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明媚
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「ああ……わかりません。遅くなるかも知れませんので、夕食は離れで頂きます」
何処と無く、歯切れが悪い様子に晃子が引っ掛かりを覚えたのは、今朝方のこと。
帰宅時間を、皆の前で宣言するという不思議ではあるが、なかなか効率的な習わしによって判明した光留の帰宅予定時刻にだ。
「ご用が長引くのでしょうか?」と、尋ねてはみたが、言葉を選んでいるのか「ん~、ええ」など、こちらも物が挟まった言い方。
2人が顔を会わせるのは、朝食と夕食時に限られている。もちろん、食後 談話をする程度の時間はあるのだが、やはり人の目もある為、込み入った話はない。
光留が部屋に現れることもなく、離れに晃子を呼ぶこともないのだから、正直、鹿鳴館で想いの丈を訴えてきたのは、何だったのだろう?と思う。
もしかしたら、晃子が過剰に考えているだけで本当は、そこまで興味を持っていないのではないか?と。何故なら根掘り葉掘り、行動を探っていた羽倉崎と比べ、淡白な様子が際立ち、そう思えてならないのだ。
そんな晃子の疑問に答えたのは、昼過ぎに津多子を訪ねて来たという客人だった。
肘掛けへ向けた顔が、失笑を浮かべ「まさか……」と漏らす。
「ガツガツ興味を示しては、プライドが許さないのでしょう。むしろ興味は、尽きることなく……と言った方が正しいかと」
口振りは、ずいぶんと落ち着いている。その上、司法官僚ゆえか? 小さな取っ掛かりから、話を引き出すのに長けているように感じた。元々晃子は、自分の考えを話すことが少ないが、近衛と会話をしていると些細なことから話を広げられ、会話が途切れることがない。
「近衛様は、光留様をよくご存知なのですね」
「まあ、親戚筋ということもあって、幼少の頃より存じておりますので。こんな風に晃子さんと、2人で夕食を頂いていることを知った時の顔まで、想像することが出来ますよ」
自身の人差し指を、両目尻に押し当てるとクイッと引き上げた。
「まあ、ふふ!面白い方」
「そういえば……夏の夜会で泰臣君と駒子さんと食事をご一緒しましたが、なかなか楽しいお嬢様で」
「ええ、思ったことをパッと口にされるのですが、それが嫌味でもないのです。羨ましい限り」
「貴女も、仰れば良いかと」
晃子は、静かな問いかけに首を振ると、箸を置いた。
「尋ねることが恥ずかしく、又、私が言うとトゲがあるように感じて……おそらく駒子さんとの、人となりの違いでしょう」
「そうですかね?私は、そのように感じませんが。それに、言葉にトゲがあっても光留さんには通用しませんよ?……あ、どうやら お戻りのようで」
近衛は、廊下を行き来する女中らの足音に、耳を傾ける仕草をする。
「光留さんのご両親の話をしておこうかと思ったのですが、又の機会にいたしましょう」
「それは、実の?」
「ええ、津多子夫人からも言われておりますので……ただ、ひとつ確認してもよろしいですか?」
「何でしょう?」
ブリキ製のストーブから、杉の葉がバチリと跳ねるのに目を向けた近衛は、ゆっくりと立ち上がり、テーブルに挿された寒椿を一輪抜き取った。
「光留さんに根負けして、こちらに居られるのか? それとも光留さんが良いと、思われているのか?ぜひ、お聞かせ願いたい」
「まあ……そのようなこと」
「言えませんか?いいえ、先程も申したように恥ずかしいことでもなく、むしろ当然口にするべきことです。ただ、ここで前者と言われても光留さんは、ありがとうと言われるでしょう。何事も正直で良いのですよ? 逆に後々、本当は……となった方が困りますので」
「まるで私が仕方なく、こちらにいるかのような言い種ですわね?」
「そう聞こえましたか?別に他意はありません。ただ言葉ほど、わかり易く嬉しいことはないのですよ?」
近衛は肩をすくめてみせると、手にした寒椿を差し出した。
「鹿鳴館の夏の夜は、晃子さんにとって嬉しいお言葉ではありませんでしたか?」
「ええ、それはとても……」
