『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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全年齢対応・表現マイルドバージョン

第7話 往路 ① ~沈黙の中で~

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「おおっと、手が滑ったぜぇぇぇい!」
大根だって、もう少し流暢だろう。
そう思ってしまうほどあからさまに作ったニュアンスで声が上がる。

ビクッ!
全身が硬直した。
この手の声が上がったなら、次になにが起きるかをオレはもう知っている。

石ころでも飛んでくるか、モンスターもいないのに矢が飛んでくるか。
はたまた棍棒が飛んでくるかだ。

通路を歩くのに飽きた連中が、またくだらない遊びを始めようとしている。
その声を聞くだけで、背筋が冷えた。

「・・・っぐ!」
熱が染みる。
反射的に身をすくめたが、避けきれなかった。
痛みよりも、周囲の笑い声が先に刺さる。

予想出来ていても、躱せなくては意味がない。
あー、いや。『躱さないなら』だ。

ドン!

「ぐっ?!」
アツ!?

衝撃とともに熱が来た。
せいぜい石が飛んでくるか、HP1のモンスターがぶつかってくるくらいに思っていたら、まさかの火の魔法だった!

魔法の熱が制服越しに伝わってきていた。
ダンジョン素材で織られたそれは、多少の防御力はある。
ただ、熱や衝撃を完全に防ぐことはできないのだ。

「おお! 大丈夫か?!」
大げさに声を上げ、魔法を撃ち込んできた当人が走り寄ってきた。

「ケガはないか?」
心配するような素振りで、体中をバシバシ叩く。

それなりのダメージを負っている体を。
わかりやすすぎるほどに『ワザと』だった。

だが、文句は言えない。
ダンジョン内での『事故』は一切の責任追及が不可だからだ。
故意だとの証明ができないからである。
それに・・・。

チラリと視線を向ければ、スマホ片手に撮影中の奴らがいる。
もちろん、カルマに有利とはならない。

「トロすぎる! もっと周囲に気を配らないとだめだぞ!」
注意力散漫だとの叱責が来た。

間違いない。
スマホには、演出された『事故』が完璧に収められていた。
加害者はヒーローに、カルマは無能な犠牲者に。

拙い茶番劇。
編集不要の、『見え透いた演出』だ。

そして、打撲になるほどの力で叩かれていることもそう。
素手で、腕の振りも大きくない。

映像からは力加減を知るすべがないのだ。
カルマがどこかへ訴えようとも、「思い過ごしだ」、「言いがかりだ」で終わる。
耐える以外に道がない。

「・・・・・・」
言葉を返すこともせず、小さく頷く。

どうせ、ここで何を言ってもスマホのマイクでは拾えないし、何を言っても記録されるのは都合のいい部分だけだ。
こいつらの言い分を認めたように見える動きをしておけば、これ以上なにかされることもない。

その証拠に、スマホを構えていた奴が満足そうにうなずいた。
録画機能をオフにして、取ったばかりの動画を仲間に見せている。
すぐにでも、男どもはゲラゲラと、女たちはクスクスと、笑いだす。

その声を聞きながら、カルマはポーションを飲む。
まだ、終わりではないのだ。

「はい、毎度あり」
回復役の女子が待ってましたと、代わりのポーションを渡してくる。

「・・・」
カルマは自分のスマホを取り出して操作した。
ダンジョン探索の報酬から支払いを行うためのものだ。

事故に見せかけて怪我をさせて笑いものにし、金を巻き上げる。
このパーティの恒例行事だ。
それが、今回のレイドでも始まった。

軽いスキップをして去っていく背中を、カルマは見送ることしかできなかった。
その背中に、何かを投げつけたくなる衝動を、喉の奥で飲み込んだ。

ダンジョン8階層での出来事。
このあと何度も行われることになる出来レースの一回目である。

   ◇

『ダンジョン』内のマナーについて。
そんな表題の小冊子がある。
特定・不特定を問わず、人間の集団が共用するモノになら、たいてい存在するルールを明文化したものである。

『人間の集団が共用とするモノ』。
これには、『ダンジョン』も含まれるのだ。

めぼしいところで言えば、『挨拶を忘れない』なんてものが冒頭に書かれている。
すれ違うパーティがいたら、最低限会釈はしようってやつだ。
 『火の取り扱いに注意』とか、『ゴミは極力持ち帰りましょう』なんてものもあるな。
 ようするに、『キャンプ地』でのマナーと大差はない。

 大きく違うところがあるとすれば、『トイレ事情』となるだろう。
 あたりまえだが、『ダンジョン』内に公衆トイレなんてない。

低階層であれば、『持ち帰り』が基本だ。
それ用の『マジックバック』を用意して、男子ならペットボトル型の容器に直接、女子なら間接的にため込んで、これを持ち帰ることになる。

