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第3話 晴天霹靂 ③ ~ゆうしゃ~
しおりを挟む(鈴音視点)
ペダルを踏む足が、焦りとともに速さを増していく。
風を切る音も、心臓の鼓動も、すべてが遠くに感じた。
(どうして、あのとき逃げたの?)
(私の気持ち、ちゃんと伝えてなかったのに…!)
義人の言葉が、何度も頭の中でリフレインする。
「どうせ、長くは続かないんだから」
その一言が、胸の奥を何度も刺した。
ようやく目的地にたどり着いたとき、鈴音は思わずブレーキを強く握った。
目の前の空に、十三番目の光が浮かんでいた。
その中心に、義人の姿があった。
「……瀬戸くん……?」
彼の輪郭が、光に溶けていく。
まるで、世界から消えてしまうかのように。
「瀬戸くん!!」
叫びながら、鈴音は自転車を放り出し、ビルの非常階段を駆け上がった。
足がもつれそうになる。息が切れる。
でも、止まれなかった。
(行かないで!)
(まだ、何も伝えてないのに!)
(あなたが何を抱えていても、私は……!)
屋上にたどり着いたとき、彼の姿はもうほとんど見えなかった。
光の中心に、吸い込まれていく。
「ダメ! 行っちゃ、だめぇぇぇっ!!」
鈴音は、柵に手をかけ、迷いのない目で空を見上げた。
そして、義人に向かって、飛んだ。
視界が真っ白になり、意識も飛んだ――
◇
「ん、う~ん……どこ? ここは……」
目を覚ました鈴音は、枕元に義人の姿があるのではと、ほんの少しだけ期待していた。 けれど、その期待はあっさりと裏切られた。
誰もいない。
八畳ほどの石造りの部屋。
冷たい空気が肌を撫で、鈴音はごつごつとした石のベッドに横たわっていた。
「ここ……どこなの……?」
もう一度つぶやきながら、上体を起こそうとしたそのとき、ふわりと掛けられていた毛布がずり落ちた。
その瞬間、鈴音は自分が身に着けていたはずの服がすべてなくなっていることに気づいた。
「きゃっ……!」
慌てて毛布を引き寄せ、身を隠す。
どうしてこんな格好に?――そんな疑問よりも先に、羞恥と警戒心が一気に押し寄せてきた。
サウナに入るような格好になり、周囲を見回す。
「目が覚めたみたいね」
不意に、若い女性の声が部屋に響いた。
反射的に声の方へ顔を向けた鈴音の目に映ったのは、同性から見ても目のやり場に困るような、健康的で肉付きの良い少女だった。
年の頃は十六、七といったところだろうか。
腰には剣を吊るしている。
戦士のようだ。
本来なら、剣など鈴音とは無縁のはずだった。
けれど、なぜかその存在に違和感はなかった。
まるで当然のように受け入れている自分に、鈴音は気づいていなかった。
「スープを持ってきてあげたわ。身体が温まるわよ」
少女はそう言って、木をくり抜いて作られた器を差し出した。
中には、赤みがかったオレンジ色のとろみのある液体が入っている。
すすめられるままに、一さじ口に運ぶ。
見た目に反して、ほんのり甘くて、意外なほど美味しかった。
気づけば鈴音は、恥じらいも忘れて音を立てながら飲み干していた。
空になった器を見つめて、自分でも驚いてしまう。
そのとき、ふと視線を感じて顔を上げると、少女がじっとこちらを見ていた。
「……あ、あんまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいなぁ、もう」
スープを飲む間もずっと見つめられていたことに気づき、鈴音は頬を赤らめた。
「あ、ごめんなさい。なんか信じられなくて。貴女みたいな娘が、女神の選んだ『勇者』だなんてね」
その言葉は、鈴音の予想を遥かに超えていた。
あまりにも突飛で、現実味がなさすぎて――思わず言葉を失った。
「あら、知らなかったの?」
少女は少し呆れたように言って、鈴音がこの村に現れたときの状況を語り始めた。