手のひらの中にある寒椿が、薄明かりを灯すように晃子の指先に渡った。
「近衛様は 光留様が、私をお見初めになられたと思われているのでしょう?」
「それ以外の何があるというのです?光留さんの貴女への執着は……」
白い寒椿を口許に寄せる晃子は、クスリと笑った。
「私達は、鹿鳴館で出会ったのです。ご存知?」
「もちろん、聞き及んでおります」
「それでは、先に見初めたのが光留様と何故、わかるのです?」
「……は?」
「法科を出られた方は、頭が固いと聞いたことがありますが……本当なのかしら?」
小首を傾げ、フロックコートの胸ポケットへ、白い花弁を差し込む「とてもお似合いです」と、見上げる晃子は薄紅の唇に 微笑を称え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「とても澄み渡った青空と、手入れがされた華々に誘われるように、足を踏み入れました。本当に何気なく……私は、そこで数人の学友に囲まれ、からかいの的になっていた学生を見ました。学帽を取り上げられ、囃し立てられていたのですが、卑怯にもご生母を侮辱しているようでした」
思わぬ語りに近衛は、相づちも忘れ聞き入った。目の前の美貌の令嬢は言葉ほど、わかり易く嬉しいことはない――と、云うことを実践しているのかも知れない。
「言い返せないのは、髪の色のせいだったのでしょう。しかし、私は腹が立ちました。親を侮辱する卑怯者達が、許せないほどに私は、綺麗な若様に魅入ってしまいました」
「あ、あの……それは」
「勿論、お気持ちは知りませんでした。弟の学友であり、留学もされた立派な方です。憧れに近い感情かもしれませんね……大それた考えなどありません。ただ、光留様が優しく言葉をかけられると、恥ずかしく知られまいと皆様にも?と、言ってしまって……ふふ!今では笑い話ですが。私の目には、陽光射し込む木々の風景が この上なく明媚に映ったのです。きっと光留様のせいでしょう」
呆然と立ち尽くす近衛に、晃子は笑う。
『皆様、皆様と仰いますが、何故そんなに気になるのです?僕が他のご令嬢と、どんな言葉を交わしているのか、お気になさっているのですか?』
夏の夜、馬車に押し入り、こう言った光留に「そうです」と、言えたらどんなに良かったかと。
何処と無く、歯切れが悪い様子に晃子が引っ掛かりを覚えたのは、今朝方のこと。
帰宅時間を、皆の前で宣言するという不思議ではあるが、なかなか効率的な習わしによって判明した光留の帰宅予定時刻にだ。
「ご用が長引くのでしょうか?」と、尋ねてはみたが、言葉を選んでいるのか「ん~、ええ」など、こちらも物が挟まった言い方。
2人が顔を会わせるのは、朝食と夕食時に限られている。もちろん、食後 談話をする程度の時間はあるのだが、やはり人の目もある為、込み入った話はない。
光留が部屋に現れることもなく、離れに晃子を呼ぶこともないのだから、正直、鹿鳴館で想いの丈を訴えてきたのは、何だったのだろう?と思う。
もしかしたら、晃子が過剰に考えているだけで本当は、そこまで興味を持っていないのではないか?と。何故なら根掘り葉掘り、行動を探っていた羽倉崎と比べ、淡白な様子が際立ち、そう思えてならないのだ。
そんな晃子の疑問に答えたのは、昼過ぎに津多子を訪ねて来たという客人だった。
肘掛けへ向けた顔が、失笑を浮かべ「まさか……」と漏らす。
「ガツガツ興味を示しては、プライドが許さないのでしょう。むしろ興味は、尽きることなく……と言った方が正しいかと」
口振りは、ずいぶんと落ち着いている。その上、司法官僚ゆえか? 小さな取っ掛かりから、話を引き出すのに長けているように感じた。元々晃子は、自分の考えを話すことが少ないが、近衛と会話をしていると些細なことから話を広げられ、会話が途切れることがない。
「近衛様は、光留様をよくご存知なのですね」
「まあ、親戚筋ということもあって、幼少の頃より存じておりますので。こんな風に晃子さんと、2人で夕食を頂いていることを知った時の顔まで、想像することが出来ますよ」
自身の人差し指を、両目尻に押し当てるとクイッと引き上げた。
「まあ、ふふ!面白い方」
「そういえば……夏の夜会で泰臣君と駒子さんと食事をご一緒しましたが、なかなか楽しいお嬢様で」
