ユビラーテの夜に ~クレッシェンド・オブ・スターズ~

葉月奈津・男

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第5話:姫と平民と、涙の距離

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 そこには、青く輝く大きな球体が浮かんでいた。
 真珠みたいな光をまとった、どこか懐かしい星。
 その隣には、ひとまわり小さな白い球――月だ。

「……地球、か」

 確認でも疑問でもない。
 ただ、自然と口から漏れた。

 オレは、それが自分の故郷だとわかっていた。
 そして、今自分が宇宙にいることも――信じたかった。

 男なら一度は夢見る宇宙。
 そのど真ん中に、今オレは立ってる。
 ……これ以上アツくなれるシチュエーション、あるか?

 アミルナの言動、変わった瞳や髪の色。
 全部が、今なら納得できる。

「ってことは……君って、星の王女様ってとこ?」

 冗談半分で言ったつもりだった。
 でも、その瞬間――

「なぜわかった!」
「その秘密をどこで知った!!」

 周囲から怒号が飛ぶ。
 ようやく気づいた。
 アミルナのまわりには、十数人の男たちがいた。
 今まで彼女の存在感が強すぎて、まったく目に入ってなかった。

「薮蛇すぎるだろ! でも、つまりはそうなんだろ? 姫様ってやつ」

 オレがそう言うと、男たちは一斉に口をつぐんだ。
 その反応が、何よりの答えだった。

「そうです。姫様は、我らがカンターピレ王国の第三王女、アミルナ・プライン・カンターピ様であらせられます」

 白髪の老人――たぶん侍従長だろう――が、静かに告げた。

「ルナでよい。わたしは堅苦しいのは好まぬでな」

 ……いや、その言い方がすでに堅苦しいんだけど。
 とはいえ、アミルナには不思議と似合ってた。

「じゃあ、オレも改めて自己紹介を。オレは眉村新一――って、いや、シンでいいや。みんなそう呼ぶし」

 その瞬間、場の空気がピタリと止まった。

 ……さて、どうするつもりだ? 
 オレが『姫様の正体』を知ってしまった今、彼らにとってオレは――余計な存在だ。

 馬鹿馬鹿しい。
 オレは、あきれていた。

 地球に置き去りにされたところで、オレが彼らの“隠したい何か”に接触できるわけがない。
 考えるまでもない。
 ……はずだった。

 でも――ふと、嫌な想像が頭をよぎる。

 そういえば、あいつらが地球に来た目的って、なんなんだ? 
 もし、三流SFみたいに『地球侵略』が目的だったら……オレは、確実に邪魔者になる。

 地球に帰せば、混乱を招く。
 ここに残せば、オレが暴走してアミルナを人質に取るかもしれない―― ……そんなふうに考えてるんじゃないか?

「地球なんか侵略しても、たいして役に立たないよ」

 思わず、口に出してた。
 母星を守るとか、そういうヒロイックな気持ちじゃない。
 本気で、そんなことしても時間のムダだと思っただけ。

「そんなことはせぬ。自分らより格下のものをいたぶる趣味は、わたしらにはない」

 アミルナ――いや、王女ルナが、毅然とした声で言い放った。

「皆の者、しばし場を外せ。この者と二人きりで話がしたい」

 その言葉に、周囲の男たちは即座に頭を下げて退室していった。

 ……誰かひとりくらい、苦言のひとつでも言えないのかよ。
 オレは心の中で叫んでた。
 あまりにも、無力で、無責任すぎる。

「シン……であったな。実は、お主を見込んで頼みたいことがあるのじゃ。聞いてくれるか? いや、聞いてほしい」

 その瞬間、王女の顔がふっと少女の顔に戻った。
 アミルナが、オレを見つめていた。

 理想の美女に頼まれて、悪い気がするはずがない。
 普通なら、即答してる。

 でも――なぜか、素直に「うん」とは言えなかった。

「姫ぎみ直々のお頼み、臣が聞かぬはずがございましょうか。なんなりと、御申し付けくださいませ」

 わざとらしく、映画で見たような臣下のマネをして、仰々しく頭を下げる。

 ……わかってる。
 これが、彼女の気に障るってことくらい。

 でも、オレはあえてそうした。
 なんでかって?
 たぶん、ただの『命令』としてじゃなくて――ちゃんと『対等な気持ち』で向き合いたかったんだ。

「………」
「………?」

 怒鳴られる覚悟はできてた。
 でも、いくら待っても、アミルナから返ってくる言葉はなかった。

 不審に思って顔を上げたオレの目に映ったのは――うつむいて、ぽろぽろと涙をこぼす彼女の姿だった。

 大粒の涙が、真珠みたいに頬を伝って落ちていく。

「……お主にまで、そんな言い方をされるとは思わなんだ。お主の前では、姫ではなく……ただの女でありたかったのに。わたしは……わたしは……」

 ……しまった。
 からかうつもりだったのに、泣かせる気なんてなかったのに。

「オレ、王族とか貴族とか、そういうの慣れてないんだよ。その、姫っぽい言葉づかいがちょっと苦手でさ……ごめん。もうちょっと、普通に話せないかな?」

 オレの言葉に、アミルナは少しだけ顔を上げた。
 その瞳が、まっすぐオレを見つめてくる。

「……あなたに、お願いがあるの。聞いてくれる?」

 その声は、かすかに震えていて、でも真剣だった。
 その瞳に見つめられた瞬間、オレの胸がギュッと締めつけられた。

「なんだい、ルナ」

 気づけば、オレは初めて彼女の名前を呼び捨てにしていた。

「今度、わたしの王国が統治する恒星系で、宇宙船によるレースが開かれるの。そのレースに、あなたにも出てほしいの。……そして、優勝して」

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