夫婦らしき男女。
 仲の良さそうな姉妹のような女性二人。

「懐かしい客を連れてきたよ」

 ボルガンの声が届くより早く、シレーネの視線は、彼らに釘付けになっていた。

 白鳥の刺繍がまぶしい神官服の女性——サラサ。

 栗色の髪と瞳を持つ、ボーイッシュな娘——マリーナ。

 子どもを抱いた、少し所帯じみたけれど幸せそうな女性——メモリー。

 そして、歴戦の傷跡を刻んだ、屈強な男——アモール。


「わかるだろ? サラサ、マリーナ、アモール、メモリー。そして、シーネちゃんだ」

 ——シーネ。
 きっと、シレーネの名から取ったのだろう。

 そんなことは知らず、シーネはシレーネに手を伸ばして笑った。

 けれど、シレーネはまだ気づいていないようだった。
 驚きと戸惑いで、心ここにあらずの様子。

 それでも、ボルガンの言葉に反射的に頷き、やがて、深く息を吐いて——

 最高の笑顔で、最高の客を迎え入れた。

「いらっしゃいませ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

そんな彼女の望みは一つ

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢がそのまま攻略対象である許嫁と結婚させられたら?ってお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

令嬢の皮を被ったヘビースモーカー、侍女に化けて敵情視察。〜猫を拾ってタバコを吸っていただけなのに、なぜか次期伯爵に愛の告白をされました〜

御厨そら
恋愛
「婚約破棄されたのよ!」 最悪に仲の悪い姉・ルイーザが泣き崩れる姿を見て、妹のフィオレは歓喜した。 自室にダイブして爆笑し、お祝いに父の書斎からくすねた一級品の葉巻をくゆらす——。 ​そんなフィオレに、父が下した命令は「姉を振った男、ライネーリ伯爵邸への潜入調査」だった。 黒髪おカッパのカツラにメガネ、そばかすメイクで別人『侍女モニカ』に変装し、いざ敵地へ! ​……のはずが。 厨房の男と隠れてタバコを吸い、子猫のルーを拾って可愛がり、義眼の同僚と秘密を共有し、気づけば屋敷の面々と仲良くなっていく。 さらには、姉を振ったはずの次期伯爵ジェラルドが、なぜか偽姿のフィオレを執拗に追いかけてきて……? ​「君に行ってほしくないんだ。結婚してくれ、フィオレ」 ​ちょっと待って。私、変装してるよね? そもそもアンタ、お姉ちゃんの元婚約者でしょ!? そして潜入先の書斎で見つけた、**『次女フィオレは10年前に死亡している』**という不可解な報告書の謎。 ​一つの体を共有する姉妹の、あまりに歪で、あやしい「ヒ・ミ・ツ」の物語。

処理中です...