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第20話 巧遅拙速 ② ~木から下がるのは~
しおりを挟む「……あまり気は進まねぇが、行くしかねぇんなら、行くしかねぇわな」
のんびりとした口調で呟きながら、バンボラが先に立って森へと歩き出す。
すでに彼の頭の中には、森の地形が鮮明に描かれていた。
バンボラに関して言えば、道に迷う心配はなかった。
その腕には、巫女頭から借りた魔導書が抱えられている。
どんな細かなことでも、確認する手段はある。
……もっとも、その魔導書に書かれていることが正確であること、そして森が今もその姿を保っていることが前提ではあったが。
「……その魔導書、本当に信用できんの? っていうか、いつの時代のものなの? ちゃんと役に立つんでしょうね!!」
わずかに垣間見えた義人の影に、期待と不安が入り混じる鈴音。
小刻みに震える彼女の肩に、そっと右手を置いたまま、リカートがバンボラの後に続く。
その問いは、『前提の必要性』に気づいた者の、当然の確認だった。
「……。役に立つことは確かだが、信用はしないほうがいいだろうな。なんせ四千年前のものだからな」
「よ、よんせんねん!!」
あまりにもかけ離れた数字に、思わずしゃべりが平仮名になってしまうリカート。
もはや頭を抱えてため息をつく以外、反応のしようもなかった。
「だめだ、こりゃ…」
小声でぼそりと呟いたリカートは、ふとある疑問を思いつく。
「…この賢者って、何のためにこんな地の果てまで来たのかな。人間が好き好んで来るような場所じゃないと思うんだけど」
腕を組み、真剣な表情で考え込み始めるリカート。
その仕草にバンボラはチラリと視線を向けたが、何も言わずに歩き続けた。
その後ろを鈴音が、さらにその後ろをリカートが歩いていく。
「ねぇ、なんかしんないけどさ。興味、沸かない?」
露骨に不自然なはしゃぎっぷりで鈴音に問いかけるリカート。
もちろん、それは演技だった。
鈴音の気を逸らすための。
今、彼女は言い知れぬ不安にさいなまれているはずだった。
黒鳥が語った戦いの規模の大きさ、その熾烈さ。
そして、『勇者』が義人なのではないかという期待と、もしそうならば傷ついているのではないかという不安。
死への恐怖――自分のことではないからこそ、心をかき乱す妄想に襲われているに違いなかった。
こんなときには、他に気を取られるものがあると楽になる。
人間を十数年もやっていれば、辛いことや哀しいことの一つや二つはある。
リカートにだって、そんな経験があった。
だからこそ、思いついた精一杯の演技だった。
だが――やり慣れないことはするものではなかった。
その気遣いは、逆に『何かを隠している』というサインとなって、鈴音の集中力を周囲の森へと向けさせてしまった。
そして、ようやく気づいた。
バンボラが、彼女たちの歩きやすいように繁みの下枝を短剣で払いながら進んでいること。
リカートが、常に鈴音の視界の先に立とうとしていること。
それは明らかに、鈴音の目に『何か』を入れさせまいとする行為だった。
――なにを隠そうとしているの?
そう問いかけかけて、鈴音は開きかけた唇をつぐんだ。
問うて、素直に答えるようなら、初めから隠すわけがない。
黒鳥の言葉ではないが、真実は自分の目で確かめなければならないのだ。
「…そうね、興味はあるわね」
本心を悟られぬように、話を合わせる鈴音。
右手を下顎に当て、思案するような仕草を見せる。
集中力を高めるように、目を細めながら。
だが、その細められた目の奥では、眼球が忙しく動き、リカートがカバーしきれていない隙間を探していた。
そして――その行為は、すぐに報われた。
異常を探すまでもないほど、異質な森が、そこに広がっていた。
見た目には、どれも樹齢千年近い赤松のような色と葉を持ち、奇妙な形の赤い実をつけた木々にしか見えなかった。
だが――その枝や赤茶色の幹に絡みついた蔦が、風とは無関係に揺れていた。
まるで、獲物を狙う蛇のように。
鎌首をもたげ、じりじりと獲物を追うように。
それでも鈴音は、平静を保っていた。
「奇妙な生き物だな」と、どこか他人事のように観察していた。
だが、その余裕は、完全な勘違いだった。
森の暗さに慣れてきた鈴音の目が、それまでシルエットにしか見えなかった『実』の正体を捉えたとき――彼女の頭の奥で、何かがプツリと切れた。
「ヒィッ!!」
喉の奥にこびりつくような悲鳴が漏れ、鈴音の目が大きく見開かれる。
それは『実』などではなかった。
それは――引き千切られた肉だった。
腕、足、胸、臀部、首…… どれもが血の気を失い、白くなった肌を、自らの血で赤く染めていた。
改めて見直すと、赤茶色の幹だと思っていたものも、実は大量の血が幹にこびりつき、 かさぶたのように固まっていたのだと気づいた。
「見ちゃ駄目よ!」
鈴音の様子からすべてを察したリカートが叫ぶ。
だが、もう遅かった。
森の中を再び風が吹き抜け、枝に引っかかっていた首のひとつが、くるりと回ってこちらを向いた。
その目が、鈴音の目を捕らえる。
四つの眼球が、無形の線で結ばれた。
「イ、イヤー!!」
自分から見ようとした光景だったはずなのに――鈴音は堪らなくなって叫び、我を忘れて駆け出していた。
目を手で覆い、足の赴くままに――。
「待ちなさい!!」
「あ!!」
リカートにもバンボラにも、止めることはできなかった。
二人は慌てて鈴音の後を追う。
この森で、彼女を一人にするわけにはいかなかった。
彼女の力では、森の獣たちにとって『獲物』どころか、『エサ』にしかならないのだから。
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