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(R18)ファタール用改稿版
第59話 あの日から、十年の歳月が流れた
しおりを挟むシレーネとボルガンは、村に戻ってすぐに結婚式を挙げた。
誰もが望んでいたことだったし、煮え切らないボルガンに対して、そろそろ決断しろという空気が村中に満ちていた頃だった。
『巫女』としての立場は都合よく忘れ去られた。
主導していた村長もまた役目を終えて引っ込み、表には二度と出てこなかった。
ボルガンの母がこの日のために縫っていた純白のドレスは、飾り気のない、どこか地味なものだった。
けれど、それがかえってシレーネの慎ましさを引き立てていた。
ボルガンも一張羅で挑んだ晴れ舞台——だったはずが、緊張のあまり手と足が同時に出るという失態を演じ、村人たちの笑いを誘った。
でも、結婚式の主役は花嫁。
花婿は、あくまで引き立て役なのだ。
彼ほど、その役目を完璧にこなした者はいないだろう。
村から離れたところに宿屋も完成し、今ではしっかり営業している。
木の温もりが伝わる、小さくて居心地の良い宿。
シレーネの優しさが、そこかしこににじみ出ていた。
店を切り盛りするのはシレーネ。
ボルガンは今も山に入り、木こりと狩人を兼ねて、シレーネの料理に使う食材を集めている。
二人の間には、八歳の女の子と五歳の男の子がいる。
名前はメイムとアル。
——そう、メモリーとアモールから取った名前だった。
宿の前には、小さな花壇がある。
新婚の頃、ボルガンが山から持ち帰った花を、シレーネが一輪ずつ植え替えて育てたものだ。
今、その花壇の前で、子どもたちが草むしりを手伝いながら、じゃれ合っている。
シレーネは、ボルガンのために編んでいたセーターの手を止め、その様子を優しく見守っていた。
「お父さんだ!」
木々の間から現れたボルガンを見つけ、アルが叫ぶ。
子どもたちが一斉に駆け出す。
シレーネも立ち上がり、夫の帰りを迎える。
だが、子どもたちの足が途中で止まった。
ボルガンは一人ではなかった。
見覚えのある顔ぶれを連れていたのだ。
三~四歳の子どもを連れた夫婦らしき男女。
仲の良さそうな姉妹のような女性二人。
「懐かしい客を連れてきたよ」
ボルガンの声が届くより早く、シレーネの視線は、彼らに釘付けになっていた。
白鳥の刺繍がまぶしい神官服の女性——サラサ。
栗色の髪と瞳を持つ、ボーイッシュな娘——マリーナ。
子どもを抱いた、少し所帯じみたけれど幸せそうな女性——メモリー。
そして、歴戦の傷跡を刻んだ、屈強な男——アモール。
「わかるだろ? サラサ、マリーナ、アモール、メモリー。そして、シーネちゃんだ」
——シーネ。
きっと、シレーネの名から取ったのだろう。
そんなことは知らず、シーネはシレーネに手を伸ばして笑った。
けれど、シレーネはまだ気づいていないようだった。
驚きと戸惑いで、心ここにあらずの様子。
それでも、ボルガンの言葉に反射的に頷き、やがて、深く息を吐いて——
最高の笑顔で、最高の客を迎え入れた。
「いらっしゃいませ」
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