大でも同様だ。
密閉できる容器に詰めて持ち帰り、トイレに流すことになる。

だが、これが中層から深層へと進むと、それだけでは済まなくなる。
単純に、量がすさまじいことになるからだ。
深く、深く潜ろうという場合には持ち込む荷物も半端なく多い。
ここに、『排泄物』まで抱えるというのは難儀なのだ。

もちろん、『排泄』をするからには『消化』している。
食べているわけだから、持ち込んできた食糧が減る分だけ、『排泄物』が増えるだけ。
そうとも言える。
言えるが、気分はまるで違うのが当然だ。

特に女子にとっては最悪な話だ。
そこで、暗黙のルールとして、床に土がある『ダンジョン』に限り、穴を掘ってそこへ『排泄』をする。これを、埋めることで処理することが許されている。

 「さっさと掘りなさいよ!」
 ゲシゲシと足で急かされる。

 かなり切羽詰まっておられるようだ。
 今回は戦闘が長引いたからな。
 我慢の限界なのだろう。

 だったら、穴ぐらい自分たちで掘ればいいのに。

 何メートルも掘るわけじゃない。
 縦横30センチ、深さも30~50の穴を掘るだけだ。
 大した手間でもないだろう。

 6人もいるんだから。
 そう。穴のサイズが意外に大きいのは人数が多いからだ。
 
っていうか、一人一人で掘れば早いし楽じゃね?
とも思うが、これにはちゃんと理由がある。

 ダンジョン内のこと。
 都合よく安全な個室なんて見つかるものじゃない。
 行き止まりの通路奥とかで『する』しかないのだ。

 下着やズボンを下ろして、しゃがむ。
そんな態勢のところをモンスターに襲われでもしたら終わる。
仲間の男に見られたらこれまた別の意味で終わる。

なので、女子同士が同じ穴を交代で使う。
そのための深さだ。

女子同士が交代で使う。
見られたくない。
臭いも気になる。
だから、ある程度の土をかけて交代する。
浅いとあふれる。

だから、深めに掘る。
掘らされる。

「掘れましたよ」
いつも通りの穴だ。
むしろ、少し深めかもしれない。
あまりにせっつかれたので、逆に時間をかけてしまった。

「掘り終わったんならさっさとどっか消えなさいよ。気が利かないわね!」
「いいこと? 絶対に覗くんじゃないわよ?」
「うっかりギルティしちゃったりしたら大変だしね」
「ちょっと! 余計なことは言わないで!」
戦士に回復役、魔法使いが軽口を叩くと、剣士が少し慌てた様子で止めに入った。
『殺す』というのは、冗談で口にしていい言葉ではないからな。

「そうだね。覗くようなら・・・処理させる?」
「あ、それ一度やってみたかったやつ」
別パーティの姉妹が、ある意味さらに際どいことを口走る。

「はあ?」
おそろしいほどに低くドスの利いた声がユニゾンで出た。

姉妹とは価値観が相容れないようだ。
カルマにも、そんな趣味はないけれど。
ただ、笑いながら語る彼女たちの目が、何より怖かった。

笑い声が、心の奥に突き刺さった。
ポーションじゃ、癒せない痛みだった。

「面白そうじゃない?」
「ちょっと汚いけどね」
ケラケラと笑う姉妹。

4人の眉間に青筋が浮いた。
でも、誰も止めようとはしなかった。
ただ、目を逸らし、笑いに混ざることで、自分が『標的』にならないようにしていた。

「もういい、黙れ!」
「こっちのメンタルがもたないね」
「早く済ませましょう」
「そうね。本隊に追いつけなくなるわ」

「ノリが悪いなぁ」
「みんなおこちゃまだから」
「「「「あんたたちがヘンタイなだけでしょ!」」」」
笑い声の中で、カルマはただ、静かに拳を握った。

その手のひらには、まだ熱の痕が残っていた。
でも、それよりも痛かったのは、『自分の痛みが、誰かの娯楽になっている』という事実だった。


 ダンジョン10階層での出来事。
 このあと何度も似たようなやり取りが続けられた。


 そして——、

『その日』が来る。
彼らは、いつも通りだった。

でも、迷宮の空気は、いつもと違っていた。
まるで、誰かが『見ている』ような気配があった。

それは、旧校舎でまんじりともせず座り続けた、戸脇駆馬の視線だったかもしれない。
誰にも見てもらえなかった者が、今、見ている。
そんな気配があった。

空気が、少しだけ重かった。
光が、少しだけ濁っていた。

迷宮が、息をひそめていた。
準備は整った。
始まりを待っている。
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