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爵位と家業
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この日の昼食会は、子爵家の大広間で行われた。増築をしたと言っても、元々は 大名下屋敷なのだがら、洋間などはない。
とはいえ、洋間がない田中子爵家が異質という訳ではなく、この時期、洋館もしくは洋間を持つ屋敷の方が珍しい。
前日から準備が進められていた広間には、濃紺の毛氈がひかれ、その上に西洋テーブルと椅子が、7脚設置されていた。
津多子は、電話口で「久我侯爵夫人や大炊御門侯爵夫人、他には、大名家のご夫人が3名程……」と言った。
つまり、客人5名と津多子、そこに尾井坂男爵夫人である容子を含め、七脚。
侯爵夫人だけでも、気が重い顔合わせになりそうだが、そこに大名家の夫人まで揃うとなれば、今頃 容子の胃はキリキリと痛みを伴っているかもしれないと、並ぶ七脚を眇め見た。
一体、何を話すというのか。宮中や御一新前の話を持ち出されても、ついていける訳もない。昨今、流行りの芝居の話など津多子がするわけもないのだから。
「1脚追加しておいてください」
「ご人数は、7名と聞き及んでおりますが?」
テーブルクロスのヨレを気にし、腰を屈めていた家令は、光留の言葉に背筋を伸ばす。
参加者の人数が変更になったとなれば、料理の数にも影響がでるというのに、自分に伝わっていないのを、不思議に思ったようだ。
「昨日、滝沢男爵家の峯一郎君と 偶然お会いしてね、ゆっくりお話したいとお誘いしたら本日は、母上とお約束があるらしくて用件を済ませたら、そのまま伺うと仰ったんですよ。峯一郎君が、僕と話している間、母上を放ったらかす訳にもいかないでしょ?こちらに、加えてもらおうかと。料理に関しては、昨晩のうちに料理長へ伝えているから、大丈夫とは思うけど」
東京湾の1号地、築島ならぬ月島で願い、取り決めたことを口にした。家令は、頷き「かしこまりました」と快諾する。
「あ、そうそう。おたあさまにも伝えて。滝沢男爵夫人も参られると」
「急ぎ、お伝えします」
頭を下げる家令は、そのまま「椅子をもう1脚」と、女中に指示を出すと急ぎ、広間を出て行く。
滝沢夫人と尾井坂夫人は、先日 男爵邸で談笑していたのを目撃したばかりだ。
和やかな雰囲気から、旧知の仲と考えるのは当然であり、当たりでもあった。峯一郎から、夫人の快諾を聞き、胸を撫で下ろしたのは云うまでもない。
滝沢夫人が参加してくれるのならば、大名華族との橋渡しも可能であり、容子の心強い味方となると。
しかし、色々と杞憂だったようで、終始 和やかな会だったと奈緒が、ソッと耳打ちした。
さすが、気が利くと感心しつつも、容子が、子爵家の敷居を跨いだのだ、この好機をものにする必要がある。第一に、晃子の子爵家滞在を取り付けること。これは不可欠であり、それ以上も以下もない。当然ながら説き伏せるには、骨がおれると覚悟はしている。
長丁場は避けられない――と、説得の口火を切った光留に返ってきたのは「ようございます」と、いう 気っ風の良い、二つ返事。
さすがに耳を疑ったが、容子の顔は ケロリとしており、疑問の欠片も浮かんでいない。些か、塗りすぎと思われる白粉の頬に、手のひらを添え 軽く、ふぅ――と息を吐く様子は他人事のようで「いえ、ね……?」と、問いかけられた言葉は、歯切れが悪い。
「大炊御門侯爵夫人が、晃子に筆を教えて下さると……何やら、とても有難いことなのでしょう?皆様が、わっと声を上げられ、良かったですわね!などと……お断りするにも勿体無いという風でしたし……」
「……確かに、大炊御門と言えば、古より筆道の名家ですが……」
筆を習うことと、子爵家での滞在と結び付かない。目を瞬かせる光留の疑問を察したのだろう、容子は声を落とし、チラリと晃子に視線を流した。
「羽倉崎さんの件も聞きました。調べさせたら、何でも長崎の方の姪御とか? まったく、ふざけているのかと、林田に当たり散らしてしまいました。で、貴女は此方へ逃げ込んだということは、そういうことでしょう?」
「はい。私は、破談にしたいのです」
「でしょうね。私は、子爵家に迷惑が及ぶと申し上げましたが、津多子様から連れ帰られた方が迷惑だと言われました」
「迷惑?」
どういう意味です?と 尋ね返したが、容子は気まずそうに「こほん」と咳払いをすると、光留の問いに答えず、続けた。
「津多子様と一緒に筆道を習わせて頂く……という名目で、滞在すると父上にはお伝えします。大炊御門侯爵夫人は、ご多忙で空いた時間に教えて下さるとか。時には、夜間になる可能性もあると。お預かりするのが1番良いというお話でした」
そんなわけない。容子も百も承知だろう。
滞在を取り付けたのが、津多子だったから了承されたのだ。きっと、自分が説得していたら外聞を恥じ、断られていた可能性が高いと光留は、拳を握りしめた。
「しかし、光留さん」
「何でしょう」
「尾井坂は、羽倉崎さんをかっております。爵位を泰臣さんに継がせ、家業を晃子と羽倉崎さんに任せる、これが計画なのですよ。すんなり破談とはならないでしょう。羽倉崎さんに妾が何人いようと問題ではないのです」
「肝に命じております」
爵位を泰臣、家業を晃子というのは、早々に見当をつけていたのだから、驚くこともなく、もう一つ見当をつけていたことを、口にした。
