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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第177話 狂騒曲 ~錯綜する反響~ 後編
しおりを挟む「……」
その時、空気がわずかに揺れた。
誰も気づかない。
いや、気づけない。
教師陣の中でも小柄な男が、音もなく影の中を滑るように動いた。
彼は『隠密』のスキルを持っていた。
かつて探索者だった頃、数多の罠をすり抜け、獲物の背後を取ることに長けていた。
今、その技術は——『証言者の口を封じる』ために使われようとしていた。
標的は、生存者の一人。
まだ若い、魔術師の少女。
彼女は、記録を持っていた。
そして、マリカの言葉に頷いた一人だった。
刃が振るわれたのは、ほんの一瞬のことだった。
だが、少女がわずかに身を引いたことで、刃は命の核を逸れ、肩口を裂いた。
「きゃっ……! せ、先生が……っ!」
その声が、静まり返った空間に響いた。
血が床に滴る。
教師たちの顔が、凍りついた。
「な、何を……!」
マリカが叫ぶより早く、少女は倒れながらも杖を掲げた。
魔力が揺れる。
警戒の光が走る。
「記録は……残ってる……! 私だけじゃない……!」
その言葉に、教師たちの顔色が変わった。
誰かが息を呑み、誰かが一歩後ずさる。
「……やったのか、先生」
別の生徒が、震える声で言った。
「本当に……やったのか……!」
小柄な男は、何も言わなかった。
ただ、静かに刃を拭い、元いた場所に戻ろうとした。
だが、もう『隠密』は通じなかった。
全員の視線が、彼に向いていた。
「お、おい。さすがにそれは……」
一人の教師が、震える声で言った。
目の前で生徒が傷ついた。
それを見て、ようやく『やりすぎ』だと口にした。
だが、隠密スキルを持つ男は、振り返りもせずに答えた。
「九割まで損耗したんなら、『全滅』でも大して変わらん! 俺たちのクビの安全度以外はな!」
その言葉が、空気を変えた。
教師たちの目が、静かに、しかし確かに変わった。
「……確かに、全員いなくなっていれば、報告は書き換えられる」
「記録も、映像も、残っていなければ」
「生存者がいなければ、責任は問われない」
誰かが呟き、誰かが頷いた。
その目には、もはや教育者の光はなかった。
生徒たちは、言葉を失った。
だが、空気は確かに変わっていた。
教師と生徒。
その間に、見えない刃が生まれていた。
「……先生たち、何を言ってるの?」
魔術師の少女——キョウコが、血を流しながらも声を絞り出す。
「私たち、帰ってきたんですよ。生きて……!」
その声に、誰も答えなかった。
ただ、教師たちの視線が、冷たく生徒たちを見下ろしていた。
マリカは、前に出た。
その瞳は、怒りでも悲しみでもなく、ただ静かだった。
「……なら、私たちも覚悟を決めるしかないわね」
その言葉に、生徒たちが顔を上げる。
誰かが杖を握り直し、誰かが剣の柄に手をかける。
殺意は、教師だけのものではなかった。
生き残った者たちの中にも、火が灯っていた。
「……みんな。生き延びて!」
緊迫した空気の中、キョウコが叫んだ。
その声は震えていた。
けれど、確かに届いた。
仲間たちの胸に、深く。
彼女は走り出した。
傷口から、黒い血が滴る。
それは、ただの出血ではなかった。
毒か、呪いか。
体内で魔力が暴れ、皮膚の下で光が揺れていた。
「暗殺者か!?」
誰かが叫ぶ。 ようやく、隠密スキルを持つ教師の正体に気づいた瞬間だった。
だが、もう遅かった。
キョウコの体から、魔力があふれ出す。
それは、制御された魔法ではない。
命の残り火を、力に変えた『最後の術』。
「ごめんね……でも、これで守れるなら……!」
その言葉とともに、光が爆ぜた。
魔力が空間を満たし、毒の波が教師陣を包み込む。
悲鳴が上がる。
誰かが倒れ、誰かが叫ぶ。
生徒たちは、目を見開いた。
その光の中に、少女の姿はもうなかった。
ただ、杖だけが、床に転がっていた。
「……彼女、最後を……」
マリカが呟いた。
その声は震えていた。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、誓いのような静けさ。
教師たちは混乱していた。
毒に侵され、動けない者もいた。
その隙に、生徒たちは動き出す。
「逃げよう!」
「記録を持って、地上へ!」
少女の犠牲が、道を開いた。
その光は、絶望の中で確かに『希望』だった。
「——逃げろ」
教師たちをにらみつけながら、一人の少年が仲間の背を押した。
その声は、怒鳴りでも叫びでもなく、ただ、真っ直ぐだった。
「お前は⁉」
振り返った仲間が、目を剝く。
少年は、力なく首を振った。
「俺はいかない」
「なぜ⁉」
問いは、混乱と怒りと悲しみが混ざった叫びだった。
少年は、少しだけ笑った。
その笑みは、どこか寂しくて、どこか誇らしげだった。
「男ってさ、惚れた女の背中を追うものだろ?」
その言葉と同時に、少年は前へ出た。
教師たちの前に立ち、逃げる仲間たちの背中を守るように。
その姿が、さっき見たばかりの少女の背中と重なった。
命をかけて仲間を守った、あの光景と。
「ばかやろう……!」
誰かが、血を吐くように言った。
その声には、怒りも、悔しさも、涙も混ざっていた。
だが、誰も止められなかった。
少年の背中は、すでに決意に満ちていた。
仲間たちは、振り返らずに走った。
その背中に、少年は何も言わなかった。
ただ、静かに前を向いていた。
迷宮の空気が、張り詰めた。
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