「ええ、思ったことをパッと口にされるのですが、それが嫌味でもないのです。羨ましい限り」
「貴女も、仰れば良いかと」
晃子は、静かな問いかけに首を振ると、箸を置いた。
「尋ねることが恥ずかしく、又、私が言うとトゲがあるように感じて……おそらく駒子さんとの、人となりの違いでしょう」
「そうですかね?私は、そのように感じませんが。それに、言葉にトゲがあっても光留さんには通用しませんよ?……あ、どうやら お戻りのようで」
近衛は、廊下を行き来する女中らの足音に、耳を傾ける仕草をする。
「光留さんのご両親の話をしておこうかと思ったのですが、又の機会にいたしましょう」
「それは、実の?」
「ええ、津多子夫人からも言われておりますので……ただ、ひとつ確認してもよろしいですか?」
「何でしょう?」
ブリキ製のストーブから、杉の葉がバチリと跳ねるのに目を向けた近衛は、ゆっくりと立ち上がり、テーブルに挿された寒椿を一輪抜き取った。
「光留さんに根負けして、こちらに居られるのか? それとも光留さんが良いと、思われているのか?ぜひ、お聞かせ願いたい」
「まあ……そのようなこと」
「言えませんか?いいえ、先程も申したように恥ずかしいことでもなく、むしろ当然口にするべきことです。ただ、ここで前者と言われても光留さんは、ありがとうと言われるでしょう。何事も正直で良いのですよ? 逆に後々、本当は……となった方が困りますので」
「まるで私が仕方なく、こちらにいるかのような言い種ですわね?」
「そう聞こえましたか?別に他意はありません。ただ言葉ほど、わかり易く嬉しいことはないのですよ?」
近衛は肩をすくめてみせると、手にした寒椿を差し出した。
「鹿鳴館の夏の夜は、晃子さんにとって嬉しいお言葉ではありませんでしたか?」
「ええ、それはとても……」
手のひらの中にある寒椿が、薄明かりを灯すように晃子の指先に渡った。
「近衛様は 光留様が、私をお見初めになられたと思われているのでしょう?」
「それ以外の何があるというのです?光留さんの貴女への執着は……」
白い寒椿を口許に寄せる晃子は、クスリと笑った。
「私達は、鹿鳴館で出会ったのです。ご存知?」
「もちろん、聞き及んでおります」
「それでは、先に見初めたのが光留様と何故、わかるのです?」
「……は?」
「法科を出られた方は、頭が固いと聞いたことがありますが……本当なのかしら?」
小首を傾げ、フロックコートの胸ポケットへ、白い花弁を差し込む「とてもお似合いです」と、見上げる晃子は薄紅の唇に 微笑を称え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「とても澄み渡った青空と、手入れがされた華々に誘われるように、足を踏み入れました。本当に何気なく……私は、そこで数人の学友に囲まれ、からかいの的になっていた学生を見ました。学帽を取り上げられ、囃し立てられていたのですが、卑怯にもご生母を侮辱しているようでした」
思わぬ語りに近衛は、相づちも忘れ聞き入った。目の前の美貌の令嬢は言葉ほど、わかり易く嬉しいことはない――と、云うことを実践しているのかも知れない。
「言い返せないのは、髪の色のせいだったのでしょう。しかし、私は腹が立ちました。親を侮辱する卑怯者達が、許せないほどに私は、綺麗な若様に魅入ってしまいました」
「あ、あの……それは」
「勿論、お気持ちは知りませんでした。弟の学友であり、留学もされた立派な方です。憧れに近い感情かもしれませんね……大それた考えなどありません。ただ、光留様が優しく言葉をかけられると、恥ずかしく知られまいと皆様にも?と、言ってしまって……ふふ!今では笑い話ですが。私の目には、陽光射し込む木々の風景が この上なく明媚に映ったのです。きっと光留様のせいでしょう」
呆然と立ち尽くす近衛に、晃子は笑う。
『皆様、皆様と仰いますが、何故そんなに気になるのです?僕が他のご令嬢と、どんな言葉を交わしているのか、お気になさっているのですか?』
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