異境の人 ~鈴音が紡ぐ世界~

葉月奈津・男

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第5話 晴天霹靂 ⑤ ~旅路~

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 鈴音とリカートの二人は、すでに旅路についていた。
 朝早く、夜明けとともに村を出たのだ。

 霧に包まれた村の屋根が、まるで夢の中の景色のようにぼやけていた。
 朝焼けが、遠くの残雪のある山々の峰が輝いていた。

 この村に生きる者たちは、女神の使徒として神託があればどこへでも赴く覚悟を持っている。
 だからこそ、旅立ちの準備など、いつでも整っていたのだ。

 荷物は最小限。
 二、三枚の着替えに薬、わずかな保存食。
 武器は、リカートが細身のレイピアを、鈴音には金属製の杖が渡された。
 それは攻撃というよりも、防御と長旅の補助を目的としたものだった。
 加えて、狩猟用のダガーナイフと小型の弓も携えている。

 荷物は、衣類と薬を鈴音が、その他の重くかさばる装備をリカートが背負い、二人はアーシェラ山のティアット神殿を目指して、黙々と歩いていた。

「ティアット神殿って、そんなに遠いの?」

 旅立ちが決まったとき、リカートが妙に疲れた顔をしていたのが気になって、鈴音は恐る恐る尋ねた。

「……別に遠くはないのよ。ゆっくり歩いても今日中には着くくらい。ただね、ちょっと時間がかかって、かなり疲れるだけ」

 意味深な言葉を残して、リカートは再び黙り込んだ。
 鈴音もそれ以上は追及せず、静かに歩を進める。

 別に、リカートの機嫌が悪いわけではない。
 ただ、話題がないのだ。

 年齢的には近いはずの二人。
 だが、育ってきた環境はあまりにも違っていた。

 リカートは、敵を打ち倒し、女神に仕えることを当然として育った者。
 一方の鈴音は、戦いを映画や教科書の中の出来事としてしか知らない、
 無宗教の社会で育った少女だった。

 共通の話題など、あるはずもない。

 最初にそのことに気づき、このままではいけないと感じたのは、鈴音だった。

 右も左もわからず、ただリカートの後をついていくだけでは、旅をする意味がない。
 自分はあくまで義人の代わりにここにいる。
 その自覚が、彼女を突き動かしていた。

 万が一、リカートとはぐれてしまったら――自分一人でも旅を続けられるようにならなければ、『勇者の代役』など務まるはずがない。

 それでは、いけないのだ。

「…………。三年前の戦いって、どんなだったの?」

 なんとか会話の糸口を見つけようと、鈴音は必死にこの世界についての乏しい知識を探り、ふと思いついた疑問を口にした。

 長老の言葉の中で、なんとなく聞き流してしまった一言。
 けれど、今になって思えば、それこそが義人に関わる出来事なのではないか――そんな直感が、鈴音の背を押した。

 鈴音にとって、神とはただ崇拝の対象でしかなかった。
 現実味のない存在。
 少なくとも、実際に神を見たという人間など、彼女の世界にはいなかった。

 だが、あのとき――女神が姿を現した瞬間、義人だけは取り乱すことなく、平然としていた。
 それは、神を『信じていた』のではなく、『知っていた』からではないか。

 そう考えたとき、鈴音の中で一つの仮説が浮かんだ。

 義人が神を知るきっかけとなったのは、長老が語っていた「三年前の戦い―― すなわち、『封魔戦争』しかないのではないか。

 平時に異世界へ迷い込むなど、そうそうあることではない。
 ならば、その戦いこそが、義人とこの世界を結びつけた鍵なのだ。

「三年前の戦い。『封魔戦争』のことね」

 リカートがぽつりと答えた。

「あたしも詳しくは知らないんだけど……事の始まりから全部話すとなると、長くなるわよ」

 そう言って、リカートは歩みを緩め、古の伝承――地界と、その他の世界との戦いの記録を語り始めた。
 
      ◇


 この世界の創造は、数を数えることすら無意味なほどの太古に遡る。
 それは、ひとりの巨人の死によって始まった。

 その巨人の命が尽きたとき、彼の身体から五つの世界が生まれた。
 天界、精霊界、妖精界、人間界、そして地界。
 こうして、世界は形を成したのだった。

 以来、幾億年もの時を経て、天界と地界――互いに対極に位置する二つの世界は、果てしない対立を続けてきた。

 両者の力は、性質こそ『プラス』と『マイナス』と異なれど、根源は同じものであり、そのため戦いは常に痛み分けに終わっていた。

 だが、一万年前――地界に突如として現れた異質なる存在、「オルゲス」の参戦によって、かろうじて保たれていた天地の均衡は崩れ始める。

 天界は次第に劣勢となり、敗色が濃くなっていった。

 だが、地界もまた安穏とはしていられなかった。
 オルゲスの王――魔蟲ウォルヅァルの圧倒的な力により、地界の原住民たちは次々と支配権を奪われていったのだ。

 地界を統べていた魔王の奮闘も空しく、ついにはウォルヅァルが地界を完全に制圧。
 その矛先は、他の世界へと向けられた。

 かつてない強大な力の前に、天界を含むすべての世界は屈服し、ウォルヅァルの足元にひれ伏すしかなかった。

 だが――恐怖による支配は、敵のみならず味方からも忌避されるもの。
 力でねじ伏せた支配体系は、決して一枚岩ではなかった。

 やがて、ウォルヅァルの名を冠した石碑のもとに集った者たちの間に、不満と反発の火種がくすぶり始める。

 地界の原住民と、一部のオルゲスたちが手を結び、天、精、妖、人――四つの世界の連合軍による捨て身の攻撃に呼応。
 内部からウォルヅァルの支配を切り崩した。

 さしもの魔蟲ウォルヅァルも、これには抗しきれなかった。

 ついには敗北し、神々の手によってその肉体は切り刻まれ、地界全土にまき散らされたのだった。
 
 地界全体に封印が施されたのは、魔蟲ウォルヅァルの敗北の直後だった。
 神々は、その封印の管理と監視のために、新たな世界――地上界を創造した。
 それは地界と人間界のあいだに位置し、各世界の住人たちが移り住む場所となった。

 その後も、地界は約千年ごとに新たな魔王を生み出し、天界との戦いを繰り返した。 だが、最初の四代の魔王は、いずれも神々に選ばれし『勇者』たちによって封じられてきた。

 しかし、四千年後――鈴音たちにとっては六千年前のこと。
 倒された四魔王の憎しみが一つに集まり、かつてない存在――大魔王サンディムーアが誕生した。

 そのとき、神々はようやく気づいた。

 地界の者たちは『不滅』なのだ。
 たとえ倒しても、いずれ蘇る。
 しかも、共通の意志を持てば、複数の存在が融合し、より強大な力を得てしまう。

 倒せば倒すほど、より恐ろしい存在を生み出してしまう――それが、神々の導き出した結論だった。

 そこで神々は、新たな方針を打ち出した。
 魔王を『倒す』のではなく、『封印する』のだ。

 実行に移すのは、もちろん勇者たち。
 それ以来、六千年の間に起きた五度の魔王との戦いにおいて、勇者たちは剣を振るうのではなく、封印の術をもって魔王を封じることを使命とされた。

 だが、封印という手段にも限界があった。
 その効力は永遠ではなく、いずれは解ける運命にあったのだ。

 
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