『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第134話 軽めの女と重い足

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 「はぁはぁ」
 「な、なんとか逃げられたか?」
 「そうみたい。でも・・・」
 「問題は合流か」
 ダンジョンの深層65階層。
 二人きりで乗り越えられる状況ではない。
 何よりも、まず考えるべきは、散り散りになった仲間との合流だった。

 ともかく、仲間を増やす。
 それが全て。

 顔を見合わせて、頷き合う。
 認識と方針が一致した。

 「どっちに行くか、だな」
 来た道には戻れない。

 そうすると、彼らの進める道は、夢中で逃げ込んだ横道の奥。
 もしくは、右側に見える脇道。

 「誰かと合流するためなら・・・右じゃない?」
 全員が同じ通路から左右か前後に逃げたはず。

 なら、元の道と平行に伸びている右への通路を選ぶべき。
 女子Dがそう言った。
 男子Dも頷こうとする。
 そこへ・・・。


 『たすけて』
 声が聞こえた。
 通路の奥からだった。
 
 「声、したよな?」
 「女の子の声、よね?」
 幻聴ではないか?
 お互いに確認しあう。

 「行ってみるか」
 「う、うん」
 二人は奥へ、ゆっくりと歩き出した。

 
 『助けて!』
 通路の奥に少女がいた。
 床に這いつくばるようにして、両腕で身体を支えている。

 『あしが、足が!』
 必死な様子で訴えてきた。

 「足を痛めたのか、待ってろ。いま」
 急いで手を貸そうと駆け寄る男子D。
 その背中に、女子Dの声が届く。

 「ねぇ。その子、だれ?」
 自分たちと同じ人間に『見える』。
 制服も着ている。
 
 だけど、見覚えがない。
 少なくとも、65階層へ来たときの24人ではなかった。

 「え、君・・・は?」
 男子Dの目が倒れている女の足を・・・『見なかった』。

 「え、足?」
 『うん。そうだよ』
 腕が男子Dを掴んだ。

 『足が無くなっちゃったの』
 言い切った少女が、男子Dの服を頼りによじ登り、のしかかった。

 『私、軽いでしょ?』
 みぞおちから上しかない女がニタリと笑う。
 感情が抜け落ちたような瞳が見開かれ、男子Dを見つめている。
 手に刃の薄いナイフが握られていた。

 男子Dの背に、『何か』がのしかかっていた。

 ナイフは、もう見えない。
 だが、みぞおちの奥に、冷たい『重さ』が沈んでいく感覚だけが、確かにあった。

 膝が、床に落ちる。
 床が揺れているように感じたのは、彼自身の感覚が、崩れていたからだ。

「あ、あ、あ」

 女子Dの声が、断続的に空気を震わせていた。

「助けてくれ!」
 男子Dの叫びが、ダンジョンの壁に吸い込まれていく。

 その背後で、少女は笑っていた。
 声もなく、ただ口元だけがゆっくりと歪む。

 制服の裾が、ふわりと揺れる。
 中は空っぽ。
 それでも、そこに『彼女』がいることだけは、誰の目にも明らかだった。

 鳩尾の下、白い包帯。
 そこから漏れる泡のような光が、まるで『心臓の代わり』のように脈打っていた。

 ぱっつん前髪が、 セミロングの髪とともに、ダンジョンの呼吸に合わせて、静かに揺れる。

 風が吹いていないのに。

 その髪は、かつて誰かに撫でられた記憶を、もう一度感じようとしているようだった。

「ひぃっ!」
 女子Dは逃げ出した。

 全力での疾走。
 瞬く間に見えなくなった。

 『あらあら。嫌われちゃった? 大丈夫よ、私がいるわ』
 少女の体温が男子Dを、そっと包み込んだ。

 ◇園下ひろ視点◇

 彼が逃げようとしている。
 でも、もう遅い。

 わたしの腕は、彼の足首に絡みついていた。
 骨の浮いた細い手首が、彼の温かい皮膚に食い込んでいる。
 かつて私も持っていた、その足。
 今は、震えている。

「怖いの?」
 そう問いかけたかった。
 でも、声は出ない。
 喉の奥に詰まった空気が、泡のように漏れるだけ。
『園下ひろ』の名で行動するときのわたしはもう、『問いかける者』ではない。