この村は、千年以上も昔――女神ラファエラと共に邪悪な存在と戦った『使徒』たちの末裔が代々暮らしてきた土地だった。
三年前に起きた戦いでも、村は中心的な役割を果たしたという。
村の中央には、十二メートルほどもある女神像がそびえている。
それは、村人たちがいかに女神との絆を大切にしてきたかを象徴する存在だった。
そして今日――
その女神像の手が、地面と平行に突き出された掌から、静かに光を放ち始めた。
村人たちは息を呑み、女神の奇跡を見守った。
やがて光は空中に浮かび上がり、ゆっくりと地上へと降りていく。
その光が消えたとき、そこには――失神したままの鈴音が、静かに横たわっていた。
そしてその瞬間、村人たちは三年ぶりに、女神の声を耳にしたのだ。
風が止まり、空気が引き締まっていった。
《この世界に、今また大いなる災厄が迫っています。この娘と共に、その災厄の到来を阻止するのです。我が使徒たるあなたたちの手をもって》
その言葉を、村人たちは神託として受け止めた。
女神の導きに従い、彼らは鈴音が目覚めるのを静かに待ち続けていたのだった。
一方、その話を聞いた鈴音は、あまりのことに言葉を失っていた。
自分が『勇者』だなんて――そんなはずがない。
あたしなんて、義人君に告白するのに五日間悩みまくるくらいの小心者だ。
そんな自分が、世界を救う? 笑っちゃうよね……ありえな過ぎて。
彼女自身が一番よくわかっていた。
もし本当に勇者と呼ばれる存在がいるのだとしたら、それはきっと義人のはずだ。
あのとき、義人は確かに女神の手によって、『何か』しようとしていた。
それを見て、鈴音は危険を承知で彼のもとへ飛び降りた。
『このまま見ていたら、二度と会えなくなる』そう感じて。
あれが、義人をどこかに移動させるものだったとしたら?
――その瞬間、何かが狂ったのだろうか。
もし、自分が義人の代わりに移動――転移させられたのだとしたら……。
そう考えると、鈴音の背筋に冷たいものが走った。
「どうしたの?」
青ざめて黙り込んでしまった鈴音を見て、少女が不思議そうに声をかける。
「ご、ごめんなさい。あたし……勇者なんかじゃないんです」
隠し通せることではないし、隠していいことでもない。
鈴音は、正直に打ち明けるしかなかった。
少女は黙って話を聞いていた。
そして、話が終わると――突然、吹き出した。
「クックックッ……アハハハハッ! そんなの関係ないわよ。だって、女神様は『この娘』って告げたの。『娘』ってことは女の子でしょ? なら、あんたのことじゃない」
少女は肩をすくめて笑いながら続けた。
「とにかく、私たちにとって女神様の言葉は絶対なの。あんたが誰であろうと、私たちには『勇者』としてあんたを守り、支える義務があるのよ」
「でも……!」
鈴音は思わず声を荒げ、ベッドの上で身を乗り出した。
その瞬間――下から何かが胸元を押し上げるような感覚に、思わず「キャッ!」と声を上げてしまう。
驚いて視線を下げると、そこには――満ちた月のような柔らかな笑みを浮かべた彼女がいた。
わざわざ床に膝をつき、ベッドの下から腕を伸ばしていたのだった。
「……八十、二ってとこね」
あまりに唐突な出来事に目を白黒させている鈴音をよそに、女性はぽつりとつぶやきながら、持ってきた荷物を手際よく選り分けていた。
「はい、勇者様。着替えをどうぞ」
そう言って、何枚かの服を鈴音に差し出す。
「……っ、あっ!」
さっきの数字が、自分のバストサイズだったことに気づいた瞬間、鈴音の顔は一気に真っ赤に染まり、思わずうつむいてしまう。
「失礼しました。少しはデリカシーを持たないといけませんね」
リカートはさらりとそう言いながら、持ってきた荷物を手際よく選り分けていた。
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