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エピソード1 タイムリミットは44週
1、わたしを彼女にしてください!
しおりを挟む「ああ、彼女が欲しい」
切実な願いを込めて少年は呟いた。
小柄な少年だ。髪の毛は短め、あまり手入れのされていない無造作ヘアーで太い眉毛が特徴的だった。
少年の名前は今市桔平、ここ、埼玉県山越市、古河岸高校の2年A組の生徒だ。
時は放課後。上履きから外履きに履き替え玄関から校舎の外に出たところだった。
これまでの人生、彼女ができたことは一度としてなかった。と言うか、ついこの間まで興味すらなかった。
だけど、一週間程前のゴールデンウィーク中に小学校からの友人が彼女とデートしている場面と遭遇。その幸せそうな様子にすっかり感化されてしまったのだ。
(オレも彼女を作って幸せになりたい!)
次いで桔平は願う。
(とびっきりに可愛い女の子がオレに告白してくれたりしないかな? 彼女にしてくださいなんて言ってきてくれないかな?)
そんな都合のいい妄想を膨らめながら桔平は学校の校門を通過する。
と、桔平は気付いた。校門脇のコンクリートの支柱に背中を預け、一人の少女が立っていることに。
黒っぽい色のワンピースを着た少女だった。少々クセのある柔らかそうな髪の毛を、頭の両脇でまとめている。柔和な顔立ちにその髪型がよく似合っていた。そして、紛れもない美少女だった。
いや、美少女と形容するのは適切ではないのかもしれない。少女は、ふわふわとした雰囲気の独特の可愛らしさを持っていた。ビューティフルではなく、キュートとかプリティーといった表現がしっくりと来る感じだった。
どのみち、男子達の注目を集めることには変わりない。事実、下校する男子生徒達が気になる様子で少女を横目で見ながら通り過ぎていく。
まるで誰かを待っているかのように、その場所にたたずんでいる。
(うちの学校の生徒じゃないよな)
制服は着ていないし、それに同じ学校だったらとっくの昔に話題になっているはずだ。
おそらく、他校の生徒なのだろうと桔平は判断する。近隣には私服の許される高校も数は少ないが存在している。
(誰かを待っているのかな。友達? それとも、彼氏とか)
自分には関係のないことだと桔平は思った。
そのまま少女の前を通り過ぎた直後だった。
「あっ!?」
少女の口から声が漏れた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください~! ぷり~~~ず!」
少女は支柱から背中を離すと駆け足で桔平の前へと躍り出た。
いきなり行く手を阻まれる形となり、桔平は驚き足を止める。
「ふう、良かったです。わたし、うっかりしてました。駄目ですね、こういうことは最初が肝心なのに」
ぺロっと舌を出して茶目っ気のある表情を見せる。
「わたし、いっつも教官に注意されてたんです。お前はどうも注意力が散漫だって。そんなんじゃ肝心のターゲットをみすみす見逃してしまうって」
懐かしそうに語るも、穏やかに聞いている余裕なんて桔平にはない。まだ驚きは収まっていない。こんな可愛い女の子に呼び止められる理由というのにまるで心当たりがないのだ。
「お、オレに何か用か?」
かろうじてそう声を出すのが精一杯だった。
「はい、用事です。重要かつこれでもかってぐらい大切な用事なのです」
神妙な顔つきで頷いて見せてから、少女は桔平に向かってニパって笑顔になる。
そして、人目も気にしない大音量で言い放った。
「桔平さん。わたしを彼女にしてください!」
わたしを彼女にしてください!
わたしを彼女にしてください!
わたしを彼女にしてください!
わたしを彼女にしてください!
衝撃的なその言葉が、エコーがかかったように桔平の頭蓋骨の中に反響する。
「なっ!!!」
思わず息が止まってしまうほどに桔平は驚く。
少女の爆弾発言に辺りの生徒達も足を止めた。桔平と少女の二人に並々ならぬ視線を注いで来る。
(どうしてあんな可愛い女の子があんなパッとしない男なんかに!?)
(う、うらやましい!)
男子達のやっかみの波動すら感じられる。もし桔平だって傍観者の立場だったら同じことを思っていただろう。
桔平は強烈に居心地が悪くなった。こんな理由で注目を浴びるなんてこれまでの人生で一度もなかったことだからだ。
いたたまれなくなった桔平は少女の腕を掴むと、足早にその場を後にする。
そのまま校舎裏までやって来る。薄暗くてジメジメしていて気持ちのいい場所ではないが、ここなら生徒達の好奇の目にさらされることもない。
少女の腕を離し、幾度も深呼吸をしてから桔平は確かめるように尋ねた。
「あの…さ。悪いけどもう一度言ってくれないか? オレの聞き間違いかもしれないから」
「はい、もちろん何度だって言いますよ」
ニッコリと微笑んでから、少女は堂々と言葉を繰り返す。
「桔平さん、わたしを彼女にしてください!」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。だけどまだまだ確認しておかなくちゃならないことがある。
「その彼女って言うのは、世間一般的な彼女ってことだよな? 別名、恋人とも言う」
「はい、そうです。世間一般的な彼女ってことです。別名、恋人とも言いますね」
真面目に少女は桔平の確認に付き合う。
「それじゃ、人違いってことはないか? 実は君は目が悪くて、別の桔平と勘違いしてるとか? この学校にオレ以外に桔平って名前の生徒がいるって話は聞いたことないけど」
「いいえ、わたし目は悪くありませんし、間違いなんかでもありません。今市桔平さん、あなたにお願いしてるんです」
再度、少女は力強く宣言した。
「わたしを彼女にしてください!」
どうやら間違いではなかったようだ。
(やった、やったぞ!)
桔平は心の中でガッツポーズを決めた。
(とうとうオレにも彼女ができる日が来たんだ!)
願っていた女の子からの告白。しかもこんな可愛い女の子ともなればテンションが上がらないはずがない。
遠くから聞こえてくる不要家電回収車のアナウンスまでもが、祝福のファンファーレに聞こえるほどだった。
(さあ、返事をするんだ! こちらこそよろしくって! 今この時から、オレのバラ色の高校生活が始まるんだ!)
舞い上がったまま、勢いよく了解の返事をしようとする桔平。だけど、ギリギリのところで踏みとどまった。
一昨日の休み時間、友人と交わした会話を思い出したのだった。
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