「尾井坂男爵は、貴族議員を目指してらっしゃるのですか?」
隠すようなことでもない。もし、そうならば遅かれ早かれ、皆の知るところになるのだから。
とはいえ、洋間がない田中子爵家が異質という訳ではなく、この時期、洋館もしくは洋間を持つ屋敷の方が珍しい。
前日から準備が進められていた広間には、濃紺の毛氈がひかれ、その上に西洋テーブルと椅子が、7脚設置されていた。
津多子は、電話口で「久我侯爵夫人や大炊御門侯爵夫人、他には、大名家のご夫人が3名程……」と言った。
つまり、客人5名と津多子、そこに尾井坂男爵夫人である容子を含め、七脚。
侯爵夫人だけでも、気が重い顔合わせになりそうだが、そこに大名家の夫人まで揃うとなれば、今頃 容子の胃はキリキリと痛みを伴っているかもしれないと、並ぶ七脚を眇め見た。
一体、何を話すというのか。宮中や御一新前の話を持ち出されても、ついていける訳もない。昨今、流行りの芝居の話など津多子がするわけもないのだから。
「1脚追加しておいてください」
「ご人数は、7名と聞き及んでおりますが?」
テーブルクロスのヨレを気にし、腰を屈めていた家令は、光留の言葉に背筋を伸ばす。
参加者の人数が変更になったとなれば、料理の数にも影響がでるというのに、自分に伝わっていないのを、不思議に思ったようだ。
「昨日、滝沢男爵家の峯一郎君と 偶然お会いしてね、ゆっくりお話したいとお誘いしたら本日は、母上とお約束があるらしくて用件を済ませたら、そのまま伺うと仰ったんですよ。峯一郎君が、僕と話している間、母上を放ったらかす訳にもいかないでしょ?こちらに、加えてもらおうかと。料理に関しては、昨晩のうちに料理長へ伝えているから、大丈夫とは思うけど」
東京湾の1号地、築島ならぬ月島で願い、取り決めたことを口にした。家令は、頷き「かしこまりました」と快諾する。
「あ、そうそう。おたあさまにも伝えて。滝沢男爵夫人も参られると」
「急ぎ、お伝えします」
頭を下げる家令は、そのまま「椅子をもう1脚」と、女中に指示を出すと急ぎ、広間を出て行く。
滝沢夫人と尾井坂夫人は、先日 男爵邸で談笑していたのを目撃したばかりだ。
和やかな雰囲気から、旧知の仲と考えるのは当然であり、当たりでもあった。峯一郎から、夫人の快諾を聞き、胸を撫で下ろしたのは云うまでもない。
滝沢夫人が参加してくれるのならば、大名華族との橋渡しも可能であり、容子の心強い味方となると。
しかし、色々と杞憂だったようで、終始 和やかな会だったと奈緒が、ソッと耳打ちした。
さすが、気が利くと感心しつつも、容子が、子爵家の敷居を跨いだのだ、この好機をものにする必要がある。第一に、晃子の子爵家滞在を取り付けること。これは不可欠であり、それ以上も以下もない。当然ながら説き伏せるには、骨がおれると覚悟はしている。
長丁場は避けられない――と、説得の口火を切った光留に返ってきたのは「ようございます」と、いう 気っ風の良い、二つ返事。
さすがに耳を疑ったが、容子の顔は ケロリとしており、疑問の欠片も浮かんでいない。些か、塗りすぎと思われる白粉の頬に、手のひらを添え 軽く、ふぅ――と息を吐く様子は他人事のようで「いえ、ね……?」と、問いかけられた言葉は、歯切れが悪い。
「大炊御門侯爵夫人が、晃子に筆を教えて下さると……何やら、とても有難いことなのでしょう?皆様が、わっと声を上げられ、良かったですわね!などと……お断りするにも勿体無いという風でしたし……」
「……確かに、大炊御門と言えば、古より筆道の名家ですが……」
筆を習うことと、子爵家での滞在と結び付かない。目を瞬かせる光留の疑問を察したのだろう、容子は声を落とし、チラリと晃子に視線を流した。
「羽倉崎さんの件も聞きました。調べさせたら、何でも長崎の方の姪御とか? まったく、ふざけているのかと、林田に当たり散らしてしまいました。で、貴女は此方へ逃げ込んだということは、そういうことでしょう?」
「はい。私は、破談にしたいのです」
「でしょうね。私は、子爵家に迷惑が及ぶと申し上げましたが、津多子様から連れ帰られた方が迷惑だと言われました」
「迷惑?」
どういう意味です?と 尋ね返したが、容子は気まずそうに「こほん」と咳払いをすると、光留の問いに答えず、続けた。
「津多子様と一緒に筆道を習わせて頂く……という名目で、滞在すると父上にはお伝えします。大炊御門侯爵夫人は、ご多忙で空いた時間に教えて下さるとか。時には、夜間になる可能性もあると。お預かりするのが1番良いというお話でした」
そんなわけない。容子も百も承知だろう。
滞在を取り付けたのが、津多子だったから了承されたのだ。きっと、自分が説得していたら外聞を恥じ、断られていた可能性が高いと光留は、拳を握りしめた。
「しかし、光留さん」
「何でしょう」
「尾井坂は、羽倉崎さんをかっております。爵位を泰臣さんに継がせ、家業を晃子と羽倉崎さんに任せる、これが計画なのですよ。すんなり破談とはならないでしょう。羽倉崎さんに妾が何人いようと問題ではないのです」
「肝に命じております」
爵位を泰臣、家業を晃子というのは、早々に見当をつけていたのだから、驚くこともなく、もう一つ見当をつけていたことを、口にした。
「尾井坂男爵は、貴族議員を目指してらっしゃるのですか?」
隠すようなことでもない。もし、そうならば遅かれ早かれ、皆の知るところになるのだから。
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