 彼の顔が、わたしを見ていない。
 見ないようにしている。
 それが、痛かった。
 まるで、わたしの存在を『なかったこと』にするみたいに。

「見てよ。わたしの足を、わたしの誇りを、わたしの名前を」
 でも、彼は見ない。
 無いからではなく、「見たくない」から。

 それは当然の。
 だけど、哀しい拒絶。
 だから、わたしは『奪う』ことにした。

 彼の命。
 彼の視線。
 彼の記憶。

 ぜんぶ、わたしのものにする。
 それが、愛だと思った。
 わたしの存在を、彼の中に刻みつける方法は、それしかなかった。

 それが、誇りの最後の使い道。

 わたしは、彼の足を掴み、引きずる。
 爪の剥がれかけた指先で、彼の肌をなぞる。
 その足が、わたしの足に似ている気がして、少しだけ泣きそうになった。

 ねぇ、この足はどれくらい早かった?

 どのくらい高く飛べたの?

 誰かを追いかけたこと、ある?

 それとも、誰かから逃げたことしかないの?

 土を蹴るときの感触は覚えている?

 ほら、親指がある。
 ふふ、少し爪が伸びてるよ?
 噛み癖、あるの?
 それとも、誰かに噛まれた?

 人差し指。
 不思議だと思わない?
 足の指で、人なんて、指ささない、よね?
 ふふ、おかしい。

 中指。
 真ん中の指。
 中心にあってバランスをとるんだね。
 ふふ、ちょっと下向きに曲がってない?
 誰かに踏まれたの?
 それとも、何かを蹴ったの?

 薬指に小指。
 細くてちっちゃいけど、とっても大事。
 あはは、ないと転んじゃうよ?
 わたしは、転んだまま、立てなかった。

 くるぶし、あはっ、かわいいね?
 足首、うふふ、男の人でも細いんだ?

 脛、細いとこからどんどん太くなる。
 あふ、しっかりしてるね?

 ひざ、丸さが好き。
 裏から見た筋肉の張りが好き。

 太腿、太くて逞しい。
 私が持ってたウエストより太くない?

 全部、全部、わたしの代わり。
 わたしの『あったはずのもの』を、あなたが持ってる。

 全部好き。
 大好き。
 大好きだったけど、・・・もうないんだ。

 でも、涙は出ない。
 もう、出せない。

 わたしの目は、もう『濡れる』ことを忘れたから。
 わたしは、もう人間じゃないから。

  ◇男子D視点◇

 逃げた女子Dの背中が、もう見えない。
 声は届かなかった。

「なんで・・・」
 彼女の顔も、制服も、瞳も、全部が『人間』に見えた。
 でも、違った。
 包帯の下から漏れる泡の光が、床を染めていく。

 足が掴まれて、なんかやたらと優しく扱われている。
 大切にされている。

「逃げたのが人間で・・・抱きしめてきてるのが・・・妖怪? ふふ、変なの!」
 それが、最後の言葉だった。
 笑っていたのか、泣いていたのか——誰にもわからない。

 闇が、静かに彼を包み込んだ。

    ◇

『ほら、ね? あたたかい』

 その声は、母のようで、恋人のようで、でも、どこか『自分自身の声』にも聞こえた。

 男子Dの意識が、泡のように浮かび、弾けていく。

 記憶が、音もなく剥がれていく。
 名前も、顔も、痛みも、全部。

 ただ、最後に残ったのは――『たたかい』という感覚だけだった。

 二人は、闇に溶けた。
 まるで、最初からそこにいたかのように。


 残り、23人。

  ◇

 女子Dは、走りながら、誰かの名前を呼んだ。
 それは、自分がまだ『人間』であることを、確かめるための声だった。

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