『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第3話 よく見るシーンに続く ~鏡の中の笑顔~

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『ダンジョン』の出現から二十年。
 今では、それは人類の生活に欠かせないものとなった。

 植物、薬品、鉱物── 内部から採取された素材は、科学と融合し、より良いものを生み出している。
 だが、その『より良いもの』は、誰のためのものだったのか。

 そして、始まりの頃から続く『配信』は、今や最高の娯楽となった。
 規制がかかり生配信は禁止されたが、編集された探索動画は日々アップされる。
 投げ銭機能もあり、探索費用をそれで賄う者もいる。
 わずかだが、『勝ち組』と呼ばれる者たちだ。

 死を切り貼りし、音楽をつけ、字幕を添える。
 それが、今の『英雄譚』だった。

 だからだろう。
「ダンジョン最深部を制覇する!」
 そんな世迷言を、校長が口にしたのは。

 最初の無鉄砲な少年が地元・山形の人間だったという噂がある。
 校長の息子だったという話も、まことしやかに囁かれている。

 数か月前のことだ。
 校長は世界規模で開催される『ダンジョン祭』で、最下層攻略を発表すると宣言した。

 校内は、祭りのような騒ぎだった。
 世界初の快挙。
 成功すれば、学校名は全世界に知られる。
 在校生はもちろん、卒業生にも恩恵があるとされた。

 本校が探索しているダンジョンの最下層は、階層64。
 比較的浅い。
 階層は条件を満たすことで深くなることが知られていた。
 その『条件』の詳細は不明だが、確実に存在する。
 挑戦するなら、今しかない。

 生徒たちは熱狂した。
 成功すれば、歴史に名を刻める。
 将来の進路にも影響する。
 野望に燃え、目を輝かせていた。

 冷めた目をしていた者もいる。
 ただし、ひとりだけ。
 どの輪にも入らず、入れてもらえず、黙々と雑務をこなしていた。


 それが『オレ』。
『オレ』は、常に裏方だった。

 スポットライトの当たる場所には立てない。
 舞台袖にも、立ち位置はない。

 村人Aにもなれず、背景の木にもなれず、太鼓を叩く演出にも関われない。
 小道具を集め、大道具を作る。
 それだけだ。

 誰もが戦闘の配置を議論する中、オレは棚の奥で、割れた瓶の破片を拾っていた。
 誰にも気づかれないように。
 もちろん、一人で。

 戦闘用に調整された学生服のメンテナンスも欠かせない。
 ダンジョン素材で織られた制服は、防具でもある。
 皆は補強を加えるが、『オレ』は支給されたままの制服だけ。
 楽といえば、楽だ。
 どうせ、壊れても誰も気づかない。

 鏡の前に立つ。
 制服の襟を直し、髪を整える。
 表情を作る。
『何も感じていないふり』の笑顔。

 鏡の中のオレが、笑っている。
 でも、目が笑っていない。
 それでも、誰も気づかない。
 気づかないふりをしている。

 それが、『よくあるシーン』だった。

「中二の時の学祭よりはマシだろ?」

 薄暗い保管庫の中、誰もいない空間に呟いた。
 疑問符付きの言葉は、自分への問いかけだった。
 誰にも届かないと知っているからこそ、声に出せた。

 中学二年の学祭。
『オレ』は、偶然レアアイテムを発見した。
 発見者にしか扱えない性質だったため、公開の栄誉を得た。

 人生初の晴れ舞台。
 旧校舎を使わせてもらえるよう、学校と交渉した。
 本当は本校舎がよかった。
 だが、空きはないと言われた。
 その時点で、もう答えは出ていたのかもしれない。

 誰も手伝ってくれなかった。
 一人で飾りつけをし、案内板を描き、解説文を練った。
 原稿は擦り切れるほど書き直した。
 噛まないよう、暗記もした。
 誰かに見てもらえると信じていた。

 そして迎えた学祭。
 来場者は──0。

 誰も来ない教室で、椅子の脚が床を軋ませる音だけが響いていた。
 その音が、まるで自分の存在を嘲笑っているように聞こえた。

 旧校舎の教室で、オレは受付の椅子に座り続けた。
 誰も来ない理由は、わかっていた。

 案内板は見える場所にあった。
 わかりにくくもなかった。
 皆、知っていた。
『オレ』の発表があることを。

 知っていて、来なかった。
 偶然レアアイテムを手にしただけの人間の発表など、見る価値はない。
 そう判断されたのだ。

 発表の場は、温情だった。
 そして、来ないことは、拒絶だった。
 沈黙という名の、最も冷たい暴力。

 昼休みが終わる頃、廊下に足音が響いた。
 息を止めた。
 鼓動が耳に響く。
 誰かが来るかもしれないという希望が、喉を締めつける。

 だが、足音は通り過ぎていった。
 それが、二日目の午後だった。

 三日目の朝、教室の空気はすでに腐っていた。
 飾りつけの紙が湿気で剥がれ、床に落ちていた。
 誰も拾わなかった。
 オレも、拾わなかった。

「あの、誰も来ない教室で座っていた三日間よりつらいことなんて、地獄にだってありはしない。そうだろ?」

 呟きは止まらない。
 言葉にしなければ、あの時間が現実だったと認めてしまいそうで。

「そうだな」

 自分の問いに、自分で答えた。
 誰も答えてくれなかったから、ずっとそうしてきた。

 旧校舎の窓から差し込む光が、埃を浮かび上がらせていた。
 誰も踏まない床は、冷たかった。
 教室の時計は止まっていた。
 でも、それは動き出す時を待っているのかもしれない。

 彼は、今でもあの受付に座っている。
 誰かが来るのを、もう待っていない顔で。

   ◆

 レアアイテム──『空蝉』。
 蝉の殻。その背に、鏡が隠されていた。
 使用すると――――される。

『蝉』と『鏡』。
 それぞれに、意味があった。
 殻ではなく、蝉だった。

 鏡に触れたとき、空気が裂けた。
 鏡の中で、オレは笑っていた。
 笑わなくなったオレの顔で。

 鏡の中のオレは、口元だけが吊り上っていた。
 目は笑っていなかった。
 いや、目だけが笑っていたのかもしれない。

 そして── 鏡の中の『オレ』が、先に瞬きをした。
 まるで、こちらを見下ろすように。

       ◆

 そして今、全校生徒合同のレイド戦が始まっている。


 爆弾の点火までのカウントダウン。
 死が迫っている。
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